美談の裏側

「いやぁ、やってくれたよねぇ」

「何の話でしょう?」

「船の話だよ。聖教国の船。一隻壊されてさ、別の船に」

「それはお気の毒に」

「まあ、その船がどこから来たって話は一旦置いといてさ」


 予想通り山田はヘラヘラしてた。

 その後の会話は予想通りだ。

 互いの平和を強調しつつ、同情を引きたいのか聖教国の都合を交えながら、領海の設定依頼に着地しようとする山田に俺が乗った形だ。


 現在聖教国とウチはサイズタイドを挟んで互いにほぼほぼ不干渉。不干渉ということは、互いに解り合えないと言うことで。

 得体の知れない相手には警戒するのが生物の本質。警戒すれば相手を見張りたくなるもので、今まではサイズタイドを互いに見ていれば良かった。

 だが、海上に武装船が現われれば話が変わって来る。


 漁獲量を問題にするなら日本を囲う海を東側に限定されたところで問題にはならない。


 それよりこの話に乗った方が、寧ろメリットはある。

 このままなんの取り決めもしなければ、聖教国は軍船の数を負けじと増やし続けるだろう。取り決めても増やすだろうが、労力をかける優先順位は落とすはずだ。 


 聖教国が軍船を増やせば、フットハンドルなんかへの侵攻を警戒しなければならない。なんで、こっちも軍船配置を優先しなければならなくなる。

 因みに今あるのはただの漁船だ。ただのと言っていいのか俺としても少しだけ疑問は感じていないわけではないが漁船だ。

 要はリソースの話。現状街を2ヶ所建造中。船を増やすより街を増やす方に注力したい。


 山田がヘラヘラしてるのはそれだけじゃないんだろうけども。


「これで魔王軍の戦力を過小評価する連中は、完全に聖教国の政界からはいなくなるだろうね」

「ウチがやったと決めつけるの、やめて貰えません?」


 目の前でデカい魔獣を血祭りにして、聖教国製の自慢の船を数の優位があったとはいえフルボッコにしたんだからそりゃね。


 コイツは前々から聖教国にウチの戦力を見せつけることをお望みなのだ。

 東側を制覇して、魔王国として威厳を示せ的なことを言われてるしね。

 結果的にコイツの希望に今回の事件は図らずも乗ってしまったという見方も出来る。そら嬉しかろうよ、ちくしょうめ。


「まあ、魔王がやったなんて噂がそのまま民衆にまで流れれば、実情を知らない国民の魔王憎しの感情を煽ることになりかねないから注意はするけどね。今回の件は聖教国の民にはかなり事実を曲げて、脚色した話を流布することになると思うよ」

「脚色?」

「そ。悲惨な事件でも、そこに互いを思い合う男女の悲恋が描かれれば美談に変わる。その悲惨な事件すらバックボーンに過ぎないと思わせる位にね」


 ああ、なんか解る。

 例えば戦争で敵国同士の騎士と姫。互いに思い合い、しかし結ばれぬ運命。そして、2人は時代に引き裂かれて……そんなありがちな悲劇があったとして。


 その物語を見た客の感想は「こんなに愛し合っているのに」とか「私もあんな命がけの恋がしたい」とかかな?

