赤虎の正体
赤虎から確認されたHC細胞。
少なくとも、この生物を人が造ったのは間違いなくなった……ったく、カルト集団共が。
というわけで、現在会議室にいる。
「とまあ、調査結果を詳しく話してもちんぷんかんぷんだろうから、簡単に言うと獣版勇者だ」
「しかも火球の発射機構まで搭載されているって、なんか本当に生物兵器って感じね」
「兵器なら制御できなきゃなんだけど、よくわからんのは制御する気が全然ないってところかね」
「どういうことかしら?」
そうだな。ちゃんと順序立てて説明しておくか。
「まず、HC計画の実験体。つまりヤコウについてだが、理屈は解らんが黒い霧の影響を受けず、一応理性、知性を残してる」
「ダウ?」
「一応って言わないの。それで?」
「だが、今回の赤虎は凶暴化していた。いや、少なくとも変異していたっていうべきかな」
「あ……」
ここで凶暴化を少し定義づけておこうか。
まず肉体の変異だ。
赤虎の牙は今の野獣の虎の様に、異様に長かった。身体に至っては変異種よりも大きい。つまり変異していた。
次に死への恐怖が薄れるのか退くということを知らなくなるって点だ。
例えば鹿。弓矢で討って急所から外れた場合逃げるのが前時代の鹿だとすれば、痛みに怒り、やり返しに突貫してくるのが今の鹿だ。
そして理性、知性と呼ばれるものがかなり薄くなる。
黒い霧発生当初、人間がデカい毛無し猿みたいになって皆揃って暴れ始めたわけだから、そういうことなんだろう。
銃を持ってる野人が銃を棍棒みたいに振り回してたのを見たことがある。
ただ、一切知性がないかと言われるとそうでもない。
同族同士で共食いしないで繁殖している辺り、一応暴れる以外のことも考えはするんだろう。
森に潜んで襲いかかったり、勝つ工夫はするし。狩りの本能的なものが表に出るのか、野獣の方が野人より戦い方賢いまである。
まとめると単に食欲と性欲が異常に強くなっている状態とも言えるか?
あの赤虎は変異していた。長い牙、デカい身体。
つまり赤虎は黒い霧の影響を受けていた、と考えて良いだろう。
死への恐怖が希薄になって理性知性が失われていたかどうかを、元がどう猛な肉食動物の行動から解析するのは、ちと難しいが……
ノーマルな虎が銃で撃たれたら逃げずに向ってきたって話、テレビとかでよく見たしな。
勇者達は理性、知性を与えられ、再設計された新人類にHC細胞を移植した存在。一方、
「赤虎はおそらく野生の虎がHC細胞を取り込んだ存在」
「取り込んだって、どこから?」
「餌から」
「?」
「つまり、多分いるであろうこの件の首謀者さんは、HC細胞を何らかの餌に入れてばら撒いたってこと」
「それって、例えばネズミとか?」
「ああ。大量のネズミにHC細胞を埋め込んで、こっちに走らせた。でそいつらを食った野獣共が変異した。って考えれば、だれがこっちへあんなの連れてくるんだ? って疑問も解ける」
「え、でもそれだと……」
「ガスグレネードの説明が付かない?」
「うん」
「ガスグレネードは自然発生って結論になった」
「え!? それは流石に……」
「ガスグレネードそのものが、そも生物機構の応用だからね。熱やガスを発生させるための人工ミトコンドリアや分解細菌をネズミに一緒に取り込ませた変異体が、HC細胞を身体に取り込むことで獲得したんだろうってのがスィンの推測だ」
「嘘……」
HC細胞は、移植すれば通常の人類を不完全ながらヤコウに変異させる。
ある生命体を別の生命体に書き換える、といってもいい。
そして生物というのは、毒飲んだ人が対毒性を得たり、水泳選手が人より水掻きが大きくなるように身体が環境によって多少は変わるようにできている。
結果HC細胞を取込み、更なる変異を遂げる途中過程で人工ミトコンドリア、分解細菌も取り込んだ身体は、変異後それらを有効に使える身体へと変化せしめた、と。
元が変異体である。
本来何代もかけて行われる生物の変化を、たった一代でなした黒い霧の影響を受けた細胞はいわば暴走状態。トリガーさえあればどう変わってもおかしくはない。
新人類はHC細胞潜伏状態にして、いつもなぜか僧侶チックなコスプレしてくるトリガー役を同行させることで初めてヤコウもどきとして力を発揮するが、野獣共は一体でヤコウもどきとしての力を発揮するようだ。
オリジナルと違って回復力が強いのは身体の一部だけ、と不完全な能力継承ではあったが。
「そんな……じゃあ、あんな化物が今後も現われ続けるってこと?」
「残念ながら」
キツイ話やな。
まあ、今回の結果から心臓突き刺せばヤコウもどきとて死ぬことは解ったから、狩るだけならどうとでもなりそうだが。
「トキ殿」
「ん?」
「難しい話はよくわからんが、あの化物が今後も現われるかも、というのは解った。それで、我々が集められた理由は?」
「どうしたいかを聞く為、だな」
