五百人の居候

『ピーンポーン』


 レトロな感じの呼び出しベルの音が鳴り、それに気付いたスズカがソワソワと動き出す。


「あら、もうこんな時間ね。じゃあ、ちょっとだけ出るわね」

「ん?ああ。一応気をつけて」


 彼女が何をしに行くのかは知っている。

 行き先もシェルターの防壁までで、ほぼほぼ危険はない。一応スーツケースは持って行かせているが。


 相手も相手なので警戒する気もそろそろなくなってきているが、一応映像確認はする。

 映るのは空の籠を持ったダークエルフの子供達とが3名ほどと護衛のWシリーズ。暫く経って同様の籠を持ったスズカが現れ、彼女達の籠と自分の持って来た籠を交換した。

 スズカの籠は空ではなく、塩などの調味料が入っている。

 ダークエルフの子供達はそれを受け取り、満面の笑顔で感謝の言葉を述べた後、引き返していった。

 

 問題なしを確認して映像を切ると、暫くしてスズカが部屋に戻ってきた。


「お疲れさん」

「疲れるほど大したことしてないわよ」


 そういうスズカの顔は少し楽しそうだ。


 ダークエルフの土下座祭りで、結局数の暴力に敗北した俺は彼等に同居を許してしまった。

 単純な戦闘なら負けなかった。だからと驕った。話し合いでは数こそ正義だ。


 下手に下手に、頭を下げ、この地に住まわせてくれと願う500人。


 最初は断ったんだ。ただ、そこに思わぬ敵が現れた。

 庇護欲に駆られたスズカからチラチラと送られる視線。


 筋肉共はともかく、子供達を放り出すことに罪悪感か何かを感じたのだろう。

 彼等をここに住まわせることが負担になるなら、それでもスズカは彼等を追い出すことに迷いを見せなかったのかもしれない。


 ただここ、シェルターの部屋数を考えるとわかるように、500人くらいなら余裕で養える設備があるからタチが悪かった。

 時間が夕暮れに差し迫っていたこともある。


 お外で乱交決めちゃうお薬の使用が疑わしい連中をシェルターに入れる気にはなれなかったから、温泉施設の周囲を貸し出した。精一杯の妥協だ。

 シェルターには非常用のテントとシュラフが山のようにあったので、それで一夜を過ごして貰った。一晩経てば落ち着いて雰囲気変わるかな、なんて淡い希望もあった。


 奴らはやっぱり汚いし臭かったので貸し出した温泉施設。これがいけなかった。

 温泉は彼等のお気に召したらしい。ずっとこの場所で住みたいと言い出しやがった。


 人と暮らすのは嫌だ。だが外ならまあ……なんてことを思ってしまったのがいけないのだろう。俺は折れた。

 心が弱い?放っておいて。


 勿論彼等は殺人集団だ。近寄ったら赤信号を点滅させるべき警戒対象である。

 だから話はしたよ。オーガと名乗る族長を名乗る虎男と。で、文明の違いと根底から違う価値観に解り合うことを諦めた。一応Q&Aいってみようか。


 Q.アナタ達はだれですか?

 A.虎狩りの民です。遙か祖先より狩人として生きることを誇りとしてきました。


 Q.虎狩りの民とは何ですか?

 A.人の街との縁を絶ち、森に移り住んだ者達です。


 Q.何で縁を絶ちましたか?

 A.詳しくは解りません。先祖が民の誇りを守る為、街の者と争ったからと聞いています。


 Q.いつから住んでいたのですか?

 A.500年程前よりと聞き及んでおります。


 Q.騎士もどきを襲撃したのは何故ですか?

 A.仇討ちです。奴等はたくさんの我らの同胞を辱め、殺めました。


 Q.奴らは何故アナタ方を襲ったのですか?

 A.我らの住処たる森を開拓したいので出て行けと言われました。受け入れる理由もなく、先祖代々よりの住処を手放す気もなれず、突っぱねたところ、ある日突如襲撃されました。


 Q.暫く西に行っていたようですが何をしに?

 A.仇敵たる街との戦に。確かノースサイズと名乗っていたかと思います。


 Q.勝敗は?

 A.当然勝利して参りました。目に付く壁も建屋も全て破壊してやりました。もう再起はできぬでしょう。


 Q.……どうしてここに来たんですか?

 A.恩義を返したいと思いました。またエイガや街の者達よりトキ様の力をお聞きし、本当であれば主として仕えるべきだと思いました。


 Q.恩義?

 A.我らの力を回復する術を教えて下さいました。我らの勝利はトキ様の御陰でございます。


 Q. 恩を仇で返すって言葉を知っていますか?

 A.今初めて聞きました。それが何か?


