黒マントの少年
4192年。
192って並びを見ると思い出す。鎌倉幕府って昔1192年だったんだよって。
1+1=2が何千年経とうとも2であることは疑いようがないけれど、歴史は研究が進めば変わる可能性がある。
でも歴史は過去の過ちを繰り返さない為にも重要で、多少間違っていたとしても学ばなくていい科目ではないという。ちなみに俺は嫌いだった。
そして未来の為を考えるなら、今の記録を残し続けるべきだ。研究する必要のない程に明確な何かを。
3日で動画日記に飽きた俺の言うこっちゃないが。
こんなことを考えているのはスズカが講堂での教育に悩んでいたからだ。
文字、計算をメインに料理、裁縫と家庭科チックなものから、理科にも手を出している。
これに関しては俺からの要望もあったんだけど。特に生物。
彼らはシートモニターを見てスズカがいないときも諸々学んではいるのだが。
興味の有無というか、こっちが覚えて欲しい優先順位と向こうの欲しい知識の優先順位が違う。
美味いは正義だ。酒とか調味料の作り方や、料理方法とかは凄い興味をもって覚えるんだけどねぇ。
ヘチマを使ってタワシを作ったり、米ぬかで石けん作ったり、他にはシャンプー、コンディショナー、歯磨き粉。そういうのもいい加減自作して頂きたい。
理科にかこつけて、この辺りをしっかり実験を通して教えて頂きたい。
とはいえ時間は無限じゃない。何でもかんでもやろうとするなら仕事の効率化も必要だろう。わかってる。
今まで手編みでパンツを編んでた彼らに、織機と足踏みミシンを提供したりとかの援助はしたよ。俺って親切ぅ♪(自画自賛)。
2年前、集落の住民も混じったことで文明レベルは更に向上中。現状はそれなりに満足だ。
でも満足したのは俺だけで、スズカは更に教育レベルを上げたいらしい。熱心なことだね。
じゃあ更に何をを教えるべきか……うんやっぱり社会かな? って考えていたようだが、前史って一言で言うとまともな歴史じゃないわけで。
「テロで人類消えました」
これを教えんのかと。
あと、歴史を解するには当時の文明を理解する必要があるが、虎皮と前人間社会は文明が違いすぎてね……教科書通り教えても。
社会と言えば他には?
地理。2000年も経つと諸々変わっております。
政治。まず政府を建てんとねぇ。
経済。金銭文化がそもそもねえよ、ここ。
倫理。お外でヤッちゃう奴らに何を言えと?
他科目はどうだろう?
英語。どこで使うのよ?
体育。狩人相手に必要性を全く感じません。
というわけで、スズカが頭を抱えてしまったわけだ。
ならばその後の歴史を教えようではないか。即ち俺の歴史だ。
「2000年ほぼほぼ家で寝てました」
どう? だめ? やっぱり。知ってた。
「教科書通り教えることもないだろ」
「っていうと?」
「要は何が起きて、それが社会にどういう影響をもたらしたかを教えればいいわけで。当時の文化背景、起きた出来事ね……歴史ベースの物語でもいいんじゃない? 坂本龍馬とか織田信長とか」
「なるほど……そうね。うん、いいわね。」
悩みが解消したようで何より……本、また俺が刷るのか。
「本で思い出したけど、倉庫の本、そういえばどうしたの? スキャンするって言ってたけど」
「本……ああ、防腐処理も湿気対策も風化対策もバッチリさ。ああ、問題ない」
「面倒くさくなっただけでしょ? 気持ちはわかるけど……」
なんで今時に紙の本とかあるんだろう? 倉庫で最初見たとき普通に呆れた。
何となし最初に手に取った本がいけなかった。
表紙が写真で、どこかの壁に書いた落書き。相合い傘に“ひーちゃん”と“みーたん”ときたもんだ。
落書き相合い傘の文化ってまだあったのな。
中身は日記。とある夫婦の赤裸々な馴れ初めから始まる、どうでもよすぎる腐れ文書を見て、あ、ここにはろくなもんないんだなって思った。
一応保護はしたけども。
後からスズカが入ったとき、貴重な古文書なんかを見つけたらしくスキャンする運びになったんだけど、まだやってない。
「未来の為に、記録は残し続けるべきでしょ?」
「捨てて良い黒歴史ってあると思うよ」
◇◆◇◆◇
『マスター』
「うん?」
『数日前から侵入者を迎撃しているのですが、問題が発生しました』
「問題?」
部屋に戻って身体をソファに沈めると、スィンからのお声がけ。
たまにはゆっくりさせてくれ……いや、いつもゆっくりしてるけども。
『こちらの映像の確認をお願いします』
声と同時に流された画面に流れる映像。映るのはフード付きの黒いマントで全身を隠した
「子供……」
またかよ!? なんでここにはガキが寄ってくるんだ?
夜の闇に紛れた黒マント少年か少女が、驚きのジャンプ力で庭の防壁に取り付こうとし、容赦なく防衛装置の熱線で撃ち落とされる映像。
スィンには出来るだけ人型生物は殺さず撃退を命じている。スィンも命令に忠実に右肩を狙って撃っている。完璧。
相手が子供とて、敵なら容赦する必要はない。
「方角は南か」
門が開いてる方じゃなくて良かった。
「で、これに何の問題が?」
黒マント少年は右肩を左手で押さえながらスゴスゴと帰って行った。背中に哀愁を感じる。
『次の日の映像です』
「ん? 今度は南東か……」
スィンが質問には答えず別の映像を流す。
同じように黒マント少年は夜の闇に紛れ、壁に取り付こうとして今度は右足を撃たれ、足を引き摺りながら帰って行った。
討たれた割に元気なことだ。
『次の日の映像です』
「スィン?」
また映像が流れる。
学んだのか木製の投げ槍を用意し、防衛装置を狙うも槍を熱線で迎撃され、左足を撃たれた。更に右肩も撃たれ散々な……
「スィン、これ最初の映像の二日後だよな?」
『はい、マスター』
「そして、右足を撃たれた翌日。つまり右肩と両脚に穴空いてる筈だな。なのに右腕で槍をなげ、左足引き摺って右足で歩いて引き返した……スィン、別人の可能性は?」
『照合の結果98.2%の確率で同一個体と判断しました』
「つまり何か? こいつは受けた傷が次の日には治ってるってことか?」
『その可能性が高いと判断します』
どこのクズリだ、それ?
『マスター、防衛優先の観点より対象の殺害を提案します』
「殺せるのか?」
『身体の重要器官を破壊すれば、生物である以上殺害は可能です』
「そうか……仕方ない。任せる」
『承知しました』
翌日、土手っ腹を撃ち抜かれた黒マントの少年が、数分後にムクッと起きて引き返す映像を見せられる事になった。
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