シュテン

 “失敗作”と呼ばれた人々の生き様は様々だ。

 虎狩りの民のように街から離れた者達がいれば、街の中で人々と交わり生きていく者も。

 外見で判り難い特徴であれば、尚更街で生きる者は多い。 

 通常の人類とはどこか違う彼らの特徴も、街で生き、人と交われば次第に薄まっていく。

 “先祖返り”を例外として。


 先祖返りにより長い牙のような犬歯と、人並み外れた生命力と筋力を持つシュテン。

 彼はイーストサイズの周辺集落で生まれた。

 人の飽和した街から追い出されるように、あぶれた者達の生きる場所。

 当然暮らしは貧しく、飢え、それ故にシュテンは強い向上心を持っていた。


「上にいって、必ず良い暮らしをしてみせる」


 幸いにも身体能力では他の者に比べてずば抜けていたシュテンは、イーストサイズの街で騎士試験に合格。すぐにその頭角を現した。

 同じく武で成り上がった当時の近衛騎士隊長に目をかけられ、鍛えられ、技術も得て、誰もが認めるイーストサイズ最高の騎士となった。

 そんな彼に羨望の目を向ける者は多く、イーストサイズの領主ウィンド伯爵がシュテンに次期近衛騎士隊長を命じたのは必然と言えた。


 騎士隊長ともなればそれなりの報酬も出る。

 街へ移り住むことを夢見ながら、育ててくれた集落への恩を忘れず、集落の貧しい他の家々に援助をするシュテンに、集落の者達は感謝した。


 シュテンに感化され、畑を耕し、それなりの生活を送れるようになった集落。

 街から流れてきた美しい女性ソーンはそんなシュテンの人柄に惹かれ、またシュテンもソーンを愛し、二人は幸せな家庭を築く。

 

「いつか家族と街へ」

 

