子供の話
最近スズカが子供達と触れ合いながらも、羨ましそうな顔をすることがある。
子供が欲しいのだろう。
俺達は子供が産める。
俺には種を、スズカには卵を培養できる機能があると言う言い方が正しい。俺達を作った人間達の欲望の産物だ。
好みの異性と結ばれて、優秀な子孫を残したい。そういう欲望。
だから俺達の種と卵は当然優秀た。遺伝子を組み替えてまで用意された最高の種と卵だ。
だが、それは吉備津兆の子だろうか? 足柄スズカの子と言えるのか?
そして仮に俺達が子をなした場合、生まれてくるのは“純粋な人間”だ……多分。
目に見えるわけではないが黒い霧はまだ残っている。
遺伝子弄っているから或いはと思うが、そんな博打は犯せない。子供が凶暴化したら自分の手で……とかぞっとする。
俺達の身体は人の欲望によって作られている。子を残さず欲だけを吐き出したい人間だっている。
その欲望を叶える為、繁殖機能をオフにすることも出来る。種に熱を通し、卵を培養しない。
結局、俺達はそうやって“ただ楽しむ”ことを選んだ。
しかたないことではある。
だからスズカも子供を作ろうとは言わない。あくまで欲しいと思うだけ。
子供に勉強を教えているのも代替行為なのかもしれない。元教師って面も大きいだろうけど。
なんでこんな重い話しをしてるのか? それは庭で遠慮なく繁殖してくれてる住民達を見たからだ。
脳みそ軽い……じゃなくて迷わないでいいって、幸せなんだなって思った。
庭が発展していく光景は実は嫌いではない。その中で自分も生きようとは思わないが。
なんというか、街作りシミュレーションゲームをやっているかのような気分。放置してても勝手に育つソシャゲみたいな要素があるが。
ただ、だからといってポンポンと他人の庭でダークエルフを量産するのはどうなんだろうか。こいつらが来て2年、まあ、あんだけやってりゃ生まれるもんも生まれるわな。
人が増えれば必要なものも増える。彼らはあのファンキーな虎柄ファッションを辞める気はないらしい。
皮が欲しけりゃ外に行くしかないから、よく外出する。
おかげでウチの庭の西門は最近殆ど開きっぱなしだ。
防衛設備があるから侵入とかの心配はしてないが、昔おばあちゃんに開けたら閉めろと教わったから、なんとなく気分が悪い。
そして根拠はないが、おばあちゃんの言うことは大体正しい。
◇◆◇◆◇
別段忘れていたわけではないが、ウチを逆恨みした連中が侵攻部隊を組んだって情報はあった。で、そいつらがそこから来るかと言えば西からだ。
当然迎撃余裕である。万が一もないが、それでも億が一のため開いた扉から人や獣が侵入したときは避難できるよう、門の前に誰かが来たときは庭にいくつか設置したモニターにその光景を映すよう命じていた。
他意はなかった。本当だ。
侵攻部隊に恨みをもつシュテンがいることも、もし奴らが現われ、モニターに映ったとき、車両持ちのシュテンが迎撃に間に合っちゃうことも忘れたわけではない。門が開いてればそりゃ行くだろう。
興味がなくて考えなかっただけだ。おばあちゃんゴメン。
シュテンは元騎士だ。剣が得意だ。
オーガ達が鍛冶で剣というか、鉈を打っているのも知っていた。
今のボディでその気になれば、100人程度の騎士如き余裕で蹂躙することも解ってはいたんだ。
たとえ相手が多くても、同じく騎士嫌いのオーガ達が手伝うだろうし、防衛装置もあるので負けはない。
だから今モニターに500近くの騎士達が血まみれで無惨に倒れている映像が映っても、そうなるわなって感じではある。
納得いかない点が3つ。後悔した点が1つ。
まず一つ。シュテンが手に持っていた武器が、スズカに渡して貰ったマグロ包丁だったこと。人斬った包丁で料理とか本当に辞めて欲しい。最近料理も教えるようになったスズカが食べるんだから。
『過去の私と同じだと思うなよ。我が主に授けられしこの身体と妖刀が引導代わりだ』
過去と違うのは見れば解るし、身体はともかく妖刀なんぞ授けた覚えはない。
二つ目。何故かW、G、Eシリーズが手伝っていたこと。
獣が身体を動かしたがるのは解るが、楽しそうに人狩りしないで欲しい。君達のアイデンティティは可愛さだ。
『見たか、我らが同胞の力を!!』
その子達は俺のですよ、オーガ君。
三つ目。知り合いかなんかだったのか、シュテンが騎士の何人かをわざと逃がし、こう言ったこと。
『デルス。帰ってウィンド伯とガイライ郷に伝えてくれ。私の剣はこの街の主に捧げたと』
『……隊長』
『いずれまた、まみえよう』
宣戦布告みたいに聞こえるから辞めて欲しい。あと捧げられた覚えないぞ。
ここまでは愚痴みたいなもんだ。大した事はない。
「で、死体は誰が片付けんだよ……」
これが後悔の元。今のご時世、一人二人野垂れ死んでも獣たちが処理してくれる。
だが扉を開けてると、獣を近寄らせる前に迎撃しないといけないので、誰も掃除してくれない。
……はぁ。
虎の皮の培養は不可能ではない。余り与えすぎるのもよくないのだが、ちと考えるべきだろうか?
扉の閉まらない門の為に。
◇◆◇◆◇
戦の勝利を祝い、宴を開き、今日もオーガ達は腰振る作業に勤しんでいる。
街の人間がいても気にしないらしい。
年齢的にOKになったらしく、ジュネも参戦するようだ。18歳だもんな。感慨深い。
街の人間達はどん引きし、いそいそと温泉施設に戻っている。
家で暮らすのが普通だが、まだ住居がない彼らに、温泉施設の宿部屋部分をオーガ達が譲ったようだ。そこ俺の……
しかしなんだ。子供か……
「どうしたの?」
「いや、子供について考えてた」
「欲しいの?」
「そうでもない。ただ最近スズカが羨ましそうに見てるから」
「あ、うん。確かに羨ましいと思うことはあるけど、欲しいとは思わないわよ?」
「まあ、凶暴化のリスク考えたらなぁ」
「ううん。それもあるけど、むしろ今はそれがなくても嫌なの」
「それはなんか、意外だな……」
「欲しいと思った時期はあるのよ。でもシュテンさんみて思い直しちゃって……」
「ああ、なるほどね」
俺達は死ねない。生まれてくるのは普通の子だ。
その死をいずれは看取る事になる。それを考えるとキツイにも程がある。
生まれてしまえば愛するだろう。身体を捨ててもいいと思える程に。だからこそ、その死を耐えられる自信がない。
もし娘がいなかったなら、シュテンはあの時あの決断をしただろうか? 多分してない。
娘を育てるために生きることを選んだ代わりに、娘の死を看取る決断をしたシュテン。
まだ親ならざる俺達にはその覚悟がない。たとえ凶暴化せずに産めるのだとしても……
「でもまた、それでもって思うことがあるのかもしれないけれどね」
「ま、そん時はそん時で考えればいいよ。理性を得た人達がいるなら、俺達が産んだ子供に理性を与えることが出来るのかも知れない」
俺達は死ねない。だから焦る必要もない。
先延ばしと言われるかも知れないが、先延ばしできる時間が充分にある。
「ゆっくり考えるとしよう」
「うん、そうね」
といいつつ、ヤることはヤるんだが。
人の欲ってのは業が深いもんだ。
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