おっさんの治療

 昨日スズカから聞いた話を振り返る限り、シュテンさんは騎士である。

 そして俺、どうにもあの鎧着た連中と良い思い出がない。

 スズカ頭かち割り事件、からの放火未遂事件ときて幼児と幼女誘拐暴行&再度の俺の家放火未遂事件。

 もう関わりたくない。


 どこにでも良い奴と悪い奴はいる。人は見た目によらないよ。ありふれた台詞だ。きっと正しい。

 じゃあ道ばたに腹を銃で撃たれた893が落ちてたらどうするよ? 俺なら拾わない。


 なのに筋肉共は拾って来やがった。相手が鎧着てないから解らなかったといえばそれまでだが。

 厄介なのが、解ったんだったら「ペイッしてきなさい!」と言えないことだ。


『お父さん!!』


 感情麻痺っ子少女カネちゃんの叫びに、スズカがハートブレイク。そして何で音声拾った俺?

 筋肉共も、どこか自分達の境遇と似たところがあるからか、同情的視線が強い。

 集落の他の面子も「どうか助けてください」と拝んでいる。多勢に無勢にも程がある。


 いや、只助けるだけならまだいいのよ。追加条件として「オーガ君よろしく」って出来るなら。

 傷の度合い的に無理だ。つまり本気で助けるためにはシェルターに入れなきゃいけない。

 

『トキ……』


 ああ、解ってる。皆まで言うな。俺のガラスハートは防弾仕様ではないんだ。


「治療が終わるまでだ。スィン、南門を開いて治療室の準備を。スズカは戻れ。お前の治療と介護技能が必要になる」

『うん! 解ったわ』

「時間との勝負だな。ドランを出す! おっさん担いでる君、名前は?」

『俺!? ジェンガです!!』

「よしジェンガ、まず、おっさんを降ろそう。ゆっくり。そう……よし。直ぐにレスキューストレッチャー……担架をワイヤーで吊っていくから、おっさんを担架に移せ。担架は解るか?」

『え、あ、はい』

「スズカ、シェルターに戻ったら屋上に上がれ。おっさんを降ろして貰う」

『OK』

「結構。では行動開始」


 動くと決めた以上行動は迅速に。気が乗らないが迅速に。

 気が乗らないを理由にやらずに済んだ、独り暮らしのあの頃が懐かしい。




◇◆◇◆◇


 担架をドランにくくりつけ、プロペラ飛行のみで南門まで往復旅行。ジェット飛行の方が早いけど、行きは担架がぼろ布に、帰りはおっさんが生ゴミに変わってしまう。


「ジェンガ君はよ」


 ドランをぽかーんと見上げるジェンガ君を煽り、おっさんをくくり付けさせる。

 ああ、そうか。君達ドラン見るの初めてだったね。


 シェルターに戻り、スタンバイしてたスズカが担架をワイヤーから外して台車でゴロゴロしていくのを見届け、ドランを着陸させる。

 ここから俺が急いでもどうにもならない。悠々歩いて治療室へ言ってみれば、お目々に洗浄液……ここは涙と言っておこう。涙をたっぷり浮かべたマイハニー。なるほど、ダメなヤツね。


「身体に毒が回ってる。心臓も傷ついてて、内臓ももうダメ。頸椎に衝撃痕があって神経も」

「逆に良く生きてたな、おい」

「治療室に着いた時点で心臓が止まって。でもまだ脳は生きてて。ポンプで人工血液送って……ぐすっ、それから---」

「もういい。大丈夫。大丈夫だから」


 何が大丈夫か俺にもわからんけども。

 少なくとも手遅れになったのはスズカのせいじゃないし、スズカが傷つく必要は全くない。といって泣き止んでくれるなら苦労はないけども。

 

「スィン。対象のスキャン結果表示。人工臓器、義肢義足、治療を絶対条件に入れ替えの必要なものをモニター表示してくれ」

『承知しました』


 ワオ、首から下が真っ赤っか。

 実際首にシュテンさんは2本管突っ込まれて、片方からはビュービュー血を抜かれて、片方からはガンガン人工血液投入されてるから、首から上守るのが精一杯だったんだろうなぁってのは解るんだが。