 そう意気込むシュテンを集落の者達は寂しく思いながらも応援していた。シュテンの幸せは、約束されたもののはずだった。


 資金も充分貯まり、集落の者達も飢えて死ぬ者はいなくなった。

 あとは自身の夢を叶えるだけ……そんな時だった。聖都から鉄と石の街への侵攻部隊がイーストサイズの街にやって来たのは。




◇◆◇◆◇


 侵攻部隊。

 野望高き男、隊長ガイライの手によって、武のみを重視され集められた者達。


 性情、貧困、事情は様々。

 その手を罪に汚した者達に免罪という名の餌をぶら下げ、取り込んだ騎士とは名ばかりの兵達。

 死んでも悲しむ者なき彼らを利用し、領地一つを滅ぼしたとされる大敵を討つ。

 それがガイライの野望。全ては自らの手柄のために。


 ガイライの目的はあくまで手柄。

 そのような者達と共に進み、我が身を危険にさらす必要などない。

 イーストサイズには有能な次期近衛騎士隊長候補がいるという。そいつに率いさせよう。


 魔術など眉唾もいいところだが。防御は固いのは間違いないようだ。


 最悪勝てなくてもいい。


 鉄と石と呼ばれるご自慢の壁をぶち抜き蹂躙してやれば、それは勝機。

 すぐにサイズタイドで新たな兵を補充し、進軍すれば勝利は間違いない。

 勝敗の決め手は、結局は数なのだ。


 上に行きたくば必要なのは聖都の評価。治める者が聖人であれ、地方の領主などガイライの知ったことではなかった。

 結果さえ出せばいい。サイズタイドをまとめ上げ、大軍を率い、勝利したガイライ。いい響きだ。むしろ侵攻部隊など全滅してくれていいかもしれない。


 意気込むガイライに、ある日部下から報せが入った。イーストサイズの近衛騎士隊長より暴行を受けたというのだ。


「そもそも何故集落などへ行ったのだ」

「それは……」


 すぐに虚偽の報告であることはわかったが、部下の責任は隊長の責任でもある。

 ガイライはここで躓くわけにはいかなかった。

 彼らは鉄と石の防壁を破壊させねばならない。

 部下の不始末をもみ消す為、すぐに領主ウィンドに連絡をとった。


「もし、我が隊が責任を問われ、行動に制限でも受ければ、その分敵に勝機を与えてしまう。大事と小事、優先すべきは何かはお解りであろう?」

「ぬ……しかし……その様な嘘などすぐに皆に知れよう」

「嘘ではない。真実にしてしまえばよいだけだ。証拠を消してな」


 ウィンドの愛国心の強さは知っていた。大義という名の下にウィンドを説得し、シュテンに罪をなすりつけた。

 既にシュテンはガイライにとって使い捨ての駒だった。その様な者の為に我が道を阻まれてなるものか。


 ガイライにとっては、それはやって当たり前の政治の一環に過ぎなかった。

 路傍の石ころに躓いた者が、その石を蹴り避ける程度の感覚で、ガイライは集落を滅ぼす事を決めた。

 どうせ街から溢れた、いてもいなくても困らない、むしろいれば消費するだけ邪魔な存在。

 ガイライが集落の者達をそう見下していたこともあるだろう。


(もったいない駒だったが、まあいい。代わりはいくらでもある)




◇◆◇◆◇


「無傷、だと!?」


 武器持つ野獣の如き500人の武力だ。聖都の壁とてただではおれまい。

 そう考えていたガイライにもたらされた、期待とは全く逆の報告。

 イーストサイズの何人かの騎士のみが生きて帰されたものの、聖都で編成された騎士達は全員が死亡。

 全滅といって差し支えない最悪の結果。


 しかも相手は自慢の強固な壁の門を開けたままに、迎え撃ったという。

 妖刀をもって装甲馬車の如く敵を蹂躙するシュテンを先頭に、魔獣を操り戦う虎皮をまとう者たち。

 

「馬鹿な。そんな……なんなのだそれは!?」


 動揺から立ち直ったガイライが最初に考えたのは、この失態をどう揉み消すかだ。

 報告は大きく誇張されている。失敗した兵たちが自身の罪を軽くする為に。

 ガイライはそう考えたが、利用することにした。


「騎士団を貸せですと!?」

「ああ、このまま鉄と石の街がつけ上がれば我ら国家の威信に関わる。何より大敵を討つことは聖都より与えられし使命ぞ!! 大体、敵にはシュテンもいたという」

「それはッ……!!」

「このままではこのイーストサイズが敵に与したといわれても仕方あるまい。それでよいのか!? イーストサイズの手での街を討たずして、この街に明日はないぞ!」


(イーストサイズの騎士の全てをかき集め、再度鉄と石の都を攻める。サイズタイドをまとめるには実績が必要だ。次は自身で指揮を執らねばならぬが……なに。護衛をつけさせ盾にすればよかろう)


 本音を隠したままウィンドに迫るも、ウィンドも首を縦には振らない。


(ジジイめが……)


 事進まず歯がゆい事態を変えたのは、部下からの報告。それはガイライにとって幸いか災いか。


「失礼します!! 街の北東の森に人影を確認……おそらく鉄と石の街からかと……」

「……聞いたな? 今度は向こうから攻めて来たそうだ」

「クッ……」

「イーストサイズの騎士全員を持って事にあたる。奴らに防壁を傷つけられる前に先手をとって奴らを討つ。よろしいな?」

「……よかろう」




◇◆◇◆◇


 自身の勘を鈍らせぬ為、虎狩りの民に付き合う。それも目的であったが一番の目的は違った。


「気が気ではなかろう。先に行くとしよう」

「すまん」


 シュテンが向った先は生まれ故郷の集落。妻と集落の者達の弔いのため。


「族長、向こうから鎧の連中が」

「ぬ? 無粋な奴らよ……シュテン殿、先に一戦必要になるようだ」

「付き合おう」

「良いのか? お主は……いや、では共にかましてやるとしようか!! ガハハハハ!!」


 戦いは一方的だった。

 新たな肉体を得、車両による高速起動で撹乱しながらも、攻撃も効かぬ防御力、圧倒的なパワーで鎧ごと騎士を斬り裂くシュテンが敵を引きつけ、虎狩りの民達が周囲から矢でもって蹂躙する。

