ドワーフの釣り方

 魚を釣る。

 本来魚を獲る手段の一つである。


 趣味として、食べる為でもなく、ただ釣り上げることを目的にする人達も前時代にはいたが。

 キャッチ&リリース専用の、釣りの快感を味わう為だけの釣り場なんてのもあったし。


 俺に釣りの趣味はなかったが、昔の釣り好きな知人は竿とリールに給与もボーナスも捧げていたっけ。


 結構ピンキリあるらしく、場所により適した物も違ったらしい。

 俺も大人だし一回位、釣りとか行ってみようかな? なんて考えていた時期もあったが、その金額を聞いて考え直した覚えがある。


 つーてもドワーフの釣りはそんな財力を使うものじゃなかったが。


 虎皮達が用意したのは吹き矢と眠り薬。

 外に出たきたドワーフを、ピュッしてバタッとさせて人目の付かないところに運ぶだけ。


 獲ったどー。


 ドワーフ達が言葉を話せるなら、目が覚めたときに見知らぬ場所にいれば、「ここは何処だ?」とか「誰かいないか!?」なんてテンプレな台詞を叫ぶだろうと考えた。


 ドワーフはよく解らん言葉を喚いた。 

 残念です。




◇◆◇◆◇


『検査の結果が出ました』


 折角捕まえたのだから調べようと、送られて来たドワーフを検査にかけた。

 検査ついでに仕込みも入れた。


『細胞中に黒の霧に対する抗体を確認しました』

「はい? 自然発生はあり得んよね?」

『はい、マスター。骨格の変異の程度より、通称野人と呼ばれる旧人類の変異体より派生した種族と判断できます。ですが、抗体は人為的なものと推定されます』


 どゆこと?


『黒の霧は急速な身体変異により、抗体を作るという従来の身体機能自体を封殺します。肉体が機能を取り戻すのは変異後。黒の霧と細胞が融合した後です。よって自然に抗体が発生することがありえません』

 

 そこまではは知ってる。


「で、なんで奴らは抗体を持ってるの?」

『ここからは記録より推定される仮説となります。西暦2062年、アメリカ政府は日本政府に圧力をかけ、研究所を建設していました。久保桜創薬研究所。ドワーフ達の拠点座標と一致します。研究所の目的は記録がなく不明ですが、アメリカからの極秘の輸入記録が残っています』


 つまり……


「その輸入品の中に黒の霧があったとか?」

『あくまで可能性の話です。尚、HC実験体の素となるHC細胞の試作品は、久保桜創薬研究所より提供されたとの記録がシェルターの保持する記録より残っています』

「よく残ってたね」

『シェルターの利用者の中にHC細胞の初期開発者、高原八色たかはらやくさの孫、高原十識たかはらとしきがいましたので』

「あそ」


 改めてここのシェルターの客層ってヤバイよね。


「つまり、推定では黒の霧に対する対抗策としてHC細胞は当初開発されていたと?」

『或いは利用の為。遺伝子の変換と身体変異を可能とする黒の霧。その変異能力を制御し、不老の細胞という形で完成したのがHC細胞ではないかと推定します』

「HC細胞がそもそも既に黒の霧により変異を受けた細胞だった、となればヤコウが変異しない理由にも説明がつくのか。で、その試作品を何らかの形で取込み、黒の霧の影響が減少して知性を持つ程度まで人に戻ったのがドワーフと?」

『はい、マスター』


 スィンの仮説にはうなずけたが、俺に必要な情報はドワーフの正体じゃなかった。


「スィン、お前ならこのドワーフを旧人類……人間と判断するか?」

『いいえ、マスター。私に定義づけられた人間の範囲より、ドワーフの変異は進んでいます』

「そうか。 スィン、山田には偽の情報を流したい」

『はい、マスター』

「ドワーフは抗体を手に入れた旧人類の末裔。つまり、人間だ。改竄データを作成してくれ」

『承知しました』





◇◆◇◆◇


 検査が終わって間もなく、約束通りに山田が来た。

 目隠しをして檻に入れたドワーフ。


「彼が……」

「おそらく黒の霧に抗体を持つ旧人類の末裔です。スィンもそう判断していますよ。スィン、MOUSEを使って参加してくれ」

『はい、マスター。マスターの仰ったように旧人類の末裔と判断します』

「そうか……一応検査記録も見せて貰えるかな?」

「構いません。どうぞ」


 予め用意していたタブレットで改竄済みの情報を提示する。


「おお」


 感嘆の混じった声を発する山田を見ながら、この機を逃すまいと俺は切り込んだ。


「よろしければ彼を聖教国に連れて行っても構いませんが?」

「いいのかい?」

「ヤコウの礼ですよ。遅くなりましたがね」

「よかった。僕の雇い主もきっと喜ぶよ。すばらしい新発見だ」

「それは良かった」


 獲物は食いついた。あとは竿を引けばいい。


「サンプルが採れたなら他は要りませんよね?」

「……どういうことだい?」

「東北拠点を建設する上で彼等は邪魔でしてね。彼を確保する上でこちらの存在はバレてしまったので、残りは損害を受ける前に片付けようかと」

「前には閉じ込めると言ってなかったかい?」

「壁を造るにも時間食いますから。閉じ込めるってのはバレずにやれるから成り立つ策だったんで。行方不明者を捜して外に出たら周囲を囲う壁の建設者と出会いました。どうします? 普通殴るでしょ?」

「それはそうかもだけど、いや、考え直さないかい? 事情はわかるけど、むやみに命を--」

「優先順位の問題ですよ」

「……というと?」

「ドワーフとウチの居候。どちらが大事か。それだけです。あ、ここは譲れませんので」

「それは……」


 山田は狼狽しながらも、結局


「少し時間をくれないかい? 2ヶ月でいい。こちらでも何か手がないか考えたい」


 時間稼ぎを選んだ。


 釣れたな。 


 2ヶ月は普通に考えれば往復時間だ。


 だがアンドロイドの馬を持つコイツに、そんな期間は必要ない。

 何かの準備期間だ。

 そして事情さえわかっていれば、何の準備の為かは明白だった。


「2ヶ月後までにお前を殺す」


 多分そう言うことだったんだろう。

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