サイズタイドの貿易

 見た目に違わずと言うべきか、見た目の割にはと言うべきか。

 ダークエルフの寿命は普通の人から見ると長い……と思う。俺から見るとそこまで人とは変わらんが。

 

 ちゃんと統計とったわけじゃないが、130位が平均寿命になるようだ。

 エイガ君も127年の生を全うし、あの世へと旅だった。

 ボケて飯を食った直後に「飯はまだかい?」と、懐かしのコントみたいな台詞を最後には言うようになっていた。

  

 ここまでしっかり生きると哀しいとは思わないものだ。

 哀しくはないが、感じるものはある。子供の頃から知っていたからな。


「お疲れ様」


 うん、これがしっくりくる。

 白いガラクタに生まれ変わった親父は何を思ったのだろうか。

 よく生き抜いたと? ……だよな。いや、他意はない


 4315年。エイガ君が逝ってから10年経つのか……


 オーガを襲名した元ライガの肩を、自身の定位置に決めたタイガ。

 今の親父の姿をエイガ君は晩年どんな風に見ていたのだろうか? もしかしたら現実逃避の結果、ボケたのかもしれん。


 不老不死は当たり前じゃない。老いて死ぬのが当たり前。俺達が異常なのだ。

 天寿を全うできる。それは幸せの形の一つだ。少なくともそこに辿り着けなかった者達から見れば。 


「そうよねぇ……」


 スズカも同意している。

 こないだちょろっと出没した山田の話を聞いたからだろう。


 聖教国は餓死者を抑えるのに大変らしい。

 天候や季節、敷地面積の問題をクリアすべく、工場畜産や屋内農業等も開始されているらしいが、なかなか成果が出ないそうだ。 


 確かリンディアさんがきたとき600年云々言うてたから、新しい人類の歴史が始まって7~800年?

 まあ、そう考えれば文明的には上等な進歩速度な気もする。 


 工場畜産は、面積は節約できるが餌の数は家畜の数だけ要ることに変わりはないから、結局農業の進歩が重要になる。

 まずは人が食える農作物の大量生産と確保が必要。で、その土地がない。

 「じゃあ高層建築で都市型農業をやろう」という訳にはいかんそうだ。まだ発電もまともに出来ない文明レベルなのだから。


 奴らこそ菜食主義に目覚めるべきではなかろうか?

 家畜に回す食料を人間に回せば食糧難もそれなりに乗り越えられそうなものだが。

 文明発展の為には、上昇志向を刺激するための贅沢も必要なんだろうけども。


 現状聖教国の農業文明はビニールハウスのように温室作って、寒い季節に対応するのが精々。

 今の時代の植物がガンガン成長してくれるからとて、限度はあるわな。

 壁の中で人は増え続けるのに、でも壁の外に食料取りには行けませんって時点でそりゃね……菜食主義に変えたところで餓死者は出るな。


 ウチなんて壁の中の食料だけでまだ余裕なのに、野郎連中はほぼほぼ皆外に出てるぞ。

 「狩リダ、狩リダ」っつーて。魔獣狩りが楽しくて仕方ないらしい。


 魔獣を食べると、希に力に目覚めるのも魅力の一つだとか。

 前に火を吐く魔獣を食ったヤツが力に目覚め、能力暴発して黒焦げになったり、電気系魔獣食ったやつが自分の発電能力で感電死したりしてるんだがね。どうにも懲りないらしい。

 ……って話が逸れた。


 ウチの今の生活は、スィン率いるロボット達のメンテにより、滅んだ過去の文明をウチだけは劣化することなく維持してくれているからこそのものだ。

 一方、聖人達がいるとはいえ聖教国はゼロからスタート。

 聖人達が全文明を知るアンドロイドとはいえ、学びもインストールもない事柄に知識はない。知識があっても道具と人手がなければできやしない。


 ついついウチと比べると見劣りしてしまうが、聖教国は文明の成長に関しては頑張っていると思う。


 加えて聖教国では、一応国民の反乱とかにも留意しないといけないから、過去の技術は基本的に聖人の元に集めるようにして、一般使用は控えさせている、という事情もあるそうで。

 人の集団を治めようとするなら、人が恐れ、逆らう気力がなくなるだけの権威と武力を保持するのが手っ取り早いわけで。

 聖人が持つ科学の力も知識も公開を控えているんだから、そら人類の成長速度にも限度はあろう。


 ま、余所の事情は余所で解決すればいい話。

 頭を切り換えて久しぶりに好物の“厚肉鯛の鱗焼き”を腹に収める。

 ふむ、美味し。




◇◆◇◆◇


「聖教国と貿易ねぇ」

「ああ。それでサイズタイドの領主から相談されてな」


 スズカママンに連れられて来た会議室で、シュテンとお話タイム。

 元はサイズタイドの領主から受けた相談をシュテンが俺のところに持って来た形だ。俺、サイズタイドと関係ないんだけどな。


 サイズタイドにウィンドルームの衛生街であるイーストウィンドから使者が来て、依頼があったらしい。

 イーストウィンドも聖教国。例外に漏れず食糧難がキツいらしい。


 一方でサイズタイドはどの街も食糧豊富だ。

 ウチの居候との貿易に加え、黒騎士達が野獣を狩りまくるので、外からの供給もあるそうで。


 サイズタイドには好きにしろよと言いたいが、シュテンにそう言う気はない。

 もうこのおっさんとの付き合いも100年を超えてる。何か動けと言われるならともかく、相談くらい乗ろうじゃないか。

 情だけでなく、此奴とサイズタイドの関係あってこそスパイの話も進んでいるわけで。


「んで、向こうからは代わりに何を貰えるわけ?」

「人員だそうだ」


 要らんわボケ。何に悩んだんだよ?


「スパイをわざわざ受け入れる要望を聞くメリットはないというのはわかるから、取引内容自体は当然見直しが必要だとは思うのだか、貿易自体は多少不利でも繋いでおきたい」

「というと……ああ」


 なるほど連絡手段か。


「お察しの通りだ。ウィンドルームに送った間諜から報告を受ける手段が乏しすぎてな」

「つまり、向こうの要望って形で受けることで、疑われる要素を減らしつつ、こっちのスパイとの連絡経路を確保したいと」


 シュテン君~。いいね、キミィ~♪


「となると当然、取引の為に何を要求するかが重要になるわけだが」

「出せる物がねえってのは、餓死者出てる時点でお察しか……」

「ああ、余ってるのは野獣の生息地を少しでも減らそうと、騎士達が伐採している森の木位だ。そんなものサイズタイドでも余っている」

「そら木材ばっかり豊富でもね……あ!」

「何か思い付いたのか?」

「ああ。うん、よし、その木材を取引にしよう」

「うむ?」


 その木材が足りてないところがあったわ。


「で、出来たものはサイズタイド経由で買い取って、フットハンドルに回してしまえば良い」


 いつぞや話した、フットハンドル復興作業は現在進行中。

 虎皮共がかつてスッカラカンなるまで空き巣を働いたフットハンドル。野獣共にもしっかり荒らされ、大分復興は苦戦している。

 物資が何一つ足りていない。

 周囲の木に不自由しているわけではないが、魔獣調査を進めつつ、街の壁を修繕し、必要な物資を一から生産。

 木を必要以上に伐採しているほど、マンパワーに余力がない。


「他にもフットハンドルに足りないものを調査すれば色々出てくるだろ? 食料以外なら取引乗ってくるんじゃねえか?」

「なるほど、ふむ確かに」


 後から考えると、これが事件の始まりだったのかも知れない。

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