予想外の展開
「は!?」
シュテンの報告に耳を疑う。
センサー異常かな? きっとそうに違いない。
「すまん。もう一回言ってくれ」
「ああ。ヨハンは、死んだ」
聞き間違いじゃなかった。
「あー、えっとだ。順を追って説明よろ」
「承知……ヤコウの仕込みを終えた後、私達はサイズタイドに向かった。ヤコウを忍び込ませ、手紙をデルスへと届けさせた」
「よくヤコウはそのデルスって人が分かったな」
「この体のおかげかな。頭に描いた絵をかなり精密に描くことができるようになった」
「さいで。ま、そこはいいや」
「デルスにサイズタイドの様子を聞く為、街の外で会うことに成功した後、何度かやり取りをしたのだが……」
おかしい。頭痛とかしない体のはずなのに頭が痛い。
シュテンの話をまとめるとこんな感じだ。
シュテンがヤコウと虎狩りの民の数名を引き連れサイズタイドへ向かい、ヤコウを忍び込ませることでデルスとの接触に成功した。
俺達と総当たりとなれば最終的にサイズタイドが敗北することを知り、またシュテンに恩を感じているデルスは、争いの回避に向けた協力とシュテンとの情報取引を快諾した。
まず知りたいのは山田次郎の言ってたサイズタイドのウチへの動きだ。
ヤコウを送り込んだのが本当にヨハンなのか? この後攻め込んでくる意思はあるのか?
とはいえ、デルスはもともとイーストサイズの騎士。
騎士試験に受かり騎士にはなれたものの、滅ぼされた弱小騎士というイメージと、都会が地方を見下す昔もあった謎文化のせいで立場は低かった。
取得できる情報は酒場や宿舎の食堂で得られる愚痴交じりの噂ばかり。いまいち有益な情報を得られなかった。
まともな情報を得られず焦りが生じてきたころ、黒マントの角の生えた少年が1月以上前に、ヨハンの屋敷から出て行ったのを見たという情報を得る。
これは山田次郎の言ったことは本当か? そう思い至ったところで、ヤコウの確認役と思われる武装集団が帰ってきた。
報告する為か、ヨハンの屋敷に彼らが入っていった後、屋敷では騒ぎが広がり、そして何があったのかが漏れ出て来た。
「ヨハン様が賊の手によって討たれた! 石と鉄の街の暗殺者ヤコウの仕業に違いない!!」
はい、ちょっと待った。
「ヤコウ?」
「ダウ?」
うん、多分無罪。どうやら好物らしい白菜の漬物のニンニク醤油掛けをポリポリ食べながら、熱い茶を飲んで不思議そうにこっちを見る目に悪意はない。
「なんでそうなったんだ?」
「それが、不甲斐ないがまったくわからない。ただ、デルスが調査した範囲では何者かに暗殺されたのは間違いないようだ」
「あー、いろいろ考えたいが、まずは事実の確認だ。それでサイズタイドの動きは?」
「鉄と石の街を討つべし、と」
「短絡的すぎんだろうがよ」
「私もそう思う。暗殺者が何者か、どう調査をしたのか、向こうのやり方には疑問しか感じん」
「誰か冷静な奴はおらんのか?」
「難しかろうな。フットハンドル崩壊まで、前例のなかった“聖人を手にかける”という行為に対する処置と、聖教国は初めて向き合った。皆があがめる聖人なれば、必ずや仇を討ち、敵を滅すべし。それが今の聖教国の国政も民意もその点は合致している」
「だから攻めてくるってかよ。結局山田の言った通り、全面戦争になるってことか……」
これ、もしかしてハメられてね? 考えすぎ?