 狩人にとって森こそが主戦場。そこに人外なる戦車が組み合わされば、騎士達に勝てる道理もなかった。


「貴様……貴様如きにぃいいい!! ガブッ……」

「呆気ないものだな、ガイライ」


 ガイライの心臓を貫く自身の刃を見ながら、その目に映る感情は空虚。

 愛する妻はもう帰ってこない。


「……デルス」

「隊長……」


 生き残った元部下を見下ろす。

 もう復讐する相手もいない。戦う理由もない。


「戻ってこのことをウィンド伯に伝えよ……」




◇◆◇◆◇


(流石に残っていないか……)


 生まれ育った集落に残っていたのは、焼け焦げた廃墟のみだ。

 遺体は片付けられたのであろう。放っておけば疫病の元になりかねない。


 それでも姿なき妻と集落の者達に祈りを捧げるシュテンに、ふと背後よりが声かかった。


「シュテン」

「……ウィンド伯」

「随分変わったな……」

「ええ」


 振り帰れば、そこにはウィンド伯と後ろに控えるデルス。

 理由はわからない。シュテンとウィンドは自然と互いに笑みを浮かべた。


「シュテンよ。戻る気はないか?」


 静かにしかし迷わずに首を横に振るシュテン。だからこそ解る決意。


「儂は……何を間違えた?」

「貴方に間違いなどございません。ただ、時に目の前には、正しい選択肢がないことがある」

「……そうだな」


 船が進めば水面が揺れ、流される魚がいるように、力ある者が動けば、力なき者がその波に流されることがある。

 きっとこれはそれだけの話で。


「すまない、シュテン」

「それを聞くのは二度目ですね」


 懐から短剣を取り出すウィンド。


「領主、何を!?」


 慌てるデルスを片手で制し、シュテンと向き合う。


「例えどうしようもなくとも、とるべき責任はあるのだ」


 ウィンドの構えた短剣は、ウィンド自らの喉を貫いた。


「領主!?」

「な、何を!!」


 駆け寄るシュテンとデルスにもう一度笑みを浮かべ、ウィンドは魂を還した。




◇◆◇◆◇


「この街は終わりだ。治める者もおらず、守る兵もなくば、いずれ野獣共に食い潰されよう」

「隊長……」

「もう隊長ではない」


 ウィンドの遺体を抱え、イーストサイズの街でシュテンは最後になるであろうデルスへの指示を下す。


「デルス。民を率いて街を出ろ」

「……ですが……どこに行けば」

「サイズタイドに向い、このことを伝えろ。この街はシュテンが滅ぼしたと」

「隊長!?」

「そしてシュテンは鉄と石の街に下ったと言え。相手は侵攻部隊をも滅ぼす大敵……ヨハン様も同情してくれるはずだ」

「それでは隊長が……」

「いいさ。許されぬ罪ならもう背負ったしな」

「隊長……」


 この数週間後、イーストサイズの民は皆、街から姿を消した。




◇◆◇◆◇


 ウィンドの死より半年後の聖都。


「久しぶりだね、ヨハン。災難だったそうじゃないか」

「ああ、ビリオン。街を2つ失ったよ」

「それは辛いね……それで、要件というのは何かな?」

「アンタの手駒を借りたい」

「手駒……ふむ。それほどか……」

「念には念をだ」


「構いはしないが、御せるのかい? 彼の気性は知っているだろう?」

「問題ないさ。首輪もあるしな」

「……フッ、いいだろう。使い道にも困っていたしね」

「助かる」

「構わないよ。友の頼みさ……オメギス」

「ハッ」

「ヤコウを彼に」

「承知致しました」


「……ヨハン、期待しているよ」

「任せろ。俺はリンディアとは違う」

「そう、願っているよ……」

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