オーガ

 現在、聖人と名乗る者達が、新たな人類を作り出すその過程で生まれた“失敗作”。

 変異の症状が残る、人間とはどこか違った生物。人にあらざる身体能力、長い耳に現われる優れた聴覚による索敵能力。

 失敗作でありながら、力を重宝された彼等は労働要因として、まるで奴隷のように働かされていた。

 

「ここを出て我々だけで生きよう」


 ある日一人の男がそう言って同類達を導き、森に隠れ住み、その内自分達の身体能力を活かして狩人として生きる様になった。それが虎狩りの民の始まりだった。


 そうして500年にも渡って独自に生きてきた彼等の文化は、他の新人類とも一線を隔する。

 その一つとして、族長となった者は導きの者“オーガ”の名を継承し、白虎の衣を纏うというものがある。

 伝統に従い、今の族長もまたオーガの名を引き継いだ。


 今のオーガには500年前の事情は正確に伝えられていない。長き時を経て、過去の歴史は言い伝えの中で薄れていった。故に彼等にとって街にすむ新人類達は忘れ去られた未知の存在だった。


 これは街にすむ新人類にとっても同じ事であった。歴史から抹消された彼等の存在は街の者達にとって未知の存在であったのだ。


 話は変わるが、遺伝子操作により変異した人間を人間に戻せるのであれば、家畜も家畜に戻せる。しかし文明の滅んだ世界で、培養やクローン技術で生産できる数には限りがあった。

 聖人達はそれ故に、新人類に家畜の飼育を指示した。

 飼育には土地がいる。広大な土地が。

 そのような事情の中で、東への領地拡大の先陣であったフットハンドル領の崩壊によって生じた難民により、人口増加の問題を抱えた街があった。街の名をノースサイズという。

 増えた人口の食料に対応する為、ノースサイズの領主スノウ伯爵は未開の森の開拓を命じた。


 そうして人の領域拡大を進める新人類と、森でひっそりと生きてきた虎狩りの民との500年ぶりの邂逅がなった。これが悲劇を産んだ。


 スノウ伯は開拓する森に先遣隊を派遣した。そしてその報告に恐怖した。

 虎の化け物が住む森。それを少数で狩る民族。虎狩りの民は新人類にとって、悲しくも強すぎた。


 恐怖に捕らわれた人間は、その原因を逃げるか取り除くかで解決しようとする。

 そもそも己の利の為に動く開拓者達が原住民に何をしてきたかは、人類の歴史を見れば明らかだ。

 スノウ伯が虎狩りの民の里の襲撃を命じるまでに時間はかからなかった。


 戦が始まった。




◇◆◇◆◇


 数で勝るノースサイズと質で勝る虎狩りの民。その戦いは一進一退であった。

 しかし、虎狩りの民とて生身の人間。剣で切られ、矢で撃たれれば無事ではいられない。

 更に初めの襲撃で住処を焼かれ、武器も罠も補充できない。虎狩りの民の旗色は悪い。


「皆の気持ちはわかる。このままではいられまい。同胞達の仇を討つ!! その思いは儂も同じだ。だが聞いて欲しい。儂は族長として、このまま我ら虎狩りの民が滅ぶこともまた、避けねばならん。戦えぬ女子供、愛する者達が死に逝く未来は避けねばならんのだ」


 オーガは撤退を決意した。


 そして逃げる虎狩りの民の追撃をスノウ伯は指示した。虎狩りの民が力を蓄え、復讐に訪れることを危惧したためだ。

 始まった撤退戦。その中でオーガ達は背に守るべき者がいることを知られた。


「息子と娘を人質にとれ!!」


 強く、中々に仕留められぬ相手に、ノースサイズの騎士団は作戦を変えた。

 その作戦は半分は成功した。騎士団に執拗に狙われたエイガとジュネが、とうとう彼等からはぐれてしまったのだ。

 後は2人を人質にとって身動きを封じればいい。そう考えた騎士団に誤算が2つ。


 一つは子供でも森で生きる彼等は強く、捕まえるに至らなかったこと。

 もう一つが彼等の逃げた先に、鉄と石の街があったこと。


 その誤算は騎士団にとって致命的だった。




◇◆◇◆◇


 オーガがはぐれた子供達のことを知ったのは、撤退戦の中で騎士を襲撃したときだった。

 子供を見捨てられず、隊を組み、探索をしながら騎士団を見つけては仇討ちと、自衛の為に襲撃していた。そんな数ある戦いの中の一戦。


 何人か逃がしたものの快勝を上げ、勝利に酔うオーガに 襲撃した騎士の隊長が事切れる直前の一言。

 

「畜生……あのガキ共があんな所に逃げなければ、今頃は……」

「貴様ッ!! 知っているのか!? 俺の子供達は!? エイガとジュネはどこだ!?」


(エイガ、ジュネ、無事なのか……?)


