ビーガイン

 聖都の騎士である父はビーガインにとって憧れの存在であった。

 鎧を纏い、剣を持ち、秩序と聖都の守護者として、時に野獣と、時に罪人と戦う父。

 そんな少年だったビーガインが騎士を目指したのは必然だった。


 騎士への道は父も応援してくれた。休みの日は剣を教えてくれた。


 剣に夢中になる日々を過ごし、同世代の若者たちの中でもビーガインの剣術は頭一つ抜けていた。

 16歳で騎士試験に当然のように合格し、将来を有望視された。まさにエリートコース。家柄も悪くはない。

 周囲の者達もビーガイン自身も、彼の栄えある将来を疑ってはいなかった。


 ビーガインが17歳になったとき教会が設立された。 

 初めは何の集団かといぶかしく思っていたが、聖人達の支援の下に設立された対魔王組織であるという。

 半年ほど前から魔王や魔王国という言葉が聖都中で囁かれるようになっていた。


 曰く、聖人の命すら断ちうる魔の力を操る者。

 曰く、2つもの領を欲望のままに蹂躙した悪逆の集団

 曰く、近づく者は全て焼き払う鉄と石の国


「残念ながら騎士達では魔王には勝てぬ。だが安心するがいい。魔の力に対抗する聖なる力を得る術を神は与えたもうた。故に我らは神を崇める教会を設立し、その御力を借りて魔王を討つ。神を信仰せよ。信じる者にのみ我らが神はその力をお示しになるだろう!」


 半信半疑だったが、そんな力を得られるなら欲しがらない理由がない。

 憧れた強い父を超えられる。誰が見ても明らかなまでに。


 だから騎士団長より声をかけられた際は、迷うことなく受けた。勇者選抜の儀への参加を。


  


◇◆◇◆◇


 教会に集められた100名以上の戦士達。基本的には訓練を続け、互いに競い合う。 


「強いな、ビーガイン」

「お前もな、センジン」


 互いに競い合う戦士達とはいつしか友情も芽生えていた。

 稽古の後、倒れた敗者を笑うものはいない。互いが互いを強者と認め、勝者は敗者の手をとって起こす。


「彼女が見てる前で勝ててよかったな」

「からかうなよ」


 そう言いながらも、物陰からこちらを覗き見るヨウコを見る。

 互いに顔を赤らめる。からかい交じりの口笛ではやされながら、ヨウコへと駆け寄る。


 幸せな日々だった……一点奇妙なことを除けば、騎士の生活と変わらない、あたり前で拍子抜けな日々だとすら思う。


 だがその一点こそが、勇者選抜の核なのだと理解し始めたのはいつからだったか。

 7日に一度呼ばれ、教会のある部屋に呼び出される。床に見たこともない紋様の描かれた、香のような少し煙たいその部屋に入り、目を瞑ると嘘のように眠りに落ちる。

 目を覚ませば終わり。部屋を出るだけ。少しだけ痛む腕をみると、何かを刺されたのか赤い点のような傷が一つ。


 そしてある時気が付いた。自身の能力が飛躍的に高まり、常人の届かぬ領域へとあることに。

 一方で懸念もあった。集められ得た100名以上の戦士は、もう50名もいない。


「彼らは神の御力を拒んだのです」


 教会からの返事はそれだけ。

 懸念はあった。疑問には思った。が、それ以上に高揚感があった。父を超える。夢見た理想へと自身の手がもうすぐ届く。




◇◆◇◆◇


 時が経ち、なすことは変わらぬ日々。


「チッ、その程度か」

「クソがぁッ!!」


 だがその風景は明らかに前とは違っていた。


 戦士たちの数は10名ほどに減っていた。

 称え合う姿などそこにはない。勝者は侮蔑の目で敗者を見下す。


 ビーガインの成長はここでも頭一つ抜けていた。よきライバル関係であったセンジンももはや格下。訓練相手になりもしない。

 

「流石だね、ビーガイン」

「当然の結果だ。ところでヨウコ、この後時間はあるか?」

「え……うん」

「なら来い。使ってやる」


 ここは勇者選抜の場。強い者が正しい。




◇◆◇◆◇


 勇者選抜の当日。どうやって選ばれるのか、少し緊張して待っているとユキメと名乗る一人の女性が現れた。

 

「痛ッ、何を!?」

 

