二人の保護

 MOUSEの調子は今日も好調。俺の声はバッチリ聞こえたみたいだが、話すこと決めてない。こういう場合なんて言えば良いんだろう?


 相談しようにも、間の悪いことにスズカはプールで泳いでいる最中だ。

 居住区の下にあるジムのプールで泳ぐのが、最近の彼女の日課である。俺も気が向いたら同行し、水着姿を鑑賞しているのだが、今日は気だるさに負けて行かなかった。

 昨夜はもちろん今朝もなんとなく盛り上がって、スズカとの勝てぬ戦いに挑んでしまったのだ……げっそり。


 緊急連絡は可能だが、ウチにとっては緊急と呼べる話でもないから、なんとなく呼びづらい。

 いいもん。ひとりでがんばるもん。


「えーと、なんだ。そこの鎧集団。誘拐、暴行並びに放火未遂の疑いで……俺、別に警察じゃねえしな。直ちに武器を捨て、投降……は迷惑だな。とにかく、この場から失せろ」


 ていうか冷静に考えて、この状況なんとかしようと思うなら“騎士もどきを追い払う”の一択だよな。


『どこから喋ってやがる!?』

『姿を見せろ!!』

『違う……これって……やっぱり……』

『黙ってろ、ガム!!』


 一度マイクをオフにする。


「スィン、あの2名を一旦保護する。西門近くの戦力は?」

『防衛設備以外であれば、WシリーズとEシリーズの10番隊が探索しています。到着までWシリーズが2分、Eシリーズが40秒』

「オッケー。西門の前で待機。その間西エリアのパトロールはマガミ隊とトリィ隊でフォローで」

『承知しました』

「で、今なんで防衛設備は発砲した?」

『彼等が2人に向って動きましたので』

「まったく……」


 マイクオン。


「アー、アー、犯罪者諸君、次2人に近づこうとしたら撃つから」

『勝手なこと言ってんじゃねえ!!』

「ちなみに命の保証はしないんで、そこんとこヨロ」


 マイクオフ。スピーカーから罵倒が聞こえる……うっせ。


「スィン。RABBITは射程内だな?」

『はい、マスター』

「音声をカメラのマイクからRABBITに切り替えてくれ。拾う音声は保護対象の2人だけでいい」

『承知しました』


 音声集音機RABBIT。マイクと違って人の音声を距離に関わらず拾ってくれる優れもの。

 空気中に散布したナノ粒子が音の振動によってどう動いたかを観測し、その動きから発した声を予想し、音声データを作り出す。

 聞きたい対象の声の質が解れば、かなり忠実に対象の音声の再現が可能な上、再現したい音声のみを選べる。節電を考えなければだが、声を聞くならノイズが乗らない分こっちの方が良い。


 言い方変えると、もう兵士達と話す気はないってことでもある。


「それとWが門に着いたら扉を開けてくれ。で、Eを1体2人の監視にあてろ。Eからの画像も念のために頼む」

『はい、マスター』

「騎士もどきがまた2人に危害を加えるようなら、そのときは撃て。出来るだけ足を狙え」

『承知しました』


 でまたマイクオン。


「えー、そこの男の子とお嬢ちゃん? トラ縞のイケてる君達。そう、君達で合ってる。これから門を開ける。」

『……あ……あの、ハイ』


 まだ混乱中かな。


「門が開くと中にワンチャンが10匹程待機してるけど、危害は加えないから気にしないように」

『わん……ちゃん……?』


 呆然とオウム返しをする男の子の縋り付いていた扉が、音を立てて開いていく。

 宣言通りお座りして2人を待ち構えるワンチャン10体。なかなか可愛らしい。


『ヒッ』

『オオ……カミ……そんな……』


 共感はして貰えなかったが。まあ、現状世界の動物たちがどうなっているのかは俺も知っている。武装もしてない生身の人間が動物の群れに会ったら、絶望したくなるのは解らんでもない。


