山田の情報

 勇者。

 もしかして笑うところだろうか?


「なんだい、そのヘンテコな顔は?」

「失礼な。いや、なんというか、正気かと」

「アハハ、やっぱりそう思うよね」


 思うさ、そりゃ。


「勇者という名の軍団ってわけじゃないんですよね?」

「軍団って程じゃないけど、一応パーティーは組んでるよ。5人で」

「わー、勇者っぽーい」


 魔王現れしとき勇者もまた現れ、巨悪を討ち滅ぼして世界を救いたり。

 超ありがちなアレだけど、現実はそうはいかない。

 

 世界に影響するぐらい強い存在、あるいは軍を持つ相手を打ち倒そうとするなら、当然勇者は軍以上の力を持たないと成立しないから。

 勇者>魔王。物語の冒頭はともかく、最終的にこれが成り立たんことにはね。

 魔王になった覚えはないが、いい加減こっちの武装はある程度知られているはずだ。5人でどうやって……。


「あー、もしかしてその5人てヤベエ兵器とか持ってたりします?」

「騎士のように剣と盾と弓矢だけ、ってわけじゃないと思うよ。詳しい兵装は僕も把握できてないけど」


 なるほど。であれば一応警戒は必要か。


「数で攻めても通じないと考えて、質と機動力で勝負に出たってことですか。勇者パーティーとかふざけた名前はともかく、一応理に適ってはいるんですかね?」

「聖教国にそれほど武力の余裕がないって実情もあるけどね。サイズタイドから攻略するより魔王自身を直接叩いた方が効率的だからね。機動力重視はその通りかな」

「つまりサイズタイドはスルーしてこっちに来ると」

「道中の補給は必要だろうから完全スルーって訳じゃないと思うけど」


 来ることに変わりはないと。


「しかし、武力の余裕がないか……じゃあ、今が攻め時ですかね?」

「その気があるならね」

「フンッ」

「クスッ。まあ、ここみたいに防壁の守りを人の手に頼らず固められるならともかく、聖教国の街は基本的に人の手で守られてる。勝ち目のない戦いに兵を消費してたら、国自体が立ち行かなくなるんだろうね」

「勝ち目がないって解ってるなら、諦めりゃいいでしょうに」

「全員が解ってるってわけじゃないし、“悪しき魔王国を許すな”って民意を無視するわけにもいかないだろうね。ここと違って“民なくして国成り立たず”だからさ」

「言葉だけ聞けば人道的で」

「受け取り側の解釈次第だよ。何事もね」


 へいへい、おっしゃる通りで。


「話を戻しますが、元々聖教国にはこっちを全軍で攻めるつもりはなかったと?」

「いやいや、サイズタイド騎士団が潰され、領が乗っ取られたって事実のおかげで、自国の力を蓄えよう派と魔王国滅ぼすべし派の勢力図が逆転したっていうのが正しいかな。魔王国怖いよねって」

「あそ。事実じゃねえですけどね、それ。で、その為にヨハンを殺したと?」

「おや、気になるのかい?」


 ヨハン自体はどうでもいいんだが。


「目的の為に仲間刺すような奴らを信用できんでしょう?」

「まあ、そうだろうね。ただ、あれに関してはこの件とは別なんだけど」

「といいますと?」

「ヨハンはさっきの話で行くと魔王国滅ぼすべし派だったんだよ。で、自国の力を蓄えよう派が邪魔だったんだ。僕の雇い主やその派閥の者たちの暗殺を企てる位にね」

「言葉通りなら悪い奴ですね」


 言葉通りなら、ね。


「そうだね。そして君の暗殺を進める一方で、蓄えよう派の暗殺も図ったんだ。自分の屋敷に呼び出して、魔王国の間者に変装させた暗殺者に始末させようとね。ただその暗殺者は、事前にそれを察していた蓄えよう派の間者だったんだけど」

「へー。随分お詳しいことで」

「情報通だからね。その後の調査で事情はわかったんだけど、聖教国トップの聖人の不祥事だ。そうそう明るみにはできなかったみたいだよ。加えて、この件のおかげで滅ぼすべし派がおとなしくなってくれた、って経緯もある」

「やったのはあくまで正当防衛で、その結果を利用しただけと?」

「そういうこと」


 ウチの迷惑も顧みろや。でもまあ、本当かどうかはともかく、筋は通ってるのか。


「まあそんなわけで、民意を抑えるために暫く勇者遠征は続くと思うけど、そこは頑張ってよ、魔王君」

「魔王言うな」


 クソッ。なんでこんなこっぱずかしい綽名を付けられにゃならんのだ。なんか悪いことした、俺?

 大半引き籠ってた記憶しかねえぞ。


「勇者遠征が続くってことは、聖教国はまだ数は少なくとも、こちらに対抗できる兵装を用意する技術を持ってるってことですか」

「さて、どうだろうね」

「アナタの雇い主って人はこの情報を出したら、脅威に思われて、今のうちに聖教国を攻めようと心変わりするかも?とは思わなかったんですかね?」

「その心配はしていなかったよ」

「なぜ」

「勇者達の力が解ればそうは思わないってさ」

「それは……」


 つまり勇者は捨て石か。本当に民意を抑えるためだけに“聖教国では”力ある者を選び、派遣する。

 勇者は倒されて構わない。次を出すだけ。

 勿論、ただ勇者が行って倒されてればいずれ民衆は不満を募らせるだろうが、それは“ただ無意味に倒されている”という事実が明るみになればの話だ。

 民衆にどう伝えるか、それさえコントロールできれば、印象操作でいくらでも不満の宛先なんぞ変えられる。つまり……


「なるほどね。“ウチにとっては”大した事ない勇者(笑)を使って攻めてるぞって体制をとり、聖教国の民意を制御しつつ、自国の発展に精を出そうと」

「そういう目論見があるのは事実だよ」

「そちらのメリットが漸くこれで見えた。本当にそれだけですかね?」

「さあ、僕も全部を知ってるわけじゃない」


 おい、情報通。


「でも、そっちにとっても悪い話じゃないだろ?」

「どの辺りが?」

「フットハンドル崩壊より始まった聖教国との因縁。経緯はともかく、君がアメシラスを破壊し、領地を崩壊させたことは事実だ。相手が国家を名乗る以上領地守護は当然の行為だし、奪われ壊されたら報復を考えるのが普通だ」

「その報復が勇者パーティー如きに縮小された、と考えろと?」

「そういうこと」


 まあ、マイナス100からマイナス10まで負債が減るならそれはメリットか。

 フットハンドルはやりすぎた感はあるけど、俺悪くないはずなんだけどなー。

 納得いかんが、他国の民意ってそんなもんだよね。


「現状で妥協しろ、か。まあ、いいですが。その勇者とかいう奴ら、出方次第では容赦できませんので」

「そう伝えておくよ」


 国力を減らさないために差し出される犠牲ね。

 勇者とはよく言ったもんだ。


 俺が知る勇者って、街で他人の家入って物盗っていくお気楽壺割り職人ってイメージだったけど、現実は厳しいものだ。

 ん? 壺割り……


「ア!?」


 アレってそういうこと? ……いや、まさかね。


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