5章 〜最初の勇者〜

ASR1000年 とある学園の歴史講義⑤

<応接室>


「失礼します」


「おお、久しいなミレニア」


「お父様もご健在で」


「……それではワタクシはこれで」


「うむ、学園長。配慮に感謝する。それと講義の邪魔をさせてしまってすまない」


「いいえ。公爵様の御用となれば、国家に関わるもの。本来学園は学問を優先ではございます。ですが、世に進む上で、その場その場で事情を理解し、臨機応変に動くこともまた必要なこと。生徒が見る我々学園側の行動も、また学なれば」


「立派であることよ。ここはよい学園のようだな」


「そう仰って頂ければ。それでは」




ーガチャ、バタンー


「……それでお父様、御用というのは」


「ああ、それが言い難いことであるが、残念ながら良い話ではない」


「といいますと?」


「ミレニア。お前との約束を覚えているか?」


「え、あ、はい。将来の夢のことでしょうか?」


「ああ。公爵家を継ぐのはお前の兄ラスティス故、いずれお前は公爵家より出なければならん。これを変えることはできぬが、代わりにお前には自由を認める。そう約束した」


「……はい」


「結婚も強制はしない。好きになった者と結ばれればよい。どこかの家に入るも入らぬも自由。働きたいというなら、それも認めよう。私は望みの全てを全力で支援する」


「はい。そして私は教師になりたいと申しました。お父様もご了承頂いて、今、私は一生懸命勉強を頑張っています」


「ああ、わかっている。だからお前には本当にすまないと思っている」


「お父様?」


「……ラスティスが……勇者に選ばれた」




「…………そん……な……」




◇◆◇◆◇


<講堂>


「さて、気を取り直して講義を続ける。


 ヤコウによって聖人ヨハン様を失ったサイズタイドを奪われた、というところまでは話したな。

 当然、聖教国は自領を取り戻すべく動くわけだが、ここで問題が起きた。

 先ほど論じたように、この戦争によって“富国強兵”が進められた。言い換えれば、それまでは必要以上の兵力を持たなかったわけだ。


 必要な兵力というのは野獣より街を守る力だ。

 兵を遠征させるということは、すなわち街の防衛を捨てる、ということになる。


 サイズタイドの兵力をもってしても落とせなかった魔王国。そして奪われたサイズタイド。

 

 センチュリア。君ならどうする?」


「ハイ。少数精鋭による奇襲、でしょうか?」


「素晴らしい。さすが父君の教えを受けているだけはあるか。


 少数精鋭。それも軍にも勝るような圧倒的精鋭だ。当然、当時の聖教国もその選択肢を選んだ。他に選べる選択肢がなかったとも言える。

 そして、そんな中で聖人達が神のお告げを受けた。この史実は皆知っていよう。

 “汝らが我が求めに応える限り、我は汝らを救おう。最高の戦士を選ぶがよい。魔に抗する聖なる力を授けん”。

 

 つまり、勇者というのは聖教国の迷いに神が応えてくれた結果、といえる。

 数に頼れぬ聖教国が求めた、魔王を打ち倒す個の力。神は常に我らを正しき道に導いてくださる。


 さて、ではその勇者であるが、どのように選ばれるか? イージート」


「あ、はい。えー、教会が選びます」


「うむ。間違いではない。

 言い換えれば完璧な正解ではない。


 先ほど少し触れたが勇者とは何か? 知っていると思うがおさらいをすると……


 各領地で名高き戦士が推薦され、教会でその技を競い合い、最高の戦士と認められた者達。

 その戦士達に、教会が聖なる力を授けることで勇者となる。

 ここまではよいな?


 さて、そのため現在勇者というのは、教会が選んでいるように見える。だが、この時まで実は教会は存在していなかったのだ。

 

197行かないで。最初の勇者、ビーガイン”


 明確に文献に残っているわけはないが、始まりの勇者ビーガイン様が勇者として選ばれた時期と、教会の設立時期はほぼ同時だったといわれている。

 聖人達が神より受けたお告げに従い、勇者に力を授けるための組織。それが教会だった。

 わかるかな? 少なくとも初めは教会が勇者を選んでいたわけではない、ということだ。


 それが今の教会が勇者を選ぶ形になっていったのはなぜか?

 197いで、の節からも解る通り、ビーガイン様の敗北のためだ。


 この敗北より、“まだ信仰が足りない。戦士の選抜も神の御意思に従うべし”となったわけだな。

 解るな? ビーガイン様の死は決して無駄ではなかったのだ。


 現在、では勇者は魔王を倒しうるのか?

 この言い方をするならば、言いたくはないが、少なくとも始まりより今まで、勇者が魔王に勝ったという史実はない。


 皆が不満に思う気持ちはよく解るが、現実として魔王国は、今なお存在していることがその証明だ。

 事実は事実として受け入れるより他ないのだ。


 だが、その結果だけを見て、神への信仰を失うようなことがあってはならんぞ。

 勇者遠征より、フットハンドル、サイズタイドと侵略を進めた魔王国は、その侵攻の手を止めた。勇者が魔王の力を削いでいるが故であることは疑いようがない。


 魔王国で勇者がどのような戦いを繰り広げているのか? 我々に知るすべはない。

 だが、間違いなく勇者の力によって、我々は今こうして平和な生活を暮らせているのだ。

 

 もし疑うべき点があるならば、それは我々自身である。我々はまだ、神の御意思に本当の意味で応えられていない。そういうことなのかもしれんな。


 ニネ。勇者の名の由来は知っているかな?」


「はい。その、死を恐れぬ程に勇ましき者、と」


「その通り。


 過去、幾度となく選ばれた栄光の勇者達……彼らの誰一人として、生きて帰った者はいない。


 忘れてはならんぞ。勇者の尊き命の上に我らの平和は存在するということを」

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