 突如ユキメがロックの腕を短剣で斬り、そして触れた。傷が治っていく。


「なんだ!? これは……」


 驚くロックを余所に、ユキメは戦士全員にそれを行った。


「神より与えられたこの力に従い、勇者の名を告げましょう。ビーガイン」


 そう宣言するとユキメはビーガインに口付けをした。


「我が力は、以後あなたの為に」 

「ああ」


(当然だ。俺は勇者なのだから)




◇◆◇◆◇


 出発の前日。久しぶりに家族の下に戻った。


「勇者か……お前を誇りに思うよ、ビーガイン」

「グスッ、気を付けて行ってくるのよ」

「あ、ああ……」


 父と母と過ごす夜。


(この違和感はなんだ? 目の前にいるのは間違いなく両親だ。本当にそうか? この感覚は一体……?)


「ビーガイン?」

「ん?」

「どうかしたのか?」

「いや、何でもない」


(コイツらは……何だ?)




◇◆◇◆◇


 出発の日。多くの人が送迎の列に並んでいる。

 昔のビーガインなら高揚して、興奮して、震えながらも誇らしげに胸を張ったはずだ。だが……、


(まるで猿にでも囲まれているようだ……)


 何故だか、只ひたすらに気分が悪かった。


「勇者ビーガイン!!」

「魔王を倒してくれ!!勇者様!!」

「ビーガインさまぁ!!」


(気安く呼ぶな。猿共が)




◇◆◇◆◇


 魔王国に向かうためには、補給のためにサイズタイドを経由する必要がある。幸いにもサイズタイドの西、ウェストサイズの街はいま無人らしい。

 いたらいたで所詮は猿。殺して奪えば良いが、余計な力を使わなくていいならその方がいいだろう。


 野獣が多少巣くっているが、脅威にはなり得ない。昔はその存在におびえたこともあったが、そんな過去を思い出すこともない。


 街には諸々と備蓄が残っている。

 街を譲り渡した裏切り者の馬鹿共の肥やしにするのも癪というもの……どうせならこの勇者が使ってやろう。

 家を物色していると腕が誤って花瓶に当たり、落ちた場所からパリーンと割れる音がした。


(ああ、気持ちのいい音だ)


 気づけばひたすら壺を割り続けた。




◇◆◇◆◇


「はっ!?」


 目が覚めて、夢を見ていたことに気付いた。


(俺は、何をしていたんだ……?)


 自分より強い者がいることを知った。

 自身など猿にも劣るほどの絶対者がいることを知った。

 教会に騙された? 聖教国に騙された?

 わからない……いや、どうでもいい。


 今の自分には使命がある。魔王城で何かを刺された時、全て解った。解ったなら後は動くだけだ。 


 起床して準備は完了。手に持った黒い兜を見る。

 聖教国に見つかっても面倒故、この仮面を被れと渡された。兜で顔を隠し、サイズタイドを聖教国から守る。それが自分の使命だ。


 サイズタイドの人々は彼等を見て黒騎士と呼ぶ。そう呼ばれることを素直に喜べる。

 なぜなら、これはヤコウの命令なのだから。

 この兜は忠誠の証。この兜はビーガインの誇り。


 部屋を出て、仲間達と顔を合わせる。


「さて、今日も張り切って任務に向おうか。センジン、ロック」

「「おう!!」」


 そういえば、こうして仲間達と笑い合ったのはいつ以来だろうか?




◇◆◇◆◇


「ふむ、多少の精神失調と特定の音への執着。細胞の影響で人を同類と見なせなくなる、と……なんというか、不良品だね」

「部下からの報告か? ふん、時間が稼げればいいのだろう?」

「まあ、そうなんだけどね」


「で、貴重なサンプル共はその後どうなったんだ?」

「サイズタイドで騎士になったそうだよ。いいよね。騎士を夢見た少年が夢を叶えたんだ」

「大したサクセスストーリーだな」

「僕は好きだよ。こういう美談ってやつ」

「その美談の裏で90以上死んでるがな」

「気に入らない?」

「いや、どうでもいい」


「ところで、本命の仕込みはどうなったかな?ライン」

「開発は順調。だが、数を増やすなら繁殖期間が必要だ。更に影響が出るまでの期間を考えると、望んだ成果を出すまでに100年はかかるぞ?」

「長いなぁ。まあ、その辺はうまくやるよ。教会が、ね」

「魔王を倒せぬ責任は全て教会に、か」

「そういうこと。といっても急いでくれると嬉しいけどね」

「無理を言うな、ビリオン。まあ、善処はするがな」

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