ヒキニートの苦悩

 外出自粛となると、諸々とやはり不足が出るらしい。

 食料に困るわけではないが、偏りは出るというか。

 基本的に狩りの獲物となる相手が猪しかいないから。


 猪の料理法はカツ丼が人気だったが、卵がなければ作れない。尚、卵は野鳥の卵をつかっていたらしい。

 フットハンドルにも鶏がいたはずだが虎皮の連中に養殖の概念はない。

 今では集落の者達もいるが、フットハンドルの鶏は虎皮の腹に収まった後。残念。


 今日は外に取りに行けない物資をスズカが支給したが、凄く申し訳なさそうに受け取るので逆に気の毒だとか。繊細なことだ。


「どーすっかねぇ」


 なんで俺が悩まなきゃならんのか? どうでもいいって言ったのに。

 改めて自分に問えば、答えはすぐに出た。自分がどうしたいのかわかっていないからだ。

 少し気持ちの整理が必要かな。自分と向き合うなんぞ思春期以来だ。

 抑えられない衝動、勃ち上がるマイサンを持て余し……じゃなくて。


 例えばあの小僧。本当に邪魔で消そうと思うなら、特に苦労はいらない。

 防衛装置で焼きミンチになるまで撃てばいい。流石に復活はしないだろう。


 それをやらないのは、そもそもあの小僧に俺が脅威を感じていないからだ。

 ただ素早いだけのおこちゃまが年中無休全方位防衛拠点に何ができるというのか?

 人の……人なのか微妙だが命を奪うことに忌避もある。敵なら容赦しないが、洗脳されてる相手を敵と見なせなくなってきた感がある。


 じゃあアイツを洗脳した奴をぶちのめすか? ドランでいってチュドーンすれば瞬で終わる。

 実際、フットハンドルにかましてやったことがある。結果あの時街の連中は住む場所を失った。

 うん、実はちょっとだけ罪悪感あったんだ。だからもうやりたくない。


 向ってくる奴はフルボッコだ。だけどきっと彼処には、何も知らずに懸命に生きた住人だっていただろう。

 やったときはスッキリしたんだけどな……そう思うようになったのは、オーガ達が来てからか。住むところって大事。

 加えて洗脳した奴をボコったところで、小僧の洗脳が解けるわけでもないって事情もある。


 そもそもなんで小僧の命を奪おうとしたか? 防壁とついでにお庭の居候のためだ。

 でもあの小僧に防壁はなんとも出来ないことは、もう解りきった。なら、居候共がなんの不自由もなく生きていけるならいいんじゃね? って話になる。

 だから小僧を粉みじんにしようとしたスィンを昨夜思わず止めてしまった……はぁ。


 それで、結果今日は外出自粛になった。

 不自由が生じた。

 居候共の生活は卵に留まらず制限を受けている。そんな彼らをみてスズカは悲しんだ。


 不自由があるなら自分達で解決してくれればいい。

 だから昨日アイツらに丸投げした。

 でも、その影響はあいつ等だけに留まらなかった。スズカに悲しい顔をさせた。


 俺はしくじったのだろうか? 丸投げした理由はそれだけか?


 そもそも俺の考え方の原点は「働きたくないでござる」。これだ。

 会社様のおかげで、俺は一度人生を終えたからな。その後もアンドロイドとして、ただ人の言うことを聞き続けた。


 納得できる見返りがあるから働ける。

 じゃあ見返りとは何だ? 報酬か? 何不自由なく生きられるここで、俺が求める見返りとは?

 ここに俺に見返りをくれる人はいない。子供の為に何かすると、夜スズカが激しくなる位だ。それはそれで嬉しいけども。


 ずっと動かずにいるのは退屈だ。だからたまには自分の趣味に時間はかけるし、面倒くさい彫刻だってする。でも、ただただ他人のために動くってのは嫌。

 もう2000年以上前になる前世の社畜人生は、大分俺の人格をねじ曲げてくれたらしい……生まれつきかもしれないが。


 あと、他人を指揮したり指導したりってのも嫌いだ。

 嫌々やってるっつーに、責任を求められる不条理さ。

 そうやって心に色んなもん溜め込んで、動かなくていいのに動いて、俺は人間の人生を終えた。


 責任を求める方の気持ちもわかる。

 他人に言われた様に動くことに安心を感じる人はいても、喜びを感じる人はいないだろう。真性のドMならわからんが。


 俺も新社会人時代、上司や先輩から説教喰らうたんびに「お前ら何様?」って思ってた。

 で、社会人として生きて、その中で生きていくしかない現実叩き付けられて、会社の成長が自分の報酬に繋がるって自分を自分で洗脳していった。

 立場が変わった頃には、後輩から噛みつかれる度に「なんで逆らうんだ?」と考えるようになった。過去の自分を思い出せって話だ。


 だから丸投げした。ただ自分が責任持ちたくないから。

 だったら人間時代の上司と一緒だな……ウエッ、考えたくねえな。これだから組織って嫌いなんだ。


 気を取り直して、今俺はなぜ迷っている? あいつ等じゃ無理だと解ったからだ。そしてあいつ等が解決できない限り、スズカが悲しむからだ。

 つか、2人でカバーするには防壁の規模がデカすぎなんだよね。


 仮にあの2人が捕まえられたとしよう。捕まえられるとは思わんが。

 捕まえたとしたらその後どうするか? 俺のところに連れてくるんだろう。結局仕事するんだな。


 なぜ俺が対処しなきゃいけないのか? 嫌だったらこう言えばいい。「その場で殺せ」と。

 それはもっと嫌だな。もう理不尽な責任なんて持ちたくない。

 2人が捕えると言ったあの時、大声で待てと言えばあの2人は止まったはずだ。でも、俺はやらなかった。


 このまま外出自粛にしておくのはスズカが悲しむから嫌。小僧を殺せというのは自分が責任負いたくないから嫌。捕まえて連れてこられるのは働きたくないから嫌。

 

 俺はどれかを選ばなきゃならない。小僧を放置する、殺す、捕えて対処する。

 どの選択肢が一番マシかなんぞ解りきってる。


 ほんの少し前なら放置一択だ。

 ここには自分独りだけだった。ここで寝てればいい人生を2000年近く過ごした。あの頃は迷う必要なんてなかったな。そりゃそうだ。生きてりゃ良かったんだから。

 おかげ様で先延ばし人生に随分馴染んだらしい。


「人……か」


 周りに人がいる。それだけで良くも悪くも人は変わっていく。変えられてしまう。たったこの数年で。大したもんだよね。


 そうか。

 考えなきゃいけないのはあの小僧のことじゃない。俺がどうしたいか、か。自分の嫌な選択肢しかない状況で、それでも選ばなきゃいけないなら、どれを選びたいか。


「面倒事はさっさと片付けるか……スィン」

『はい、マスター』

「あの小僧に書き込まれた指令を書き換える。準備は出来るか?」

『方法を検索します………………可能です』

「最優先で準備してくれ」

『承知しました』

「それとMOUSEをオーガとシュテンに繋いでくれ」

『承知しました』


 働くのは嫌だ。

 でも何かしなきゃいけないなら一番俺にとってマシな選択肢を選ぼう。たとえ働くことになっても。


「オーガ、シュテン、聞こえるな? 俺が指揮を執る。今日こそ奴を捕えるぞ」

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