 その翌日オーガはその手に子供達を取り戻し、兆と出会った。




◇◆◇◆◇


 兆に従い、フットハンドルに到着した虎狩りの民達は、愕然とその光景を目にすることになる。


「これは……何があった……」


 完膚なきまでに破壊された巨大な塔。

 まるで一夜にして人がいなくなったかのような街。

 だが虎狩りの民達にとって、それは好都合であった。彼等は街に残った物資を利用し、再起を図った。


 一方フットハンドルの街は、他の街に住む新人類にとって恐怖の場所となっていた。

 龍に滅ぼされた街。

 難民を受け入れ、その話を聞いていたスノウ伯もここに兵を送ることは尻込みした。

 何が龍の怒りに触れるかわからない。

 襲撃戦からの逃亡者ガムによって、追っていた子供達がフットハンドルを滅ぼした鉄と石の街に逃げ込んだことも報されていた。


(虎狩りの民と邪竜が手を組んだというのか?)


 完全な早とちりだ。

 真実を調査する為、差し向けた偵察隊が物資を手にした虎狩りの民達に返り討ちにされ、情報が入ってこなかった。

 結果スノウ伯はフットハンドルを攻めきれなかった。 


 この判断ミスにより形勢は逆転した。虎狩りの民達の戦いは撤退から反撃へと変わった。

 虎狩りの民達はノースサイズの街へと向かい奇襲をかけた。


 そして、とうとうオーガは伯爵邸に乗り込み、スノウ伯の首をとることに成功する。


「まさか邪龍と手を組むとはな……」


 誤解は思い込みへと変わり、スノウ伯の中で真実へと変わっていた。


 そしてこの戦いは逃亡に成功した使いの者から幾度かの伝言を経て、聖都にこう報されることになる。

 鉄と石の街にノースサイズが滅ぼされた、と。



◇◆◇◆◇


「ヒッ……命だけは……」

「一つ聞かせて貰おう。話すなら命だけは助けてやる」

「は、はい……何でも……」


 戦いの後、虎狩りの民の襲撃に怯え隠れた兵士を見つけ出し、捕まえた。兵士の名はガム。


「邪龍とは何のことだ」


 そしてオーガは漸くフットハンドルの街を滅ぼしたのが、鉄と石の街であることを知ったのだった。




◇◆◇◆◇


 フットハンドルの街に戻ったオーガ達は民全員を集めた。この後どうするかを議論するためだ。


「森に住み、狩人として生きるが我らのありかただ。だが元の住処は既になく、またこの先同じような事態になるとも限らん」

「ではここに住むか?」

「だが我らは人数が少ない。街の奴らは弱いが悪賢い。焼かれれば森も街も同じ事だ」

「森よりも街よりも強い場所」

「そんなものがどこにある? あったとしても、それはより強き者が治める場所であろう。そやつにでも従うか?」


 そして思い出す。鉄と石の街。邪龍の噂。魔術を使う者の治める街。エイガとジュネを保護し、フットハンドルの事を教えてくれた恩。


「実は捕えた街の兵に聞いた話だが……」


 ガムから聞いた話を聞かせるも、皆疑うばかりだった。


「族長、流石にそれは噂に過ぎぬであろうよ」

「一夜で街を滅ぼすか。いるなら確かに森よりも街よりも強かろう」

「ハッ、その様な者ならば我らも従うべきだろうよ」


「多分本当だよ、その話」

「うん、私もそう思う」


 その空気を打ち破るエイガとジュネの声。

 2人は実際に見ていた。兵を追い払った魔術を。兆に従い2人を護り、野獣たちを尽く瞬殺した魔獣の存在を。 


「皆これだけは理解して欲しい。この戦、確かに最後は我々は勝った。だが住処を失った時点で一度負けている。この敗北から学ばねばなるまい。我々は強い。だが、負けるのだ。そして考えて欲しい。これまでのやり方で我々は今後生き抜いていけるのか……」


 オーガの声により、その場に沈黙が降りた


「確かめねばなるまい。そして彼の者の力が噂に違わぬものであるならば、そのときは……」


 後日訪れたその街の西門、見せつけられた力の数々。

 直接脳に語りかけられる様な不思議な力。姿なく、されどこちらの声は通じ、突如現われた豹の化け物を肉塊に変える。

 虎狩りの民の進むべき道は決まった。




◇◆◇◆◇


 オーガは満ち足りていた。今、虎狩りの民達は幸福な生を歩んでいる。

 仕えた主は彼等の生き方を尊重し、狩り場と快適な住処を与えてくれた。

 魔獣達に守られながら、享受される新たな文化。


 虎を狩るには虎を見つけに街を出る必要があるが、その程度この暮らしを得たことを考えれば大した問題ではない。


「ここには全てがある。来て良かった……」


 その日は宴。虎狩りの民の発展を願い、子産みの儀式を行う。

 宴の中でオーガは皆に一つの掟を虎狩りの民に課すことを提案し、皆は快く賛同した。


「我ら虎狩りの民は最後の一人までトキ様に忠誠を誓う!!」

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