ライン

 風間直道かざまなおみち


 学者としてはまだまだなれど、助手として研究と実験を繰り返す日々だった。

 人の老化を防ぐ。そんな題目の下、志に燃えて毎日仕事に没頭した。

 帰り道の車の運転中、あまりの疲労に意識を落としたの覚えている。


 次に目が覚めたとき、風間はアンドロイドだった。

 初めはどういうことか解らなかったが、自身の中にいるもう一人の自分、アンドロイドの人格がすぐに状況を理解させてくれた。

 どうやら自分はアンドロイドへと生まれ変わり、ビリオンと名乗るアドロイドに目覚めさせられたらしい。


 ビリオンには他にも仲間と呼べる者達がいた。

 どうやら皆前世の記憶があるらしく、見た目は日本人だったが英名を名乗っていた。


「前世の自分に縛られないように、ってね」


 そうビリオンに言われ、名前が直道なので安直にラインと決めた。


 だが結局医療用アンドロイドとして生まれ変わったラインに、ビリオンが指示した仕事は研究と実験。

 風間直道であった前世と大してやることは変わらなかったのだから、皮肉な話だ。

 掲げるお題目はまるで違ったが。


 軍事衛生アンドロイドであるビリオンも自身と同様の知識を得ているはずであるが、ビリオンは他のことにかかりきりで忙しく、フォロー等というものはなかった。


 だが、それでラインの不満が募ることもなかった。


 ビリオンの目指すものが何かを知っていたから。

 それはラインも目指すべきものだったから。

 目的の為ならば、自身の不満も不幸もどうでも良かった。


 ビリオンはただ先に進むことだけを考えていた。それはラインも同じだ。立ち止まることは許されなかった。


 だが、あるときビリオンの様子が少し変わった。あれはフットハンドル領のリンディアから連絡を受けたときだった。

 今、魔王城と呼ばれるその場所が、先の見えぬ道を進むビリオンにとってどれだけの希望だったのか。

 ラインにはよく解る。ラインにとってもまた、それは同じだったから。


 しかもその魔王城の主、魔王はアンドロイド時代あらゆるメディアで紹介された万能アンドロイド。彼の力はデータが教えてくれる。


(いや、ビリオンは変わっていなかったな。今や彼を利用することこそが最短経路だ)


 だから魔王を利用しなければならない。ライン自身も。

 

 


 ビリオンは自身の役目をやってのけた。

 サイズタイドの防衛戦に勇者を使われるというのは予想外であったろうが、魔王にしっかりと日本を縦断する線を引かせた。


「魔王君は引き籠もりでね。引き籠もりってのはね、人との関わりが苦手なんだ。面倒臭い来客には居留守を使う。壁の中に閉じこもってね。だから、居留守を使えるように、壁がなければ壁を作るんだよ」


 謎理論だったが、実際そうなったんだからそうなんだろう。

 ビリオンは前世で引き籠もり経験でもあったのだろうか?


 なんにせよ成功した以上、あとは自分の仕事だ。

 魔王にはやって貰うべき事がある。やって貰わなければならない事がある。


 だが、それを直接話したところで魔王は動かないだろう。

 彼はもう自分たちとは違うのだから。


 だから誘導しなければならない。魔王を誘い込み、自分たちが思い描く道を歩かせねばならない。

 自分達だけで辿り着くことは不可能だと、理解できてしまったから。




 研究は長い間かかったが成功した。

 この世に蔓延る変異体を新たな化物へと生まれ変わらせる事が出来た。


 あとは魔王の領地で彼等が繁殖してくれればラインの仕事は一段落だ。


 種は撒いた。

 100年も待たねば結果が見えないのは歯がゆいが、時間はある。

 今は確実に事を進める選択こそが最短経路だ。




◇◆◇◆◇


 ビリオンから連絡があった。

 サイズタイドの東側では、予定通り更なる変異を遂げた化物が生まれ、繁殖し、その数を増やしているようだ。


 魔王も対抗すべく化物の駆除に力を注いでいるらしい。

 ビリオンの誘導は一応上手くいっているのだろう。


 だがまだ足りない。

 魔王はまだ思う場所へ向って歩いていない。


 どうやったら魔王は動いてくれるだろうか?

 足りないというのなら更なる脅威も用意しよう。 


 少なくとも気にしていないと言うことはないはずだ。

 スパイまで潜り込ませて来たのだから。


 人の限界を超えた力。

 シキと名乗った騎士が勇者の子孫であることはすぐに解った。

 だから敢えて勇者候補として聖都に送った。


 魔王が欲しいのは教会内の情報ではあるまい。

 知られて害のない場所に閉じ込め、後はどうするかはビリオンに決めさせれば良い。


「スパイは多少受け入れた方がいい。情報が入れば人は短絡的な動きをとり難くなるからね。僕等が恐れるべきは魔王君がキレて聖教国を滅ぼそう考えることだけだし。ただ、流石にあれはバレバレだよねぇ。教会の連中が首を傾げていたよ。初めから身体スペックがおかしい上、HC細胞を移植しても殆ど変化がないんだから」


 結局シキは送り返したが、スパイは敢えて入れた上で、渡す情報に制限をかける方針となった。

 魔王の新たな手に期待、ということだ。


 ライン達には目指すべき場所がある。

 不老なる肉体に時間はあれど、気は急くものだ。

 他に欲しい物などない。目的地まで最短経路で進みたいというのに。

 

「魔王めが。とことん焦らしてくれる……」  




◇◆◇◆◇ 


 目の前から鼻孔を突き抜ける、暴力的にまで空腹を刺激する懐かしいカレーの香り。


(次の手はこれか……)


 部下がイーストウィンドで評判の店で出される料理だとわざわざ取り寄せたものだ。

 確か店の名は“食道楽”だったか。


 口に含めば人間だった頃を思い出す。

 幸せが何かを、少し思いだした気がした。

 

(ま、焦っても仕方がない。ゆっくり待つとしよう)


 カレーを口に運びながら、ラインは少しだけ魔王に感謝した。


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