聖人たち

「ヨハン様、ヤコウをお連れしました」

「ああ」


 目の開ければそこには小さな檻に閉じ込められた少年の姿。疲れたのか静かに寝息を立てている。

 

「書き込みは終わっています。それでは、これで」

「わかった。帰ったらビリオンによろしく伝えてくれ、オメギス」

「はっ」


 ヤコウを運んできたのは、いつも頭から足までを外套で多い、姿を見せたことのないビリオンの側近。

 その不気味な姿も見慣れたもの。ヨハンの意識は既に彼にはない。


 ヨハンも噂でしか聞いたことはない。前時代の禁忌の遺産、HC計画の実験体の種より創り出された生物兵器。

 瞬発力、反射神経、人と言うより野獣の如き身体能力。回復能力に至っては生物の範囲に収まらない。


 その気性も野獣の如し。彼を確実に操る術はただ一つ。頭に埋め込まれたアンテナにより自身の望みを的確に書き込むこと。

 それが出来ればその能力は疑う余地がないという。既に何人もの命が人知れずその手で失われているはずだ。


「よもや、こんな子供とはな」


 人の力は見かけで決まるわけではない。望みさえ叶えてくれれば良い。


 ヨハンの望みはただ一つ。鉄と石の街を討つ。

 既に街を2つ失った。これ以上、失望させるわけにはいかない。


 故に、あの街の主の暗殺を願った。

 トップが瓦解すれば組織は混乱する。

 書き込みはビリオンが手配してくれた。今まで散々実績があるのだ。上手くやってくれるだろう。


 人々が魔術と呼ぶ力が何かをヨハンは知っている。

 それは科学だ。


 科学に意思はない。

 あの街を守る魔術とやらも、トップがいなくなれば沈黙するはずだ。

 後は自身の領の騎士の総力を挙げてあの街を攻める。


 目を瞑り、あの日を思い出す。


「任せろ。俺はリンディアとは違う」 

「そう願っているよ……」


 ビリオンの目はどこかもの悲しそうだった。

 リンディアを思い出したからか。それとも……


 用事は終わったと、一礼して踵を返すオメギスを形だけ見送りながら、拳を強く握る。


「何を気にしているんだ俺は。すぐに片付ける。それでいい」


 自分達には果たすべき目的がある。

 只進むのみ。

 止まることは許されていない。


 この程度の弊害に躓いている場合ではないのだ。



 

◇◆◇◆◇


「遅い!」


 ヨハンはアンドロイドだ。前時代を知っている。

 故に人の足しか連絡手段のないこの時代に歯噛みする。

 ヤコウを送り出してもう2ヶ月程が経つ。


 1月が経ち、失敗という言葉が頭をよぎった。


(そんなわけが……)


 鉄と石の街より住人が出ていくことは事前の踏査で知っていた。

 人質を取るなり、持ち前の俊敏性で門を突破するなり、やりようはいくらでもある。


 万が一捕まった時の為に言葉を教えないよう徹底したとビリオンは言っていたが、知能がないわけではないし技術も教え込まれている。

 それなのに……


 事実調査のため騎士を何名か見繕い、鉄と石の街まで向わせた。

 戻ってくるのに1月ほどかかる。解っていたことだが、だからとて苛つく気持ちを抑えられるわけではない。 


 舌打ちをしながら酒を喉に流し込む。外皮が僅かに火照る。

 いつもは心地よいと思えるそれも、今は苛つきを助長させる。脳まで酔えない身体が恨めしい。


 鉄と石の街を落とすなら防衛装置を黙らせることが必須だ。

 方法は防衛装置をコントロールするAIが従う者。あの街のトップを消す以外にない。


 ヤコウですら失敗する様な相手に、この後どんな手が打てる?

 もし、ヤコウが捕まり、自身の仕業だと知られればどんな報復を受ける?


「クソッ!!」


 感情のままにテーブルを蹴り飛ばせば、ワインの瓶が落ち、乾いた音をたてた。

 ガラスの欠片と赤い液体が広がる床も気にしてはいられない。


 国家のトップ、七聖人ヨハン。

 人間だった頃、見下され、虐められ、世を憎んだかつての鎌瀬世絆かませよはんには考えられない栄光の日々。

 やっと認められた。皆が自分を崇める。自分の居場所を見つけた。

 失うわけにはいかない。


「他の手段を考えねば。一度ビリオンに連絡を取るべきか?」


 任せろといった手前ではあるが、ヨハンの仕事はあくまで暗殺後の鉄と石の街の制圧。

 ヤコウが暗殺をしくじったのなら、ビリオンも協力を惜しむことはあるまい。


 報復が来る前に次の手を。独り思考に没頭しているとドアを叩く音がした。


「誰だ!?」

「よろしいでしょうか?」

「その声、オメギスか!?」


 丁度ビリオンに連絡を取ろうかと思っていたところだ。渡りに船。ヨハンはすぐに自室のドアを開けた。


「失礼します」

「構わない。入ってくれ」

「おや? おひとりですか?」

「ああ、少し考え事がしたかったんでな。しかし丁度良かった。ビリオンに連絡を取りたか--ッ!?」

「それは好都合」

「……きさ……まっ……」


 背を向けた直後、オメギスはヨハンの後頭部から突き上げる様に短剣を突き刺した。

 声を出せぬよう口を塞がれ、それでも僅かに抵抗したヨハンの手がオメギスの外套にかする。

 垣間見えたそれをみて、ヨハンは悟った。


(ビリオン……何故……)


