警告のエアレイド

 朝、定刻に目を覚ます。

 睡眠時間は十分とったが、身体に僅かに残る気だるさを自覚する……原因は解っている。

 ならば人間の部分を休ませてやろうと思い、目を瞑る。意識を切るまでは必要はない。外側だけ休ませれば良いだろう。


 目を瞑り、ただ横になるだけと言うのは結構難しい。

 ついつい諸々と考え事をしてしまう。


 リンディアさん改め、足柄スズカさんをシェルターに受け入れ、早三ヶ月。

 しれっと言ったがそういうことだ。俺の心は弱かった。


 まとめると変わったことが二つある。良い話と悪い話だ。

 目覚めて一番ストレスに悩まされたくはない。まずは良い話からだ。


 良い話は俺の孤独が解消されたことだ。

 足に縋り付いてきたときはどうしてくれようかと思ったが、今はこれで良かったのかな、とか思っている。

 独りがいいとか強がっててゴメン。

 干渉の過ぎる自己主張がなければ俺は一緒に生きていける。

 単純に我々はこうあるべきだ、みたいな勝手な思い込みで人に指示してくる奴が嫌いなんだよね、俺って。昔の上司を思い出すから。


「ん、おはよう。トキ」


 少し遅れて目が覚めた彼女に挨拶を返す。


「おはよう。スズカ」


 打ち解けて、今では名前を呼び捨て合う仲だ。

 彼女も目が覚めたものの、まだ起きるつもりはないらしい。人の身体を抱き枕のように抱え直し、もう一度目を瞑る。

 柔らかい素肌が押しつけられる感触を堪能しつつ、昨晩を振り帰る。ダブルKOを繰り返した接戦はラウンド12まで続いた。

 ……猿かよ。そら人間君も疲れるよ。


 まあ、スズカは完全に俺のストライクゾーンだったし、今の俺は自分で言うのも何だがかなりのイケメンである。創られた美ってやつ? これは製造者に感謝。

 人間の時? ……忘れた。思い出したくない。


 窮地から助けられて拾われた女性が、その相手とやたらと広いとはいえ同じ屋根の下。そうなりますよねぇ~。

 互いに大人すぎるほどに大人だが、身体が機能すると心も若返る。オジサマだって溜まれば出したくなるのよ。加えて今の身体は無尽蔵だ。厳密にいえば限りがあるが人間の比じゃない。


 とか強がってみたが、スズカには勝てないんだけどね。

 そういう機能もあるボディと、それように出来たボディじゃそもそもの仕様が違うわけで。

 あ、今日のディナーはスッポンにしよう。食われたら食い返す、倍返しだ! ……鍋と唐揚げどっちがいいかな。

 



◇◆◇◆◇


 食堂で朝食を食べる。

 食べるとき位動かないと、一日中部屋で過ごすことになるからな。

 メイドロイドの本能が働くのか、当初スズカが持ってこようとしたが、食事は食堂で食べることをルールにした。


「スィン、昨晩異常はなかったか?」

『防壁南側より領域内への攻撃を確認しました。被害ゼロ、消耗分は補給済みです。映像をご覧になりますか?』

「またか……頼む」


 これが朝のベッドで結局逃避した悪い話。

 南の街からちょくちょくやってくる兵隊さん達だ。これで10回目。

 結局あれから続く兵隊隊の遠征はここを落すことに目的を変えて今も続いている。


 食堂のモニターに映し出される鎧を着た騎士団擬きと、それを迎撃する防衛装置。

 できる限り穏便にと、こっちは対応しているが、向こうのやることはえげつない。並んで火矢の一斉放射。放火魔かよ、お前らは?

 熱線銃で矢を迎撃し、弓を破壊し、誰が教えて作ったのか、ちょっと気になる破城槌を使用前に粉々にし、抜剣した兵隊達の剣を彼等の心と共に丁寧にへし折る。

 ここまでやって次も来るんだから、コイツらドMじゃねえかと疑いたくなる。


 勿論無罪アピールはした。

 倉庫に丸めておいてあったデカいシートモニタを防壁近くに運んで吊るし、リンディアさんがベートに頭かち割られる瞬間を流して見せたのだが。

 隊長らしき騎士擬きの「敵の魔術に惑わされるな!!」という発言の下、無視を決め込まれた。


 魔術て……そういえばマガミ達が戦った奴等も「魔獣の類いか!?」とか言ってたな。

 余りに進んだ科学は魔法に見えるものだ、とか気取ってる場合じゃない。

 折角の画像も信じて貰えないなら役立たずだ。

 ま、俺も逆の立場なら信じないかも知れないが。映像なんぞいくらでも編集できるんだし。


 というわけで、彼等を平和的に宥めようとする残りの札はリンディアさんなわけだが、今更帰すつもりはない。

 そらま情もがっつり移っているけども、記憶のないスズカをそのまま帰しても「リンディア様に何をした!?」とか言われるのがオチだ。

 頭かち割られた映像見せてきた奴の所から生きた本人が帰ってくる……何それ?

