おっさんの会話

 おっさんが水槽から出て来たのはそれから3日後。

 顔だけ人間サイボーグ。髪が伸びると弊害になるので毛根には死んで頂いた。

 仮面を外すと覗く頭頂部が光り輝いている。眩しいので仮面をちゃんとつけたまえ。

 

 川辺に打ち上げられ、水槽で飼われるお魚生活も終わりを迎えたハゲ。

 さっさと追い出した……娘のところに行かせてやりたいが、先に聞いておきたい話がある。

 なんで自分の集落焼かれてるとき、川泳ぎなんぞやっていたのか。

 警戒対象からおっさんが外れたわけじゃないからね。


「この度は命を救って頂き感謝する。この恩、一生をかけて必ず……」

「重い」


 おっさんが口を開くと、気にしないのが無理なくらい、随分長い犬歯の先端が顔を覗かせる。吸血鬼みたいだ。


「ところで、事情はある程度聞いていますが。何があったのか教えてもらえます?」

「え? あ、ああ。改めて自己紹介しよう。私はシュテン。イーストサイズの近衛騎士隊長を務めていた」

「騎士、ね」

「もう、過去の事だが……街では集落を焼き払ったのは私の所業、ということになっていよう」

「……順を追って説明を」

「ああ。事の始まりは彼等がイーストサイズの街にやってきたことだった。聖都から来た、鉄と石の街への侵攻部隊」

「……はい?」


 鉄と石の街って……エイガとジュネを追って来た騎士が、ここを見てそんなこと言ってたような?


「彼らは表面的には聖都中央に選ばれた誇りある騎士隊という名目だった。だが、どこにでもゲスはいるものだ……彼らの内の2人が俺の妻を陵辱しようと襲った」

「それは聞いてます。アナタが追い返し、街に報告しに行ったことも、その後帰らず、代わりにその騎士達が集落に来たことも」

「……そうか」


 拳を握り締めるシュテンのおっさん。金属音がうるさいからやめて欲しい。ここで奥さんのこというと興奮して会話にならなそうだから黙っておこう。


「私は街に戻り、統治者ウィンド伯に事の次第を申し上げ、罰をあたえるよう進言したが、ウィンド伯は私の言うことを聞き届けず、私の投獄を兵に命じた。奴らは理由もなく私に自分たちが暴行されたと訴えたそうだ」

「すぐにバレる嘘。集落に目撃者がいるから……話が繋がってきましたね」

「兵士に抑えられたとき、ウィンド伯より謝罪されたよ。“すまない、シュテン”と……」

「解っていてやった……ってことですか」

「それでもいつか真実は明るみになり、罪に罰は下るはずだと、私はそんな甘いことを考えていた。そんな事はあり得ないと理解したのは、そのすぐ後だ。牢にその2人がやってきて、ご丁寧に説明してくれたからな」

「やることが如何にも三下の悪役だ……」

「侵攻部隊への全面協力が聖都中央からの命令。ウィンド伯も逆らえなかったのだろう。彼らを守る為の証拠の隠滅。そして集落の虐殺は私が実行したことになると」

「大人の事情が深すぎますね」

「監視の兵は私の部下で私に同情的だった。このままでは全ての罪を被って死刑となる私に、鍵を渡し、脱走するよう促してくれた」

「いい部下ですね」

「彼に罪が問われぬよう、気絶させ、武器を奪い、急ぎ集落に走ったとき……ソーンは……」

「……見てたんですね?」

「ああ。見ていた。妻が斬られ、倒れ伏すその瞬間を……私は怒りのままに騎士団へと挑んだ」


 ガチ重……聞かなきゃ良かったかも。


「だが流石に多勢に無勢が過ぎた。結局私は敗北した」

「まあ、不利すぎますわな……」

「勝てぬと悟った私は、森に逃げ込み、追っ手を一人一人仕留める方法を採ったが……結局は追い詰められた。斬られ、矢を受けて、運の悪いことに野獣に襲われ、蛇に噛まれた。朦朧とする意識の中で足を滑らせ、川に落ちたところまでが私の記憶だ」