 Q.いえ……ところで俺の力とは?

 A.魔術を駆使し、魔獣を従え、その身を竜に変え、一夜にして街を滅ぼす。神の如き力でございます。


 Q.あれは科学ですが?

 A.意味がわかりません。


 恥じることなく胸を張り、全ての問いに答えた虎男。


 俺が人間だった時代に生きた人達は、これを聞いて共感できただろうか?

 俺は出来なかった……ただ、間違いだと断じることも出来なかった。

 誰よりも俺が“正義”を疑っているから。俺の生きた時代に皆が謳った正義ってやつが本当に正しかったならば、正しく機能していたならば、俺はあのような死に方をしなかったはずだから。


 結局、同じ屋根の下で生きるわけじゃないし、と割り切って彼等の移住を許した。

 住む上での条件は定めさせて貰った。


 1つ。家、つまりシェルターの防壁の中に許可なく入らないこと。破った者は誰であれ迎撃する。

 1つ。ウチのペットに手を出さないこと。破った場合ここから追い出す。

 1つ。できる限り自給自足をすること。ただし、塩など採るのが難しいものだけは支給する。

 

 こうして彼等はウチの庭で生活を始めた。もう半年が経つ。

 生活補助として5隊に分けているW、G、Eシリーズの10番隊(No.11~20)を専属でつけてやったところ、彼等の生活はあっという間に発展した。


 衣の面で言えば、彼等は虎の毛皮を着ることに誇りを持っていたので余り変わっていない。一応シャツとパンツはお客様販売用の在庫が倉庫に大量にあったので一部を譲った。


 食の面では牙の長い猪が貴重なタンパク源として役に立った。狩人だからね。

 猪の数は多いし、1匹1匹がデカいし、繁殖力も高いのでマガミ達と競合することもない。時々協力しているほどだ。

 野菜は最初はこっちから作物を支給しつつ、種を渡しそれを育てさせている。

 野生の野菜と合わせて問題なく摂取できているらしい。


 住の面では建屋がガンガン建っている。一応Gに土地の開拓までは手伝うよう指示したところ、それで伐採された木を使って建屋を建て始めた。まだまだ建屋が足りず、貸したテントで過ごす者は多いが順調に家が増えている。

 元の住処では凶悪な野獣が来たときにいつでも移動できるよう、建屋を建てずに野獣の毛皮をタープテントの様に屋根として張って生きていたらしいから、テントでも十分快適だそうだ。

 外壁のない住処で生きていたわけだ。そら人目も気にせずヤるわな……。

 

 因みに農具や建設工具は定期的に筋肉共がフットハンドルに遠征して盗って帰ってきている。鍛冶屋の炉まで運んだらしく、道具の増加と共に発展は加速中。

 暇つぶしが出来て喜んだGが、進んで手伝っているのが一番の発展要因な気もするが。


 風呂は温泉がデカいのでよしとして、トイレとかどうすんだろ? そんなに数ないけど、思って聞いたらコレが一番カルチャーショックだった。

 穴を掘り、そこに彼等が清掃虫と呼ぶ三葉虫みたいな虫とおが屑を入れる。かっこよくいうとバイオトイレ?

 水分は地中に染み込み、大っきい方は虫に食わせるらしい。ウエ……


 清掃虫はその面ではとても優秀で、臭いも残らぬほど綺麗に消化するんだとか。

 まあ、野グソじゃなくて良かったよ。家の庭に他人のウンコ転がってるとか最悪だし。

 なお、尻は葉っぱで拭くそうだ。


 家の近くに野蛮な原始人が住んでいるのも落ち着かないので、ちょっとでも文明レベルを上げて貰おうと、彼等の住処の近くにシートモニタを持ち込んだ。そこにデータとして残っていたテレビ番組や動画を垂れ流した。

 農業のやり方を交えながら村をつくる番組、昔ながらの石けんの作り方を映した伝統品紹介番組、主婦の皆様に人気のお昼の料理番組、果ては昔誰もが見たことがあるであろう無料動画のアーカイブから、調味料の作り方からコンパウンドボウの作り方まで。

 彼等にとってモニタの前は仕事の合間の休憩時間に集まり、関心の声をあげながら学ぶ場になった。


 今までどうだったか知らないが、彼等は笑顔で過ごしている。だったらこれで良いのだろう。

 

 夜、彼等の宴が始まった。誘われたが断った。

 やっぱりおっぱじめやがった彼等の映像に、なぜか顔を赤らめたスズカに手を引かれながら、俺達はベッドに向った。

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