 見る人は大概その男女に好意的になると思う。


 戦争のまっただ中、税金で生活してる奴らが民を無視して何やってたんだよ!? と突っ込む人は意外に少ない不思議。

 むしろ戦争は2人の恋愛を盛り上げるスパイスだ。時が経てば肝心のバックボーンの方が忘れ去られていく。ロミオーってな具合に。


 どっかの客船が沈没した、ただただ悲惨なだけのはず事件も、そこに2人の悲恋を絡めればアカデミー賞をとって全米を泣かせられるわけで。 


「舞台でもやるんですか?」

「あ、それいいね。頃合いを見計らって考えてみようか」


 あそ、好きにしてくれ。


「でも良いよねぇ。燃え上がる男女の命がけの恋、みたいなの?」

「いえ、俺あんまりそういうの……」 

「良くないよ? そういう見ず嫌いみたいなの。感性が乏しくなる」


 見ず嫌いって何? そして普通に余計なお世話。


「そういう悲恋劇を見てから、自分を見てごらん。幸せってものが何かよくわかるから」


 因みにコイツの話はその後大体パターンが決まっている。


「愛する者と結ばれ、子供を生んで幸せな家庭を築く幸せ。それは悲劇を知るが故に気が付けるものだと思わないかい?」


 子供を産めと煽ってくるんだ。

 もう何回会って話してると思っているのやら。流石に気付いてるからな?




◇◆◇◆◇


 山田が帰ってからしばらくの後、いまいち晴れやかでなかったサイズタイドとイーストウィンドの関係も一応の復活を見せた。

 何か山田陣営がイーストウィンドに言ってくれたのだろう。シュテンの深く刻まれた皺も、大分薄くなったように思う。


 苦労性のシュテンのことだ。どうせまた何かに巻き込まれんだろうけども。


 一時関係の悪くなったサウスサイズの領主とも今は良好。

 毎夜何故か複数の黒騎士達が出入りするローズの部屋に度々行っては、スッキリした顔で執務に戻るらしい。


 何をしているのかは調査をしない様に厳命している。

 他所は他所と言い張りたいなら、内政不干渉は徹底すべきだ。向こうの思う通りやればいい。 


 ウチはウチの事をやろう。

 農作エルフが食べもしない漁を黒騎士の為にやってる問題。

 どう考えても不満の元だと思う。コイツを解決したい。

 不平等に不満を抱えた大勢ってのは何をするか解らんからね。


 というわけでスズカとシュテンとオーガの出番だ。漏れなくタイガとヤコウが付いてくるが聞かれて困る話ではないのでよしとしよう。


「ふむ、彼等が反乱を企てるというのは考えにくいが、不満の根は先に刈り取っておくというのは賛成だ」

「そうよね」

「ガウガウ」


 同意が取れたところで、対応策について。


「住む街をまた区分けした方が良いと思うんだが」


 といってもヤコウチルドレンは狩りや漁といった獲物を探知し、仕留める能力ってのは虎皮達に一歩譲る。

 ヤコウチルドレンは回復組とセットでいなければ、めっちゃ筋力あるだけのただの人だしね。

 見よう見まねで簡単に真似できるほど、狩りや漁は簡単な仕事じゃないらしい。


 そこで考えた編成。


 ウチのお庭にはどの種族も何割か残す。人種による不平等感をなくす為だ。


 虎皮は東北の建築中拠点を主な住処とする。


 エルフはフットハンドルを。


 ヤコウチルドレンと街の人の子孫は建築中のサイズタイドとウチの間の街へ。


 船は東北拠点の主な港とし、ヤコウチルドレン達の街にも海路を使ってお裾分けする。

 ウチのお庭でやってた調味料作成は移住した町の人の子孫に移管し、調味料と魚を物々交換。

 サイズタイドとの取引はヤコウチルドレンが行う。ついでにサイズタイドの黒騎士と交わって子供の血統を増やして貰おう。


 これならシュテンの労力も大分減るはずだ。


「どうだろ?」

「良いと思うけど、どうして珍しくそんなにまじめに考えたの? トキ」


 サウスサイズの領主の話を聞いてから、なんかちょっと位良い主になってもいいかなって思ってみたりしたわけです。

 だからスズカさん。病気の人を見る目で見ないで頂きたい。


 でも確かにガラにもなかったか?

 シュテンはともかくオーガとタイガと、ヤコウまで「え!?」って顔で俺を見てらっしゃる。

 ……。


「誰を残すとか、どこに何人配置するとかは全部任せるから。後ヨロ」

「うむ」


 なんで皆ほっとしたし?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る