山田次郎の提案
「やあ、改めてはじめまして。吉備津さん、でよかったよね?」
「ええ、ハジメマシテ、山田さん」
「ハハ、顔が怖いよ?」
そりゃ笑顔になれるわけねえだろ。
テーブルを挟んで対面に座ると、スズカがお茶を運んできてくれた。
「どうぞ」
「ああ、ありがとう」
「へぇ……」
スズカを見て目を細める山田さん。俺の女になんじゃろかいな。
「ああ、何でもないよ。少し知り合いに似ていたものでね」
「そうですか。そういえば昔尋ねてきた女性アンドロイドがスズカにとても似ていましたね。たしかサンライズとかいう国を名乗るところにはアンドロイドが7体いるとか?」
「もう6体に減ったけどね」
「1体はどうなされたので?」
「不幸な事件で魂を還したよ。詳細は知らないけどね」
「おや、それはお気の毒に」
「さて、どうだかね。生が必ずしも幸福な世界ならば確かにお気の毒だけど」
「そうではないと?」
「そうあるように努力することもまた生さ」
……ふん。流されたか。まあ、こっちもさっさと本題に入りたいところではあるからいいんだけど。
「それじゃ、早速話して貰いましょうか」
「せっかちだね。まあ約束は守るよ」
「そうして下さい」
「だからそう怖い顔をしないで欲しいな」
「人づきあいが苦手なもんで。で、あの少年は何者で?」
山田の肩を竦める仕草がなんか腹立つ。
「ここから西に行った先、サイズタイド領と名乗る街がある」
どっかで聞いたことあるような……
「聞いたことあるようなって顔だけど?」
馬鹿にするわけではなく心底不思議そうな顔された。まあ、普通に考えればバイオメモリの異常だもんな。
「不要と判断した記憶は消してるんですよ。自身を守るためにね」
「へえ……それは羨ましい」
「そんなことより、話を続けて下さい」
「そうだね。そのサイズタイド領を現在治めているヨハン。彼がヤコウを送り込んだ本人だ」
「ヤコウ? あの少年の名前ですか?」
「そうだよ」
「……よくご存じなんですね」
「生憎僕の素性について応える気はないよ?」
「ふん……」
「送り込んだ理由は簡単だ。ノースサイズとイーストサイズ。衛星街を滅ぼされたんだからそりゃ恨むよね」
ノースサイズとかあったね……イーストサイズ? 心当たりねえぞ。いや、そんなことより。
「それで送り込まれた暗殺者が、どうしてあの少年なわけで?」
「なぜあの無能をって顔だね? まあ、彼を運用するためにはコツがいるからね。ヤコウというよりヨハンの問題かな」
「……どういうことですか?」
いちいち表情読むんじゃねえよ。
「ヤコウは言ってみれば野獣と一緒だ。驚異的な敏捷性と回復能力をもつ」
それは知ってる。
「代わりに教育というものを受けていないからね。頭が悪い」
それも知ってる
「だから、彼にもし誰かを殺させたいなら”誰々を殺したい”と欲求を書き込まなければうまくいかないんだよ。欲求のままに動くから」
「ん? そう書き込まれて送り込まれたんじゃないので?」
「彼に書き込まれたのは“鉄と石の街に忍び込み、主を暗殺したい”だよ」
「??? ……ああ、そういうこと」
目的ではなく手段が書き込まれたわけだ。暗殺は殺すための手段に過ぎない。
俺を殺したいなら暗殺は1つの選択肢。できないなら他の手段を探すだろう。人質をとるとか。
小僧がなぜ愚直に壁に取り付こうとしたのかはこれで解った。小僧は“忍び込みたい”という欲求にのみ従って動いていたわけだ。
だったら人目は避けるわな。
撃ち落とされる度にスゴスゴと帰っていったのも、もうバレてると思ったからってことか。
「しかし、その欠陥プログラム書き込んだ奴もよく気づきませんでしたね?」
