イーストウィンドの異変

 ということで、サイズタイドとイーストウィンドが貿易を始めた。動きが速い。

 国交正常化的なアレだ。主観と偏見に充ち満ちているかもしれないが、大体後からトラブるヤツ。

 余計な事は言わないが。


「おかげでフットハンドル復興の見込みもついた。これで魔獣調査も間諜計画も捗るというもの」

「そらよかった」


 いつもしかめ面のシュテンが珍しく笑顔を浮かべている。いろいろ辛かったんだね。


「とはいえ、始まったばかり。順調に走り始めた、とはいかないようだが」

「なんかあった?」

「輸出品が逃げる事故があったらしい。早速揉めているようだが」

「逃げた? ナマモノ送ったのか?」

「その様だな。黒騎士団が見つけて捕獲した希少な生物を、イーストウィンドの幹部が聖都への献上品にと欲しがったそうだ」

「希少な生物?」

「肉球が光る山猫だそうだ」


 何ソレ、かわいい。チョウチンアンコウみたい。


「まあ、多分魔獣なんだろうけど」

「ああ。余り驚異にならない魔獣は捕まえて、新しい団員の教材にする方針だったからな。山猫もその内の一匹だ」

「ふーん。で、それを梱包中にでも逃がしたか?」

「似たようなものだ。梱包中なら所詮は光るだけの野獣。梱包者に噛みついて、その場で取り押さえられたのだろうが」

「あー。箱の強度が甘かったパターンね」

「うむ。輸送途中のどこかで破られていたそうだ」

「どこかって……到着まで気づきもしなかったのか? 管理ガバガバやんけ」


 まあ、外交としては信用を失う大きな問題かも知れないが、当事者はウチじゃなくてサイズタイド。

 その辺りはあっちの外交担当が解決すればいい話なので、シュテンもそこまで深刻に受け取ってはいないらしい。


「太陽をシンボルとする聖教国にとって、光る物というのは縁起物であるらしいからな。高値で取引き出来たはずだろうに」


 高値といっても物々交換ですがね。


「そりゃお気の毒」

「フッ、まったくだ。」

「そう思ってる顔してねえぞ?」

「そうか?」

「ああ、今日は随分と笑顔が多い」

「色々上手くいっているからであろうな。間諜も漸く一人ウィンドルームの騎士として入り込むことが出来たからな」

「へー、そりゃよかった」


 遅ッ! とは思っても言うまい。


「街への移住が食糧難もあって余計に厳しくなっているが、やっと先に進むことができた。同時に連絡経路まで確保出来たのだ。やっと悩みが一つ解決したよ」

「なら、今日は祝いの酒でも飲んで、たっぷり寝てくれや」

「ああ、そうさせて貰おう」


 一時期ブラック社畜生活に眉間の皺が取れることがなかったシュテンも、最近は負荷がが減ったせいか、幾分穏やかな表情を浮かべるようになった。

 サイズタイドとの取引で馬を輸入。さらにお庭の区画整理で農場を確保した結果、馬の繁殖が可能となった。


 結果シュテンは農耕馬から卒業できた、ということらしい。

 サイズタイドとの取引での馬車馬ぶりを見る限り、一生馬扱いは卒業できなさそうだが。


 まだまだ忙しい事に変わりはないが、あんまり一ヶ所に負荷が集中しているのもよろしくはないだろう。

 働き方改革は是非進めてほしいものだね。自分達で。




◇◆◇◆◇


 という感じで3ヶ月くらい前ニコニコ笑って話してたはずだよ。シュテン君は。

 だから全く問題ないよスズカ。ん、どうした?


「イーストウィンドで反乱が起きたらしいのよ」

「そら大変」

「事の次第は調査中みたいだけど、収まるまでは貿易も暫くは……」

「ほう?」


 貿易と反乱。

 関係なさそうだが、めっちゃ関係する。このご時世では。


 ウチのお庭とサイズタイド間のように、輸出入=シュテンの往復で、途中の野獣や魔獣もシュテンが刻めばノープロブレムなやり方と違い、普通街から街への移動は騎士が隊を組んで行う物だ。野獣がいるからね。

 シュテンとか山田とか、単独移動しているヤツが例外で特殊なのであって。


 イーストウィンドで反乱が起き、騎士がその対応に追われれば、当然物を運ぶ人がいなくなる。

 勿論、サイズタイドの騎士が代わりに往復すれば貿易自体は存続できるのだが、サイズタイドの騎士だって暇ではない。

 加えてイーストウィンドへサイズタイドの騎士を無警戒に入れる訳がなく、サイズタイドの騎士がイーストウィンドに入る日はイーストウィンドの街の門に騎士が並べられるから、結局あちらさんの騎士は貿易に必要ってことになる。


 貿易が滞るということは、フットハンドルの復興も滞ると言うことで、指揮官シュテンはない髪を掻きむしっていると。

 可哀想に。


「しかし、騎士が貿易できないほど駆り出されたってのは、相当大きな反乱だよな?」

「そうらしいわね。実際様子を見に行ったサイズタイドの人が、中に入れて貰えなかったけど、外からでも何か起きているのは解った位だったって」

「そりゃまた……」


 イーストウィンドを見たことはないが、魔獣を防ぐんだから外壁は厚くて高い。

 それで解るって相当なんだろうな。


「まあ、ないものねだってもしょうがねえ。何が起きてるか解れば、何が出来るかも考えられんだろうけど、これじゃあねぇ……」

「そうよねぇ……」


 スズカもどうしようもないのは解っているのだろう。

 フカフカのウナギの白焼きを頬張りながら、日本酒飲みつつ話している辺り、相談と言うより晩飯の雑談なわけだが。

 政治のニュースが流れる度に、熱く的外れな意見ならぬクレームをベラベラテレビに向って語っていた母ちゃんを思い出す。ああはならないで欲しいものだ。


「果報は寝て待て。時間が解決してくれるって」

「うーん」

「どした?」

「いえ、トキが言うと重みが違うわねって……」


 ほっとけ。

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