外出の自粛
「外出自粛ですと?」
「ああ」
理由は当然、あの黒マント少年だ。まさか俺も腹撃たれて生き返ると思わなかった。
スィンを珍しく混乱気味にしてくれた黒マント。やってくれる。
少年の目的は不明だが、俺のお庭に忍び込みたいのは間違いない。
俺から言わせれば全く忍べてないけれど。
4日失敗したとなればそろそろ手段を変えてくるだろう。
頭悪そうだから変えないかもしれないが、先手は打っておくべきだ。
可能性としては、開けっ放しの西門から思考停止でガハガハ笑いながら出入りしている虎皮達を強襲し、人質にとるとか。
別にそれでもいいっちゃいいんだが、人質が例えば虎狩りデビューのまだ年若い少年狩人だったりした場合、スズカの悲しげな視線を向けられるのは俺だ。
まあ、それにこいつらに愛着がないわけでは……なくなくもない?
彼らにもし何かあれば、街作りシミュレーションゲームで折角増えた住民がなんか解らんけど減ったとき位の悲しさはあると思う。
……あるか? 想像してみたけどわからん。
考えるのが面倒くさくなったので、外に出るのをいっそ控えて貰おうということにしたわけだ。
その辺りを説明すべく久々にお庭に出た。太陽が眩しい。とろけそうだ。帰りたい。
本当はスズカに任せようと思ったけど、こういうとき家の主と言うことを忘れられないためにも自分でやった方が良いといわれた。
確かに、と思って講堂まで来たが、早速後悔している。暑いし、ガラじゃない。適材適所ってあると思う。
来ちゃった以上は仕方ないから、講堂にシュテンとオーガも呼び、いつもの授業メンバー全員と一緒に状況を教えておく。
集落メンバーはシュテン、虎皮共はオーガが言えば言うこと聞くからね。この2人を抑えとけば楽なのは知ってる。
状況は言葉で伝えるのがメンド……言うより見せた方が早いので、昨日の映像を見せた。
「ゴクン……トキ様……この者は?」
「さあ、なんもわからん」
「角付き……この歯のせいで人のことは言えぬが、随分変わった特徴だ……ゴクッ。ふむ、旨い」
「いや、あれは天然物じゃないぞ」
まあ、ただ蘇るだけって程度のゴキブリ小僧にビビる連中じゃないが。
どっちかというと映像より、「あんまり堅苦しいの嫌いだから食いながら聞いてくれ」と差し入れしたナゲットとフライドポテトに夢中だ。
……失敗したかな? コークハイが美味いからよしとしよう。
腹をぶち抜かれた際、黒マント少年はフードがめくれ、その顔を顕にした。
黒髪を中途半端な長さに垂れ流した、まだあどけなさの残る男の子。その左右のコメカミに埋め込まれた黒いアンテナの様な器機。
真ん中に一本光る金の線がオシャレだ。真鍮かな?
アンテナは前斜め上を向き、まあ角に見えなくもない。
問題はその正体だ。これについてはアタリがついてる。
名前はMINDWEDGE(マインドウェッジ)。“精神の楔“の名の通り簡単に言えば洗脳機械だ。
脳に直接情報を書き込む為の受信機と言えば良いだろうか?
犯罪者に対する死刑廃止の声が強くなったご時世に対応すべく、開発された装置で、“脳に欲望を書き加える”という言い方が正しいだろうか。
殺人狂の凶悪犯の脳に“人を殺したくない”という欲望を書き加えれば、当然その凶悪犯は、以降殺人に手を染めることができなくなる。
ただこのアンテナ、脳に書き込むだけあって、頭蓋骨に穴開けて脳にぶっ刺すという、なかなかマッドでエキサイティングな手術が必要だ。
加えて刺すともう取れない。いや、取れるけど取ったら死ぬ。粋な江戸っ子もピアスは開けれてもコイツは無理だ。
思考が矯正されたのが解って良いのでは、と寧ろ取れなくてOK説も開発者の中ではあったらしいが、当然世間の声は「それ以前だ馬鹿野郎!」だった。
書き込める内容は変えることが出来るので、「○○を殺したい」と書き込めばそう動いてしまう。国際的にもヤバかった。
よく開発したな、んなもん。開発指示したの誰だよ?
「ふまり、ほいふは」
「飲み込んでから喋って」
「……ゴクン。つまりそいつは、誰かにここに忍び込んで何かをせよと命じられていると?」
「流石オーガ君。なかなか賢いじゃないか」
「ガハハ。お褒めにあずかり光栄でありますぞ!」
皮肉だよ。
でも、問題はそこなんだよねぇ。
あの小僧が何者かは知らないが、ただすばしっこいだけの小僧なら、さしたる驚異ではない。
身体の回復力が異常なだけなら、首斬るなり、心臓に杭刺すなり、灰になるまで焼くなりと対処法はいくらでもある。
小僧が洗脳されているなら本当の敵は予想が付く。
ちょっと前に侵攻部隊とかいう謎集団を差し向けられているわけで。
つまり小僧は操られているだけだ。
そんなおこちゃまの首チョンパとか寝覚めが悪すぎる。
あ、俺以外の誰かにやらせりゃ良いんじゃね? ……名案。
となれば、外出自粛とか言ってる場合じゃないな。
「オーガ君」
「承知しましたぞ、トキ様。お任せを。儂とシュテン殿で捕えて参りましょう」
「ああ、頼……え?」
「なるほど、この為の直々のご指名か。フン、この程度雑作もない」
「では行って参りますぞ! 皆聞いたな! 我らがこの黒衣の童を捕えるまで壁の外に出てはならん! なぁに! そんなにかかるまいがな!」
「ベア、カネ。皆に伝えてくれ。私はこのまま出発する」
「いや、そうじゃ……おーい」
聞いてねえ。
つか、なんでこいつらは俺のお庭に知らん奴入れようとするんだ?
とっとと背を向け車両合体するシュテンと、その背に乗り込むオーガ。
シュイーンと独特の音を発しながら、門へと走る後ろ姿を見送ってしまった。
「仲良いわね、あの2人」
クスクスと笑うスズカの声が、妙に心を抉るのは何故だろう?
「トキ様大丈夫だよ。父上は最高の狩人なんだ。こんな奴すぐに見つけ出して引き摺って来るんだから」
心配しているように見えたのか、エイガ君が慰めてくれる。ごめん、その純真な目で今僕を見ないで。
◇◆◇◆◇
その夜、黒マント小僧は壁の北側に現われた。悲しいかな頭悪かったらしい。撃ち落とされて帰って行った。
シュテンとオーガは南にいた。
『随分時間が経ったな。本当にここに来るのか?』
『儂の狩人のとしての勘がここだというておる。大船に乗ったつもりでおるが良い、シュテン殿。ガハハハハ』
『うむ、信頼しよう』
いや、疑えや。
『しかし、随分遅いな』
『もしや儂らに気付いて逃げおったか』
『あれだけの使い手……ふむ、相手の力量を測る目を持っていてもおかしくないな』
『ふーむ、仕方ない。今日は戻るとするかのう』
……なんか、全部どうでもいいや。
うん、この2人に任せて今日は寝よ。
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