イーストウィンド教会の出世欲

 その生誕が、暦のプラスとマイナスを分ける程に偉大なる過去の救世主。


 十字に貼り付けられたその姿より、同じように手や足から血がにじみ出る体質の人は信仰の深さを称えられたらしい。

 聖痕現象だったっけ? 自傷もいたらしいが、それはともかく。


 聖教国では太陽が信仰されている。

 で、そんな国で“掌が光る人”なんてのが発見されたらどうなるだろうか?


 ガッツリ聖痕認定に決まってる。

 新たな聖人として祭り上げようとされる位には。

 ただし利権を考えなければ。


「つまり山猫食ったんか、ソイツ?」

「だろうな」


 ウエッ……


 あんまり想像したくないが、ともかくもイーストウィンドの騒ぎってのはそういうことらしい。

 逃げた肉球が電球に変わった山猫を捕まえ、どんだけ飢えていたのか食った男が抽選に受かって、掌に懐中電灯機能を搭載。

 で、教会でペッカァーとやって見せたら、教会連中から「やあ、ウチで働かないかい?」とスカウトされたと。


 聖教国には黒騎士団防衛線のおかげで魔獣の存在が知られていない。

 魔獣の類いは見つけ次第、基本的には悪即斬とウチとサイズタイドで協定を結んでいるからだ。加えて黒騎士はウチに逆らわんし。

 街中にステルス放火魔を紛れ込ませるような真似する必要ないからね。不安要素の芽は摘んでおくに限る。


 ただ先のシュテンとの会話でもあったように、じゃあ“魔獣って何やねん?”を新入り君達が解らんやん?

 てことで、街中でこの能力を使う人が出て来ても大丈夫だろ? って能力程度の魔獣はサンプルとして捕獲していたようだ。

 この大丈夫だろ? って基準が街によって違うよね、ってところまで考えなかったわけやね。文化の違いあるある。 


 もはやサイズタイドに聖教国、つまり太陽信仰はないからね。彼等が崇めるのは古の龍だ。どう見ても邪教だな。

 なので、ここまで想像していなかったと。

 

 脱走した山猫は周辺集落に辿り着き、同情するならカネをくれ系オッサンに捕まったらしい。

 飯もろくに食えないオッサンが、山猫とはいえどうやって捕まえたのか知らないが。


 オッサンは飢えていた。で、目の前に肉があった。ふむ、そりゃ食うよね。とりあえずチャレンジするよね。うん、しちゃったかぁ……

 で、力を取り込んだらしい。


 ネズミを食った虎が火を吐いたように、人間が食っても希に力を得るケースがある。

 黒い霧で変異した生物は、より身体が変異するが、黒い霧の影響を断ち切った新人類はそうはならない。

 ただ、特殊な力を得る。俺は感染と呼んでる。


 感染は必ずしもする訳じゃない。ウィルスと一緒。確率がある。

 だから食べて力を得た奴は運の抽選に受かったと言える。受かった奴の運が良いのか悪いのかは知らん。


 得る力は生物、物理の法則を超えない。

 多分、手が光るってのもチョウチンアンコウと同じ理屈だったりするんだろう。その辺はどうでもいいか。


 とにもかくにもオッサンは運の抽選に受かり、自分の手が光り出し、何か自分ヤバくないスか? って街に行ったら教会に祭り上げられたと。


 で、ここからが厄介だ。往々にして権力者というのは出世を望むのだ。

 当然ちゃ当然なのかも。自分を支える物が権力なんだから。

 スポーツ選手が身体鍛えるのと一緒なのかね? 知らんけど。


 教会は聖教国で一定の権力を持っている。土地が足りねえって言っておきながら、今や各街に教会が建っている程だとか。

 そしてイーストウィンドの教会からすれば、これは好機だった。

 支店でとてつもない業績上げれば、本社に取り立てられて良いポジションを貰えるわけで。


 そして、これをおもしろくないと考える者も現われた。

 ウィンドルームの教会関係者だ。


 子会社の子会社が本社と直接取引しようとしたわけだ。

 イーストウィンドの手柄はウィンドルームの手柄を経由して本社に収まる。それが筋。

 なのにこの手柄をイーストウィンドが独り占めしようとしたと。


 がめついのがどっちかは知らんが、結果イーストウィンドとウィンドルームの教会が衝突。

 その騒ぎは教会だけでなく領主にまで及んだ。


 為政者からすれば教会は教会。この件で出世が見込めるのも教会だけ。


 イーストウィンドの領主はウィンドルームと上手くやる方を選んだ。

 一方ウィンドルームの領主は聖人。そして聖人は聖教国では聖なる力を持つといわれているらしいが、実際にはアンドロイドだ。

 手が光るからなんだ? 一緒にすんじゃねえよ、って感じだろうか?


 イーストウィンドが手が光るオッサンを“新たなる聖人”とか言っちゃった辺りも致命的だったんだろうなぁ。

 事実確認をせずにデマを流して「嘘こいてんじゃねえぞ!」ってブチ切れられたわけだ。

 ネットのフェイクニュースじゃあるまいに。


「イーストウィンドの教会は欲をかきすぎた」

 

 シュテンがため息をつきながら呟く。気持ちはわかる。


 イーストウィンドの教会は「コレハ陰謀ダ」とか喚き、ピカオヤジとピカオヤジ信仰者を集めて教会に立て籠もったそうだ。

 教会の最上階から「この奇跡を見よ!! ウィンドルームは我欲のために、この神から授かった力を亡き者にしようとしている!!」と喚き散らしているそうだ。


 因みに元を辿れば力を授けたのはウィンドルームの領主だ。

 自業自得だと笑っていいだろうか? シュテンがいるから自粛しよう。


 今も尚集まるピカオヤジ信者。イーストウィンドがサイズタイドとの貿易をしていたこともあり、ウィンドルームの教会では魔王陰謀説まで上がっているとか。

 冗談じゃねえ。笑えねえよ。


「イーストウィンドの教会は彼の信仰者を取込み、徹底抗戦と意気込んでいるようだ。確か“明結会”だったか? そう名乗ってな」

「なんじゃいそりゃ?」

「明はおそらく、その掌が光る男の事だろう。其奴の為に団結しよう、という意味ではないか?」

「さいで。まあ、連帯感持たせる為にチーム名つけるのはありがちなやり方だけどね」


 詰まるところ。


「暫く貿易は無理か」

「ああ、今関わると余計な勘繰りをされかねん」


 シュテンため息が一層深くなった。

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