「人工臓器のストックは……あるな」

『ですが整備調整が必要です。人間用の人工臓器は整備対象から外れていますので、現状機能するものがありません』


 俺が三原則変えて、スィンの思考回路から人間の為って文字が消えちゃってるから、人間用の医療器具は優先度低くて整備が結構ザルなのよね。

 そう考えると、逆にこの治療室よく機能してたな。


「今から進めて間に合うか?」

『不可と判断します』

「時間稼ぎに冷凍睡眠でもできればいいが、んな都合のいいもんねえしな……つか法律違反だし」


 冷凍睡眠は殺人と見なされてたのよね。裏ではこれ以上人間の寿命延ばしたら地球マジヤバイって政府の考えもあったらしいけど。


『ただし臓器に拘らなければ、サイバネティックボディを使う手がありますが』

「え!? アレは整備してんの?」

『専用の整備ボックスに収められているので、通電する限り自動整備が実行されます。人工臓器は施設ロボットのキャパシティから整備を停止しましたが、整備停止命令があったわけではありませんので』

「おう……」


 あれか……


「トキ、手があるのね?」

「あれを手として数えるかね……って時間ねえんだよな。いいや、本人に決めさそう。話せるか?」

「強制的に脳を稼働させることは出来るけど。話すのは無理。時間も3分が限界」

「充分。スィン、Eにシュテンさんの娘の映像を指示してくれ。モニターに頼む」

『はい、マスター』

「よし、スズカ、頼む」


 スズカがおっさんの両こめかみに電極装置をつけスイッチオン。


「お目覚めですね」

「……」

「ここは俺の家です。いろいろ疑問だらけでしょうけど、悪いんですが余り時間がない。もうすぐアナタは死ぬから」

「……」

「驚かないんですね。話が早くて助かります」

「……」

「ところでアレ、見えますか?」


 おっさんは俺が指を指した方を目だけで追い、モニタ-に映った何かに祈りを捧げるカネちゃんを視界に捉えた。何に祈ってんのかね?


「!!」

「落ち着け! そして動くな!」


 出せない声で叫び、麻酔で動かないはずの身体を動かして、娘に寄りすがろうとするおっさんの身体が、信じられないことに微量ながらマジで動いたのを見て、即刻押さえつける。

 首に管刺さってんだからね、アナタ。言葉も命令口調に変える。こういうときは強く言うことが大事。


「さっきも言ったように時間がない。直ぐに選んでくれ。選択肢は2つ。このまま娘の姿を見ながら人として死ぬか、生きて娘を抱ける代わりに人間辞めるか。死ぬなら目を左側に、生きるなら目を右側に寄せて。制限時間はあと1分」

「???」

「アンタの首から上だけ別の身体に移植する。辛いぞ? 新しい身体は寿命がないからな。死ねないんだ。グダグダ生きてると子を親のアンタが看取る事になる。さあ、このまま死ぬか、辛い生を送るか。あと30秒」

「……」

「因みに、このまま悩んで答えが出せないなら俺はアンタを死なせる。死ぬのが普通だからな。10、9、8……」


 おっさんの目が右側に寄った


「結構。ではお休みなさい。スズカ」


 スズカにスイッチオフを指示しておっさんを眠らせる。


「このまま倉庫に運ぶ。相変わらず時間はないから悪いが説明は後な。つーか見れば解る」

「え、うん」




◇◆◇◆◇


「これって……」

「引く気持ちは解るんだが、時間がない」


 行き先は倉庫の一番奥。鬼堂さんの野望と業がガン詰まったセキュリティ過剰のあの部屋だ。

 あるのは円筒形のでかい水槽に収まった人型の機械。それもガッチガチの装甲付き。

 中の諸々の装置を守る為、だけというにはちと大袈裟すぎる。


 水槽の中に入って眠れば、首から下をこのイケてるボディと交換してくれる。起きたときには憧れのサイボーグに変身完了ってわけ。

 ただサイボーグになるだけじゃない。残った頭部もマスクが微量電流を流して活性化させつつ、培養細胞と注入するから、要は不老の身体になれる。

 この機能を停止すると頭部が直ぐ死ぬから外すわけにもいかない。


 偉い人かき集めて、自分の身体を不老にして、ここで一体何がしたかったんだか。

 ……不老の俺が言えた義理じゃないな。


 おっさんを水槽に放り込み、絶対放送禁止のグロ映像を生で見ることを避けるため、部屋を出る。


「ふぅ……間に合った。んー、お疲れ」

「……これでよかったのかな?」

「普通ならダメって言われるんじゃない?」

「え?」

「でもいいんじゃないか? 別段正しいことしようとしたわけじゃないし。それで笑う人がいるなら」

「うん……そか。そうだよね」


 そういうスズカの顔は嘘のない笑顔だったから、やっぱりこれでよかったんだと思った。

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