4章 ~迷惑な贈り物~

ASR1000年 とある学園の歴史講義④

「起立、礼、着席。

 おはよう諸君。


 本日は先の講義でも話したとおり、サイズタイド戦争についてより論じていく。

 きちんと予習はしてきたであろうな?


 ……よろしい。

 では講義を始めよう。


 まず、サイズタイド戦争とは何だったのか? 

 言葉にしてしまえば簡単だ。

 “サイズタイド領が魔王軍に襲撃され、奪われた戦”だ。 


 これを聞いて君達はどう思ったかな? サイクス」


「はい。忌まわしき魔王軍の悪行の極み、かと」


「うむ。正解だ。

 ただし、それはあくまで倫理的思想面から見れば、であるが。


 しかしこれは歴史の講義であるからして、当然、君達はその認識で終わりにしてはならない。

 この戦争が我々サンライズ聖教国、或いはヤマト大陸にどのような影響をもたらしたのか? 社会的影響を考えねばならないわけだ。


 何度も言うが歴史とはただ覚えるだけのものではない。 

 今にどう繋がるのか。今後どう活かすのか。これを学ぶ場でもあると、今一度認識して貰いたい。


 “サイズ盗り、192良い国妨ぐ魔王国”。

 ASR192年に起きたこの戦争における社会的影響……それは大きく分けて3つある。


 まず1つ。嘆くべき事であるが、七聖人の一人、聖人ヨハン様が魂を還されたことだ。

 勿論ヨハン様の死自体を、まずは悼むべきではあるが……我々は涙を飲み、この歴史より学ばねばならない。


 さて、貴き七聖人は言わずもがな7人である。当たり前のことではあるが。


 “人類の平和と豊饒”を目指し、ビリオン様を中心にこのヤマト大陸を平定すべく、聖都建造の後、新たな領地を開拓せんと、その内6人が各地へと向われたわけだ。

 聖人の方々は知っての通り、常人には真似できない聖なる力が備わっているが、我らが尊ぶべきは力そのものだけではない。


 その聖なる力と類い希なる知恵、知識をもって、人類を導かれたことである。


 シーヴン」


「あう、はい」


「このときリンディア様を既に失い6人となった七聖人。その一人がまた魂を天に還した。つまりどういうことかな?」


「聖人が5人になるから……平定できる人が減って、えと、開拓ができなくなった?」


「うむ。まあ、言いたいことはわかる。

 聖人の方々にこの言い方は不敬かも知れないが、要は人手不足となったわけだ。当時聖人の方々は領地運営を確立後、侯爵にその場を任せ、また新たな地に向う、そう考えられていたという。

 聖人を失うと言うことは、領地を立ち上げる人手が減ったと言うことだ。つまり人類の進歩がこの戦争により遅れた、ということになる。

 君達はこういう考え方もしていかなければならないのだよ……解ったな?


 では2つ目。それはこの戦争は領地を奪われた、という事よりもある意味で大きい。

 このヤマト大陸を東と西の二つに分けたということだ。

 サイズタイドの領は東ヤマトの開拓の重要拠点であった。ここを奪われれば当然東への遠征は難しくなる。


 そして3つ目。サンライズ聖教国はこの戦争により、国政方針を変えねばならなくなったと言うことだ。

 これは1つ目、2つ目と重なる部分があるが、この戦争よりサンライズ聖教国は“富国強兵”への道を歩むことになる。


 国が富み、兵が強くなる。本来国家として目指すべき当然のことだ、と考えた者は予習が足りない。

 何事にも優先順位というものがある。この富国強兵は国家方針の優先順位を変えた、という事なのだ。


 先ほど論じたとおり聖人の方々は自らの指揮の下、領地を開拓した後、後を任せて次の地の開拓へと向うと考えられていた。つまり、まず領地の確保を第一優先としていたわけだ。


 知っての通り住処にしろ、食料にしろ必要なものはまず土地だ。

 安心して眠れる場所、働ける場所があるから人は暮らしていけるわけだ。


 その為に街を壁で囲い、騎士を募るわけだが、その防衛力は魔王国さえなければ、世に蔓延る野獣にさえ対応出来ればよかったわけだ。

 だが、野獣を越える力を持つ者が敵として現われた。意味はわかるな?


 そう、当時各領が持っていたつ武力強化。そして限られた領地での食料生産効率化への方針転換。

 それが“富国強兵”である。

 これは勘違いしている者が多い故、ここでしっかりと頭に入れておくことだ。


 ところで、この富国強兵を進めた理由についてもう一つ覚えておくべき事がある。

 サイズタイド領が奪われたことはもう解っていると思うが、問題はその奪われ方だ。


 ミレニア」


「はい。潜影凶手ヤコウの手によるヨハン様の暗殺ですね?」


「その通り。

 野獣とて夜行性のものがいる以上、街の護りは当然、当時も日夜行われていたはずだ。

 しかし、その目をかいくぐってヤコウはヨハン様をその手にかけたと言われている。

 となれば、他の領地も暗殺を警戒せざるを得なくなるな。


 強兵というのは兵の質や武装の強化だけを言うわけではない。

 監視の目を増やす、つまり兵の数を増やすことを意味するわけだ。同じ場所で働く兵の数が増えれば、同じ場所で住処や生産できる食料が増えねばならん。故に富国強兵なわけだな。

 まことに皮肉なことであるが、この戦争は室内栽培等の農業技術や、高層建築技術の進化を促すきっかけにもなったと言われている。


 ヨハン様が農民に崇められているのを、或いは建築者達が家を建てるときにヨハン様の像を置いているのを見たことは?

 あれらにはこう言った経緯があった。まあ、あくまで一説ではあるが……」


 -コンコン-


「ん? 学園長……どうされました?」

 

「講義中すいませんね。パレス公爵が至急のご用件と。ミレニアさんをよろしいかしら」


「そういうことであれば仕方ありませんな」


「ありがとうございます。ミレニアさん、応接室までいいかしら?」


「あ、ハイ。すぐに」

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