「何も考えず、ヨハンの要求通りに書き込んだんだろうね。はい、これがその欠陥プログラム」
渡されたのは文字と記号のびっしり書かれた1枚の紙。あえてデータで渡さないのは解読してから自身でどうぞってことか。
「それはどうも。しかし何です、その無気力会社員がやりがちな解釈不足は? 或いは、わざと?」
「どうかな。僕を遣いに出したのは、そのプログラムを書き込んだ人だとだけ言っておくよ」
「ようやく貴方の素性が垣間見えた。で、その誰かさんは何のためにアナタを送り付け、この情報を?」
「さてね。僕はこの情報を渡すようにしか言われていないんだ」
「じゃあ、わざとですね」
「どうかな。でも、聖教国が一枚岩じゃないことは確かだよ」
こいつのいうことを信じれば、書き込んだ誰かさんはあえて欠陥プログラムを書き込み、暗殺を失敗させた。
そしてこいつを送り込んだということは、ヨハンとかいう奴の敵対者か……信じていいもんかねぇ。
「じゃあ、アナタを送り込んだ誰かさんは他に何か言っていましたか?」
「“今後ともよろしく”ってさ」
何をよ?
「サイズタイド領はもう長くないからね」
「その後は話さなくて結構です」
嫌な予感した。嫌な予感しかしない。
「やだな。そんなに警戒しないでよ」
「無理言わないで下さい」
なんとなくわかる。これを言うためにこいつは来た。俺たちと繋がる中継点として小僧を使い捨てて。
「サイズタイド領は、この後ここに全面戦争を仕掛けてくる」
……聞いちゃった。
「あなたは預言者か何かで?」
「いや、ただの情報通さ」
「まあ、俺を殺したがってて、暗殺失敗したなら、次はそうなるかもしれないけど」
「互いに大きな犠牲が出るだろうね」
「あいにく、騎士ごとき何人集めたところで、ウチの壁は破れませんが?」
「ここはね。よくここの住民たちは西に出かけるようだね?」
「彼ら強いですよ?」
「数は力だよ?」
さすがに防壁の外、見渡す限りの平野で相手が1000人とかじゃアイツらでも負けるだろうな。
「それにサイズタイドが滅びれば、さらに後ろから大軍が送り込まれる、かもしれない」
「それも誰かさんからの情報で?」
「いや、これはただの分析さ。サイズタイド領は東方遠征において重要な中継拠点でもある。失えば全力で復興するし、その後攻めてくるさ。領を滅ぼす元凶など感情に関わらず、憂いを断ちたいのが人ってものだ」
嘘は言ってない。
「で、ここからが提案だ」
「提案、ね」
「そ、提案。もし、君がサイズタイドを奪い、サイズタイドで防衛線を張れば、ここの住民の被害は考えなくてすむ」
「ふん……代わりにサイズタイドに犠牲は出ますがね」
「それは、君の知ったことかい?」
「そりゃそうですが」
「それに自領を取り戻すとなればできれば無傷で取り返したい。全力挙げての総力戦、なんていうのは避けられるかもね」
これが推測か予定かと勘繰るのは考えすぎかねぇ。
「さて、そろそろ帰るよ」
言いたいことは終わったらしく山田次郎が腰を浮かせる。
「あ、言い忘れていた。追跡とかやめてくれよ? 僕は君たちと良好な関係でありたいんだ」
胸元の銃をわざとらしく手でパンパンと叩く。
「いいでしょう」
こっちもサーモグラフ装備のアンドロイド相手にバレずに尾行できる奴なんぞいない。警戒された時点で諦めるさ。
「それともう一つ。これは僕を使いに出した人の言葉だけど」
「言い忘れが多いですね」
「ヤコウはこのまま受け取ってもらいたい。プレゼントだそうだよ」
「!?」
「それじゃ」
いや、要らねーけど?
……
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