8章 ~自由の代償と束縛の報酬~

ASR1000年 とある学園の歴史講義⑦

<講堂>


「月が魔王を示す例というのは他にもある。


 さて、これは歴史からは少し外れるかもしれないが、関連のある有名な話故、触れておこう。

 これから話すのは、おそらく皆も知っているものだ。


 まあ、実際良き話だとは思うがな。

 舞台では過去何度演じられたかわからん程だ。


 テルヴィー」


「はい?」


「さて、こう問うと女性生徒諸君は毎年喜ぶ。

 “月映ゆる水面”と騎士達の、戦いと悲恋を描いた有名な劇の名は何かな?」


「え? あ、はい! “ジャックとローズ”です!」


「よろしい。

 テルヴィーもジャックとローズは好きかね?」


「はい、何度も舞台に見に行きました!」


「うむ。

 では、この話は実は異端者との戦いを描いていた、というのは知っていたかね?」


「え? いえ……」


「やはりか。

 実際演劇などでは教会への配慮もあるのか、その点に触れられていない場合も多い故、無理もないのだが。このことは意外と知られていない。


 “412宵月に、南に沈んだ海賊船”


 一時学会で追加すべきか議論を生んだ、年号の語呂合わせだ。

 結局不確か過ぎて、見送られたものだが。


 サウスウィンド南の海でASR412年にあったとされる大規模な海賊船団との戦い。通称“サウスウィンド海戦”。

 伝承に寄れば、その海賊達をおそらく束ねていたであろう船も、魔王の象徴である龍を象っていたという。


 つまりこの海賊団もまた異端者であったのだ。

 海賊団は“月映ゆる水面”と名乗っていたと伝わっている。  

 このサウスウィンド海戦の伝承について少し論じよう。


 サウスウィンドの街で騎士として働くジャックは、ある日美しい娘ローズと出会う。

 ジャックとローズは何度かの偶然の出会いを重ね、次第に恋仲となり、ある夜に結ばれる。


 だが、哀しいかなローズは海賊団の娘であった。

 そんなことを知らず、ローズとの幸せな未来を思い描くジャック。

 

 そして運命は二人に残酷な事実を突きつける。


 ジャックは騎士として海賊討伐の任を命じられる。

 任務のため船に乗り込むと、そこには海賊船の首領の娘だと身許を知られたローズが捕まっていた。


 動揺するジャックを余所に、騎士の船は海賊の討伐に向う。


 味方が次々と敵を討つ中、なかなか功績を挙げられぬジャックの船。

 手柄を焦った船長はローズを船首に連れて行き人質にする。


 だが、抵抗をやめない海賊船。

 ならばとローズを殺害しようとする船長を、ジャックは後ろから刺して殺害してしまう。

 そしてローズを救い出すも船は海賊船の攻撃により沈没。


 海の中へ落ちた2人は互いに手を伸ばすも、海の流れに捕らわれ2人の距離は遠ざかる。

 沈みゆく意識の中、結局2人は互いの心に相手を思いながらも孤独に海へと沈んでいった。


 そして、サウスウィンド海戦は海賊船の殲滅をもって終わりを告げた。


 ……


 所々省いたが、まあこのような物語だ。もう皆知っていようがな。


 単純に恋愛物語として楽しむもよし、人質をとるなどという悪行は騎士とて許されぬ、と正義を描いた物語として心に刻むのもよいだろう。

 或いは、この戦いが異端との戦いと知る者は、ジャックが船長を刺し、異端者ローズを守ったことで2人は神からの加護を失い、共にあることも許されず黄泉へと旅立ったと考える者もいる。


 文学として見る分にはそれで良いが、ここは歴史の講義。

 頭に入れるべきは、サウスウィンド海戦は史実であったと考えられている、ということだ。

 これが史実なれば、当時数多の騎士達が貴き命を落とし、サウスウィンドの海を守ったということだ。

 忘れ去られて良い過去ではあるまい。


 では、このサウスウィンド海戦はなぜ起ったか?

 そもそも“月映ゆる水面”とは?


 “海賊がいれば討伐するのが当たり前。ならば戦いになるだろう”では考えが足りん、といつもなら言うところだが。


 とはいえ、この戦争については多くのことが謎に包まれているのが実情だ。

 ジャックとローズの物語が口伝で地方に伝わるばかり。

 本当に史実であったのかを疑問視する声も強い。


 だが、只の創作物語としては余りに不自然な点もある。

 もし、誰かが異端者を主役にするような物語を作り吹聴していたとすれば、その者はすぐさま異端者として捕えられたであろう。

 しかしながらこの物語については、寧ろ人気作として今尚語り継がれ、演じられ、教会もそれを咎めはしない。


 また、これも伝承の範囲を超えないが、このサウスウィンド海戦を経て、現在の“領海”が決められた等という説もある。

 守るべき海とはどこまでか?

 知っての通り、海は広大だ。守れる範囲が限られる以上、“できる限り”であった曖昧なものが何かの事件をきっかけに定義として決められた、と考えるのは不自然ではないが。


 なんにせよ、歴史学者にとって最も有名で最も謎多き物語。それがジャックとローズなのだ……」




<パレス公爵家>


「御母様が……異端者……そんな……」


「ミレニア」


「そんな……御母様……なぜ……」


「ミレニア。落ち着きなさい」




「御父様、御母様は……御母様はどうして!?」


「ラスティスが勇者に任命された事を知り、教会に直接乗り込んだらしい」


「な……なんてことを……」


「私がいながら不甲斐ない限りだ。あの時チヨは随分取り乱していた。チヨのことを考えればもっと目をかけておくべきだったのだが……動転していたのは私も同じと言うことか」


「そ、それでは……御母様は」


「今はまだ大丈夫だ」


「どうしてその様なことがいえるのです!?」


「ラスティスだ」


「え?」


「ラスティスが勇者に選ばれた。勇者は旅立ちの前の日に家に戻って家族と過ごす。だからラスティスが旅立つまではチヨが裁かれることはない」


「……」


「幸いといっていいのか、今年は千年祭がある。ラスティスはその千年祭で勇者として国民に紹介され、旅立つことになっている。つまり、チヨが裁かれるのは千年祭の後だ。まだ時間がある」


「御父様……」


「私も公爵だ。私が言えば無視されることはあるまい。時間のある内に出来るだけのことはすると約束しよう」


「はい。では、私は御父様を信じて--」


「いや、そうではない。ミレニアよ」


「え?どういう……」


「ミレニア。公爵家の血を絶やしてはならん。それは解るな?」


「御父様?一体何を……」


「ミレニア。こうなった以上、最悪の場合に備えなければならない」


「お、御父様!?」


「ミレニア。お前は聖都を出なさい」


「な!?」


「ミレニア。これは命令だ。もし私の説得が効かず、万が一私まで異端者とされれば、我が家は取り潰しだけではすまぬ。最悪全員が異端者として処刑されるだろう」


「そ、そんな……御父様!?」


「ミレニア。その前にお前は逃げよ。ほとぼりが冷めるまで身を隠すのだ」


「……」


「明日の夜の五の刻、この街の食道楽の2階、4番席に行きなさい。そしてそこにいる人物達にこの手紙を渡すのだ。よいな?」

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