 スズカの命を危険に晒すリスクに対するリターンが小さい、というよりリターンが見込めない。


「トキ……」


 映像を見ながらそんなことを考えていると、スズカがこっちを見てきた。

 そりゃ不安だろうな……。

 彼等の文明レベルであればこのままでも驚異にはならないが、将来的には解らない。

 大体こんな女性を前に出来ることがあるのにやらない男ってどうなの?


「大丈夫だ、スズカ」


 平和的な手は出し尽くして詰んでいるが、そうじゃない手ならある。

 そもそもこっちが悪いわけでもないんだし、黙って攻撃されてやる義理もない。

 ていうか三ヶ月も我慢したんだからね? 俺って良い子。

 ということでそろそろ手を変えよう。正直いい加減鬱陶しいし。


「スィン、ドランの準備は?」

『メンテナンスは完了しています。再チェックを開始……オールクリア。マスター、いつでも飛べます』




◇◆◇◆◇


 兵隊さん達をトリィに尾行させ、既に奴等の街とやらがどこにあるかは解っている。街の画像も入手済みだ。

 人のやることは魔術呼ばわりなのに、生意気にも気象観測塔を街の中心にドカンと置き、街の全周を石の壁で覆っている。城郭都市って言う表現が解りやすいかな。城じゃないけど。


 気象観測塔“アマシラス”。日本の神様アマテラスにかけ、天気を報せるアマシラス。ネーミングセンスにコメントはない。

 他国がいつでも妨害可能で運営資金もアホみたいに食う衛星に頼り切りじゃアカンやろ、と2080年代に開発された簡単設置解体可能な気象観測装置。竜巻予報にも大活躍。

 それでも家くらいはある装置を取扱説明書通り塔を建てて上まで上げたわけだ。


 分解できるとは言ったが、車もクレーンもないこのご時世、運んで上げるにはそれなりの苦労があったとは思うよ。

 そもそも石造りの塔って時点でその労力たるや。

 大変だったろうなぁ。だからとても残念だよ。


 トリィが送ってきた画像と同じ町並みを見下ろし高度を下げる。光学迷彩ステルス機能を持つドランでわざわざ姿を見せたまま飛んで来たのは、どこから来たのか知らしめてやるためだ。

 さてお客様、目の前に御座いますのが先ほど話題となりましたアマシラスでございます。

 目と口をパッカーンと開けてこっちを見上げていた街の住民達も、散り散りに逃げ塔の近くに人影はなし。サーモ画像にも人間っぽい熱源はないから大丈夫だろう。


 思うにリンディアさんがいない現在のここで、アマシラスを扱える奴はいなかろう。科学が魔術の方々ですし。

 既に使い手のいない宝の持ち腐れ状態なわけだから、これからやることに意味はない。

 意味はないが街のシンボルが壊されるって精神的にはクルよね。


「俺がどこから来たのかは解るよな? わざわざ監視役が戻るの待ってやったんだから。こいつは最後通告だ。一応今日までは人的被害は避けてやる」


 たっぷりと見せつけていた機体のスピーカーの音量MAXで一方的に告げ、照準を定める。

 電磁加速砲スタンバイ---発射!


 爆音と共に放たれた砲弾は塔を貫通し、空気をぶち破りながら遙か彼方へ。

 塔は開いた穴から亀裂を増して倒壊を開始する。

 一応他の建屋に被害が出ないよう、熱線バルカンと熱線砲の連射で瓦礫共々アマシラスも完膚なきまでに粉砕する。

 とはいっても瓦礫ゼロは無理だから、まあ多少の被害は諦めて貰おう。

 

 再度マイクをオン。


「次は建屋だけじゃすまねえぞ」


 これでお仕事は完了。明日からおとなしくなってくれるといいな。

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