空き巣の噂

 小僧だったヤコウも今は成長した。背丈だけは大人だ。


『ヤコウ!』

『ヴォウッ!』


 シュテンの投げるフリスビーを追いかける様はとてもそう見えないが。


 不老といっても生まれた直後から年取らないんじゃ使えない。HC計画の実験体は成体まで成長した後、老いを止める。

 ということは、身体の成長しきっていなかったヤコウは、やはり新しく生み出された、ということだろう。


 その貴重なサンプルを、山田次郎を遣わしたという誰かさんは俺に預けた。ふむ、なんでや?

 少し気になったのでヤコウの生態を追ってみた。


 起床、朝食、勉強、昼食ときて、シュテンに遊ばれてからの、風呂、晩飯、就寝と。うん、普通。一部除いて普通。

 シュテンがいないときは虎皮の誰かが代理で遊んでる。勉強のおかげか僅かに話もできるようになった。よかったよかった。


 いや、知りたいのは成長記録じゃない。奴がなぜここに送り込まれたかだ。


 山田次郎から渡された欠陥プログラムはスィンが速攻で解読した。

 書き込まれていたのはアイツの言っていた通り“鉄と石の街に忍び込み、主を暗殺したい”と俺の予想通り“言葉を覚えたくない”。

 他にノイズがないことも確認できた。アンテナも取ることはできなかったが、中身をチョチョイといじって機能不全にしてある。

 ヤコウが外から洗脳されて俺を襲ってくる、なんて警戒もいらない。


 そう、あまりに何もない。だから不気味だ。とはいえ今更追い返すのも気が引ける。困った。


「トキ。オーガさんとシュテンさんがちょっと話せないかって」

「ん? また面倒ごとじゃねえだろうな」

「そういうこと言わないの。サイズタイドで奇妙な事件が起きたって話だけど」

「奇妙な? まあ、構いやしないけど」


 他所の情報共有位付き合いましょう。御時勢的にニュース番組とかないからね。こういう時ちょっとワクワクする自分がいる。


「場所は講堂か?」

「うん。建物改造して会議室ができてるからそこでって」

「……いつの間に?」




◇◆◇◆◇


「ふむ、要はただの空き巣じゃねえのそれ?」

「ですかのう?」

「ふむ、やはりそうか……」

「うーん。他に考えられそうなことはないわよねぇ」

「ダウ?」


 ウェストサイズが野獣によって落ちたとはいえ、逃げ延びた住民もいる。

 サイズタイドとサウスサイズがほぼほぼ立ち直った現状、ウェストサイズの復興は急務らしい。


 デルス達は虐げられた者達を取り込み、街を乗っ取ったわけだから、ウェストサイズの住民達をここで見放すと示しがつかない。

 皆で頑張ろうぜ! が彼らの運営方針だ。素晴らしい。外から見てる分には。 


 虎皮達の手を借りて、ウェストサイズに入り込んだ野獣駆除を行い、ようやくウェストサイズの復興に着手しようという状況下。

 まずは使える施設と使えない施設の調査へと乗り込んだ調査隊は、ある事実に気づいた。

 野獣とて、わざわざすべての家を家探しはしないはずだ。

 だが、調査隊が調べたところ全ての家の壺が割られていたという。水瓶から花瓶まで全部、執拗なまでに。何か嫌な思い出でもあったのだろうか?


 さらに調べたところ、戸棚や引き出しも一度開けられ、目ぼしいものも紛失していることが分かった。野獣なら開けても閉めない。やっぱり人だ。

 その手はウェストサイズの領主の屋敷にまで延び、武器、あるいは武器になりそうなもの。防具、金目のものから、薬や食料に至るまで、盗れるだけ盗っていった感じらしい。

 街の年始の儀式で使う“踊り子の服”までなくなっているというのだから、人の仕業だとしたらかなりマニアックだ。


 調査隊もここまで見れば人の仕業だと考えた。最初は野獣同志の争いの結果かと思っていた街に転がる野獣の死体を見ると、ある死体は斬殺され、ある死体は撲殺され、ある死体は焼き殺されていたという。


「どうしますかのう?」

「どうって、お前ら他人のこと言えた義理じゃねえだろよ」


 フットハンドルから散々なにがしか盗ってきた虎皮を抱えるウチにいえることなんて何もない。

 虎皮達の空き巣は今も続いている。根こそぎやる気らしい。この前どこで見つけたのか熱線銃まで拾って来た時は焦った。

 壊れていたようだが、子供におもちゃ代わりに渡さないで欲しい。当然スズカに回収させた。


「まあ、そいつらの罪云々はやられた方が勝手に裁けばいいとして、その空き巣の行き先に心当たりはないのか?」

「ジェンガ達が見る限り、うっすら残った足跡や車輪の跡から、どうも東に向かったのではと」

「車輪ってことは馬車か。しかし東ね……もしかしてこっち来る?」

「その可能性は考えておくべきかと」


 こういう情報が馬車より早いシュテン便は先に届くから便利だ。備えあれば憂いなし。といっても……ふんむ。どうしよ?

 ウチに侵入しようとするのであれば、盗人なんぞ当然防衛装置でハチの巣だ。備えもクソもない。

 問題は……


「やっぱり外出組だよな」

「野獣のテリトリーと化した街を、少数で斬り伏せながら突き進み、盗みを働いたといいますからのう。性情はともかく腕は確かかと」


 厄介な。

 世の中は狭いが、世界は広い。こっちから探すには人手が足りん。


 また外出自粛にせにゃアカンのか? と悩んでいると、ノックの音が響いた。


「おや。ジュネちゃん、どったの?」

「失礼します。会議中にごめんなさい。フットハンドルから帰って来た、バンガさん達に父上への伝言を頼まれまして」

「なんぞ?」

「馬車を引き連れた5人組が、フットハンドルに居座っているそうで」


 ……


「そらまた、随分タイムリーな」

「交戦になったらしく、負傷者が出たようで」

「死者は?」

「いえ」


 ならよし。しかし……ふむ。


「トキ様、儂に行かせてくれまいか?」

「私も同行しよう」

「ボク、ヒマ、イク」


 まあ、ケガした仲間がいれば仕返し位したいわな。ガス抜きには丁度いいか。


「おう、いってらっしゃい」

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