 それがヨハンの最後だった。




◇◆◇◆◇


「やあ、オメギス。ご苦労だったね」


 聖都に帰ったオメギスを迎える主、ビリオン。どこか軽薄な笑みを浮かべるいつも通りの表情で、しかし何があったのか解っている口調。


「それで、アタシ達が集められた理由って?」

「せっかちね、ウィシア。折角ビリオンが呼んでくれたというのに。ワタクシはもう暫くこのままでも良いわよ?」

「アタシだって、ビリオンと一緒にいられる時間は長い方がいいわよ。どうせいるなら早く要件終わらせて、何も気にせず楽しみたいの!」

「ルナ、ウィシア。僕達の同志が魂を還したというのに。少しは悼む気持ちがあっても良くないかな?」

「ええー、別にいいわよ。アタシあいつ嫌いだし」

「ワタクシも正直興味はないかしら。ワタクシにとって同志と言えるのはビリオンだけですわよ? いえ、勿論それ以上の関係を望んでいるのですけど」

「あ、ズルい、アタシだって……」


 姦しく騒ぐ女性アンドロイド2体の声を聞きながら、やれやれと首を振る。が、黙っているわけにもいかない。

 ビリオンが話し出せばウィシアとルナと呼ばれた2人は嘘のように静かになった。


「まあ、僕にとっても信用できるのは君達2人だけさ。そもそも、ヨハンは間違えていた。リンディアは失敗なんてしていない。仕事を果たしたんだ」

「えー、やっぱりあの女生きてたんだぁ?」

「ウィシア!」


 すぐに口を開いたが。ビリオンもいつものことと気にせず話を続ける。


「フッ。君達は解ってくれているようで嬉しいよ」

「当然よ」

「当たり前ですわ」

「それに比べて、悲しいことだよ。ヨハンは僕達の誰よりも人間らしかった。目的を取り違え、あの街を落とそうとした。でもそうじゃない。あの街は必要なんだ。あの街を治める彼も」

「会ったの?」

「ああ、予想以上だったよ。敵としても味方としても完璧な存在だ」

「むう……」


「妬くところではないですわよ? ウィシア」

「そうだね。彼にはこれからたっぷりと嫌がらせをしないといけないんだから。ヨハン殺害の罪も彼に被って貰ったわけだし」

「いいザマよ。一人で良い生活してくれちゃってさ」

「全くだね。彼には早く表舞台に出て貰わないと」


「……それで、私達への要件というのは?」

「今後聖教国は彼を“魔王”と呼ぶことにするから。領民に広めて欲しい。聖人を2人もその手にかけた魔術の王。鉄と石の街というのも長いな。領民には“魔王国”とでも呼ばせてくれ」

「いいですけど……どういうことですの?」

「聖教国には敵がいる。人を進歩させる為には戦争がいるんだ。誰もが戦うのが当たり前だと思える、絶対の悪が」

「それでその厨二臭い名前なんだ。まあ確かに敵って解る名前の方が良いよね」

「彼は周りに余り興味がないようだからね。敵とみられてると自覚して貰わないと」


「呼び方は良いけど、アタシ達はそれだけ?」

「いや、街の拡大より、騎士の数の確保と産業の効率化を進めてくれ。人を煽るのは危機感だ。ついでに魔王の名を使わせて貰おう。現状維持で満足されても困るからね」

「それはいいですけど、そんなことをすれば国民達の怒りは魔王に向くわよ。抑えられるかしら?」

「是非、抑えてくれ、と言いたいが、こちらでも手を打つよ」

「どんな?」

「フッ。古来より魔王を討つのは勇者と決まっている」

「それって……?」

「まあ、目くらましが出来れば良いからね。勇者じゃなくてもいいんだけど。折角魔王と呼ぶのだからね。どうせなら支援組織も創ろうか。民衆の怒りの窓口をこっちで受け持つ必要はない」

「ふーん。まあいいけど」


「それで、その間に裏を仕込むのですわね。もしかしてそれも魔王にやらせるつもりかしら」

「いやいや、種はこちらでまくさ。勿論収穫は任せるけど、ね」

「りょうかーい」

「承知しましたわ」

「ありがとう。今日の要件はこれだけだよ。ヤコウ……じゃなかったオメギスもありがとう」

「はっ」

「僕等の前で位そのマントは外しても良いんだよ? 暑いだろう?」

「はっ」

「しかし名前をいくつも持つというのは、なんか複雑だね。今の自分が誰なのか間違えてしまいそうになる。名前を一つ捨てた君が羨ましいよ。ってこんなこと言われても困るか。さがって良いよオメギス」

「はっ」


 ビリオンの言葉に従いマントを外し、頭をさげ退室するオメギス。その頭には角のようなアンテナが取り付けられていた。


「MINDWEDGEがなかったら、どんな風に思うのかしらね? 自身のクローン……子供のようなものでしょう?」

「どうかな? 僕には解らないよ」

「ねえ、そういえばビリオンは魔王君になんて名乗ったの?」

「伝統通り、山田次郎さ」

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