「しかたない。相手の動きを見つつ、また外出自粛か。気が進まんが、騎士団が来たところ迎撃して、この件は終わりだとして……厄介なのはその後の聖教国本体か」
一気に来て総力戦ならチュドーンすれば終わるけど、分散されたらどれだけの期間にわたって攻撃が続くのかわからん。今度の自粛はいつまで続くかね。スズカが悲しむ前になんとかせんと。
「それについてだが、あの者に従うようでどうかとは思うのだが、トキ殿はサイズタイドを治める気はないのか?」
「あるわけねえだろ」
断言。
いや、ありえねえだろ。俺はここで毎日グダりながら気楽に生きたいのだよ。
第一優先ノーストレス&フリーダム。第二優先スズカとペット。第三優先がまあ居候かな、くらいだ。
他の場所の知らない奴らの為に割くリソースなんぞない。そんな時間あったらソファーかベッドでゴロゴロするわ。
「であれば、トキ殿の敵対者ではない者が勝手に治める分には構わない、と捉えてよろしいか?」
「んあ? ああ、まあそれなら構わないが……どういうことよ?」
「まず、現状についてだが、例えば自身の住んでいる街が滅んだとして難民になって移民する、というのは根本的に難しいことであるようだ」
「まあ、城郭都市である以上、住める敷地が限られてるからな。制限なしで受け入れてれば飽和すんだろうけども」
「うむ。過去フットハンドルが滅んだ折、フットハンドル領はまだ衛星街を持たなかった新しい領地で、他の領地に比べても人は少なかったこともあり、他の街が難民を受け入れた」
ああ、そういうことね。
「察しの通り。フットハンドル領の難民ですら分散して受け入れた程度に、もう現存の領地は余裕がない。いや、集落があった時点でそもそもなかったのだな。難民として流れた中により良い人材がいるかもと、今の領民を追い出してでも受け入れられている者がいる、という言い方が正しいのか」
「つまりサイズタイドが滅んだ場合、その分の溢れ者が路頭に迷うと?」
「うむ。サイズタイド領はまだ2か所の衛星街を持ち、衛星街にも周辺集落が存在する大きな領地だ。当然住民も多い」
「だから今の住民たちがサイズタイドで生きていけるようにせんと、地獄絵図が地平の果てで展開されると」
「ああ。騎士を失う、街を守る防衛力を失うことは街が滅ぶということ。そして街が滅べば、今そこに住む人々は生きていけない、というのが常識だった」
「だった?」
「必要なのは騎士ではない。あくまで防衛力である、というのはこの街が教えてくれた」
「俺としては家のつもりなんだがね。ま、いいや。確かにウチに騎士なんぞいないわな」
「ああ。つまり騎士に代わる防衛力を支援できれば、あの町は騎士を失ったあとも維持できる、ということではないかな」
「そらまあそうだろうな。いなくなった分の人手なんぞ、それこそ周辺集落に余ってんだろうし」
「そうなのだ。そして私は虎皮の民より新たな武装を学んだ」
「?」
「くろすぼう、れんど、ばりすた、だったか? 他にも諸々と。あれらはトキ殿が与えたと聞いたが」
動画で流れてたものをアイツらが勝手に学んで作ったが正しい。ほんとそういう方向だけは知能が働くんだよな。
好きこそものの上手なれ。興味のあることと必要なことしか人は覚えないものです。
ちなみにクロスボウはまだ非力な虎皮の子供たちが使っている。非力な内から狩りの勘を磨けるとオーガが喜んでいた。
一度スズカと教育論を熱く語ってほしい。
俺はそれを横で鼻ほじしながら見てるとしよう。
「サイズタイドにあれらを支援できれば、領地の維持は可能だと思っている。壁はあるのだ。壊れるまで殴られるのを黙ってみていなければ地の野獣は街には入らん。空の野獣も撃ち落せよう。剣と槍を覚え、弓を引く力を身に着けるのは時間も食おうが、あれらであれば」
「言いたいことはわかったが、誰が治めるんだ? あと支援は誰が?」
「治めるのはデルスだ。騎士がこちらに遠征に出たところで、イーストサイズや周辺集落の住民達をまとめ上げ、街を乗っ取る算段だ。かなり不遇な扱いを受けていたからな。支援はオーガ殿が何人か出すと言ってくれた」
「ふーん。それができんならそもそもイーストサイズに住んでりゃよかったんじゃね? 街自体は無事だったわけだし」
「サイズタイドが黙っておらんかったであろうよ。領主亡き今だからこそできる荒業だ」
そういうもんかね。
まあなんにせよ、シュテンにとっては元々自分が仕えた街の人だ。気にしたくもなるのはわかる。何より俺の出番がないのがいい。
山田は気に入らんが、今のところあいつの言う通りになったことを考えれば、泳がせる方針は継続したい。
失敗しても、俺的には気に病む要素が皆無。いい妥協点じゃないだろうか?
「わかった。好きにしてくれ」
「感謝する」
「あ、そうなると騎士は撃退じゃなく全滅させないといけないのか? 準備中に戻られたら困るよな?」
「いつも通りでいい。そのときはそのときだ。トキ殿に負担はかけん」
「そりゃよかった」
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