「うむ?」
「今回赤虎は1匹相手だったから競争なんて呑気にやれたが、あんなのが大量に彷徨いてたらそうはいかなかっただろう。そこらの森が火事になりまくりだ。狩りに出たらいきなり周囲が燃えましたって、いくら狩人の腕磨こうがどうにもならん」
「うむ、確かに」
「被害を防ぐなら壁の中に閉じ籠もっているべきだろ」
「それは勘弁だな。サイズタイドとの貿易はお互いにとって既に欠かせない」
「そうか……なら、先に見つけてやるしかない」
「赤虎同様、変異した生物を狩りに出るわけか」
「ああ。被害防止の為の周辺調査と害獣処分」
「そういうことであれば儂らの出番でありましょう。虎狩りの腕前、期待して頂きたい!」
「それならヤコウの息子達も出そう。ヤコウほどではないが身体能力はあるからな。少なくとも戦闘では役に立つ」
自主性があるのは良いことだ。
今後土地を広げる関係上、Eシリーズの空中警備範囲も広がるわけで、あんまり調査に出してる余裕がない。
周辺調査はやるとすれば居候達の手でやって貰わなきゃならなかったが、危険の付きまとう仕事になる。
行けと命令して責任負いたくなかったからね。
さて、難しいのはもう一つの方。
「もう一つ、考えなきゃならんことがあるんだけど」
「む?」
「聖教国の調査」
「というと、間諜という解釈でよいか?」
「話が早くて助かるよ、シュテン」
これが問題なんだ。
「今のところ俺達の情報は山田頼りだ。聖教国の中枢に詳しい人間がいないからな。で、その頼みの綱の山田の言うことを、じゃあ全部信じられるかと言われたら無理って話でね」
「うむ、なるほど」
「確かに怪しい奴でありますからな」
「聖教国が俺達をどうしたいのかだ。赤虎の件は随分な嫌がらせだが、ウチの運営に致命的なダメージが入る様なものじゃない」
「森が燃えたところで、壁の中まで火が入るわけではないであろうしな」
「赤虎自体も本来の壁に近づいていたとしたら、発見もされることなく肉塊になっていたでしょうな」
「よくお解りで」
そう、ウチ自体にはあんまり影響ないんだ。
要は、何か目的があって怪物の素をばらまいたんだとしたら、その目的はなんなんじゃい? と。
山田は当然、山田チームにここの情報は持ち帰っているだろう。で、山田はアンドロイド。つまり、こっちの防衛能力はある程度正確に伝わっている。
こんな事やったってウチは落ちない。んなことは向こうも知っているだろうに。
山田を疑いきれないのはこの為だ。山田チームが本当はこっちを打ち倒そうとする敵なんだとしたら、こんな手は打たないと思う。
下手な手を打って、俺が驚異を感じたときどうなるか? 彼等はフットハンドルの結果から、よく知ってるから。
程度問題で言えば、やってることは勇者派遣とそんな変わらんよね。ただ勇者と違って、これ聖教国内にアピるとか、そういうのとも違うと思うんだ。
「とはいえ、放っておくのもモヤっとするだろ?」
つーても人材がいないんだけど。
「そういうことなら私がサイズタイドと話しを取り付けよう」
「サイズタイド?」
「ああ。デルスが生きていた頃、聖教国内部の情報が入るよう間諜を設置するという話はあったのだ。聖教国が実際軍隊を出せば、サイズタイドはどうなるか解らんかったからな」
「そんなに前から?」
「実際中枢の情報を得るためには、相手に潜り込み、時間をかけて向こうで出世していかなければならない」
「まあ、そうだね」
「そんな中、勇者連中の子供が生まれた。ヤコウの言うことを絶対とする子供が」
ああ……
「流石に勇者を帰すと何しに戻ってきた? となってしまうが。子供であれば話は別だ。良いのか悪いのか、勇者の血を引いた奴らは人を人と思っていない節があるしな。聖都に行って取り込まれることもあるまい」
「シュテンさん、凄いッスね」
俺初めてコイツのこと見直したかもしんない。
「私もデルスに情があったからな。必死で考えただけだ。親が出世し、身分を受け、その子供が更に出世していけば、いずれ中枢にも届こう。人より身体能力は高いからな」
「実力と他者の評価は必ずしも、とはいえ評価され易いのは事実だな」
「左様」
「で、今どの辺?」
「サイズタイドの南西、聖都の南東にあるウィンドルーム領の衛生街に入り込めたと聞いている」
「……先は長そうだな。焦って怪しまれても困るが」
「うむ」
サイズタイドは色々援助してる関係もあって、デルスが昇天した現在も、シュテンがお願いすればやってくれる関係は今も変わってない。
「この後ウィンドルーム領中央を目指すって感じか? そいつらは」
「うむ」
「じゃあ、情報提供は間諜がウィンドルームに辿り着いてからでいいや。それまではシュテンの方で進捗確認だけ頼む」
「承知した」
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