「で、流されてここまで来たと……本当によく生きてたものですね」

「本当だな」

 

 実際、何日流されてきたってんだ? 普通なら生きて……普通の人間じゃないのか……フム。

 後でオペの記録でも見とくか。


「そんな私が、鉄と石の街に拾われ、また生きて娘に会えるとは」

「おや、気付いてましたか?」

「先ほどの会話で貴方が表情を変えたのを見て、見当をつけただけだが」

「鋭いこって」


 人間の部分が仕事しちゃったらしい。


「その状態で生きてるといえるのか、結構疑問ですがね。で、知ってたらでいいんですが、鉄と石の街ってのは、アナタ方の住んでる街じゃどう言われてるんです?」

「人滅ぼせし邪龍治める魔の都。サンライズ聖教国に侵攻を開始し、フットハンドル領を崩壊に追い込み、ノースサイズを壊滅させた悪逆なる者達」

「おーうい」


 なんか凄いこと言われてる。誹謗中傷にも程があるべや。

 ただ悲しいかな、心当たりがないわけじゃないのがなんとも。


「俺、悪い事してない筈なんだけどな……」

「周りにどう見られるかと、本人の事情は関係がない。私も身をもって知った。安心して欲しい。私に貴方への敵意は一切ない」

「それはどうも」


 信用、信頼は大事だね。

 後で自爆装置を仕込んでおこう。まともにタイマン張っても負けやしないけど。




◇◆◇◆◇


 おっさんは暫くオーガ達と過ごすことになった。娘がそっちにいるから当然っちゃ当然だ。

 定期的にサイボーグボディの整備が必要だが、もうシェルターに入れる気はない。必要な設備はマサル達に外へ運び出させ、勝手に生きて貰う事にする。


 シュテンはオーガ達とすぐに意気投合した。類友だからだろう。


「全く鎧を着た奴らには、まともなヤツがおらんようだな!!」


 シュテンに話しを聞いたときのオーガの台詞だそうだ。シュテンは苦笑いしてたらしい。

 相手はその元鎧を着た奴らだ。今も格好は鎧武者だ。あと虎皮着た奴らも頭の面では結構なお手前だ。


 シュテンさんのお庭デビューで一つ片付いたことがある。スズカが言っていた馬問題だ。

 シュテンさんの身体は丈夫で強力だが、瞬発力は人よりちょっといい位。つーかボディが重いのよ。


 だからなのか、鬼堂さんはこのボディ専用の車両を用意していた。ちょっと前に触れた“食物エネルギーで動く車両”ってヤツだ。サイボーグボディと連結し、本体のエネルギーを吸い取って動く。

 車両を動かす分シュテンさんは、めっちゃ食わなきゃいけないんだが。


 食べればすぐにエネルギー吸い上げた後で電気分解するから、俺達と同じで腹壊してトイレに駆け込む必要はない。

 出すのは水だけ。

 因みに俺にはそれなのに尻の穴がある。使用用途はいいたくない。


 足がタイヤのケンタウロスといえば形状を解って貰えるだろうか? 足をドッキングさせることで直接伝達回路を繋ぎ、思考のみで動かせるスーパーカー。

 時速100km以上で走れる車両の先頭に人体を配置するこの形態。エアバッグの存在意義を開発者に教えてやりたい。

 車両で道具をゴロゴロと引き摺り、畑を耕すシュテンさんは一躍オーガ達の人気者だ。


 変わり果てた姿に、カネちゃんは当初ビックリしていたが……開けた鉄仮面から素顔を見て声を聞けば、眩しそうな笑顔で父親に抱きついていた。ハゲだからね。


 父と子の感動の再会にスズカもご満悦。成り行きでお庭の居候が増えてるが、元が500人いたから人数的にはあんまり気にならない。気にしないことにしたともいう。

 いいもん。僕ちゃんの生息地はシェルターの中だから。


 ただ、もう勘弁してくれとは思うけども。

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