「気持ちは分かるが、そこで座り込んでても仕方ないだろ?早く入ってくれ」

『ア……アア……』


 アカンわこれ。

 この子達を門の中に一回入れちゃえば、騎士もどきも諦めるかと思ったんだけど。

 ただ、入れた途端2人に好き勝手動かれるのも困る。Wシリーズは2人の監視役として呼び寄せたわけだが、ちと効果がありすぎた。

 男の子は尻餅をついて全身を震わせながら、茫然自失でくりっとした目を限界まで開いている。ドライアイが心配だ。

 女性の方は男の子を両手で抱きしめ、やっぱり震えながら地面を濡らしていた。


 途端2人の周囲にまた熱線砲が撃ち込まれる。


『うあ……』

『な……なに……』


 逆に騎士もどきは、それでも動きを示したらしい。隊長と呼ばれた男だけだが、なかなかの度胸ではないだろうか? 因みにそれが解るのは、その隊長の大腿部に穴が開いているからだ。

 監視カメラのマイクをオンにすると、汚え悲鳴と『隊長!!』『チキショウ!!』『覚えてろ!!』とかお決まりの台詞が聞こえたことだろう。マイク切っておいて良かった。


 実際、騎士もどき達は隊長を抱え、撤退を始めたようだ。


 つまり2人の脅威も去ったということであって……


「……スィン、扉閉めて」

『承知しました』


 扉は開けたら閉めましょうって、おばあちゃんにいわれたもの。




◇◆◇◆◇


「とまあ、そんなことがあったんだ」


 プール上がりのスズカを一階のソファで膝に乗せ、抱えて撫で回しながら、今日の出来事を話す。メイド服の上からっていうのが、もう。

 地下にメイドロイドがたくさん眠っているおかげで、服もたくさんある。だからスズカはメイド服を愛用している。

 普通の人の服のサイズが会わないというのもあるんだけど。特に胸の辺り。


「ふーん。やっぱり外は怖いわねぇ。誘拐犯とか……それで」


 されるがままスズカが俺に身体を寄せつつ、モニターに視線を移す。

 

「これ、どうするの?」


 スズカがモニターを指さす。言いたいことは解っている。

 そこにはあの2人がまだ座っていた。

 2人を狙って防衛装置に撃たれた獣達の死体が、周囲に何体か横たわっている。


「どうしたらいいと思う?」

「そうねぇ」


 新人類不信のスズカも、子供を即見捨てようって気にはなれんようだ。


「何を選ぶにしても、ここにいられるのは困るんじゃないかしら……? その誘拐犯達がまた来るかもしれないし」

「……ですよねー……スィン、西の警備は?」

『10番隊が引き続き実施しています。西門への到着時間は1分です』

「西門にもう一度集めてくれ。到着次第MOUSEを起動。対象はモニターの2人で。」

『承知しました』


 Wシリーズの到着を待ち、MOUSEが起動する。


「アー、アー、聞こえてる?」


 ビクンと身体を跳ねる2人。寝てたんか?

 まあ、疲れ切ってはいただろうが、他人の家の門前だよ?


「悪いけどそこにいられても迷惑だ。正直言うと立ち去って欲しいんだけど、行く当てがないなら入んな。飯と寝床くらいは貸してやるから」

『あ、あの……さっきはありがとう』

『先ほどは失礼いたしました』

「いいえ。どういたしまして」

『厚かましいと思われるかも知れませんが、行く当てなどありません。ご厚意に甘えさせて頂きます』


 お嬢ちゃんの方は中々礼儀がなっている。


「扉を開けるとさっきと同じようにワンチャン達が待っているが、彼等は俺の言うことに忠実だ。君達が敵意を見せない限り、君達に危害は加えない」

『ワンチャンというのは……その、あの狼たちのことですか?』

「そ」


『……解りました……信じます』

『う、うん』

「素直で結構。名前を知らないと不便だな。俺は吉備津兆。あー、トキでいいや。君達は?」

『ぼ、僕はエイガ。虎狩りの民の長オーガの息子、エイガ』

『私はエイガの姉のジュネといいます』

「エイガとジュネだね。んじゃあ、扉を開けるから、入ったらワンチャン達の誘導に従ってくれ」

『ンクッ……わ、わかったよ』

『か、感謝します』


 マイクオフ。物わかりが良い子共は嫌いじゃない。


「ここに連れてくるの?」

「いや、さすがにそれは……ばっちいし臭そうだ。得体も知れないし家に入れるのは勘弁」

「えーと、じゃあ?」

「西側なら温泉施設がある。建屋もあるし布団と食い物持って行けばいいだろう」

「ああ、なるほど」

「というわけでちょっと出てくるよ」

「待って、私も行くわ」


 そうして布団と風呂用具と食料を手に、俺達は温泉施設に向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る