復活の不具合
こういうときアンドロイドって身体は楽だ。
人間の部分は動揺して、動転して、頭真っ白になっているんだが、それでも冷静に思考できる。
アルフとベートはもう手遅れ。どうしようもない。
一方リンディアさんは、ゆうてアンドロイドだ。しかも俺の予想通りであればウチの地下に眠る彼女達と同じタイプである。
スペアタイプがたんまりある。つまり修理ができる。
修理ができれば、リンディアさんは自分の街に帰れる。そしたら事情を説明して貰って誤解を解いて貰えば良い。
街のド中心人物みたいだし。
言葉で足りなきゃ映像を見せて貰えば良い。再生機一つ貸すぐらい安いものだ。
問題はアルフとベートの2人の死体と、門の外の兵隊さん達。生憎、現状再生機なんてない。
頭に送られてくる画像では熱線銃の音が外まで漏れたらしく、「何があった!?」と兵達が騒いでいる。
お帰り下さいと言っても、おとなしく帰って貰えないだろうなー、というのは容易に想像できる。
「マガミ」
「わふ」
「よし、おいで」
柔らか毛並みを味わいつつ、この後の指示を出す。
「これから門を開く。出来るだけ穏便に済ませるつもりだが、もし兵達が襲いかかって来たら、そのときは出来るだけ殺さず撃退しろ」
「わふ」
「優先順位を間違えるなよ。お前達の自己防衛は、奴等の命に優先する。あくまで出来るだけ、だ」
「わふ」
「よし、スィン、門を開けろ」
『了解』
スィンの返事と同時に門が動きだす。両側にスライドしていく鉄の扉が開かれ、その姿を見せた兵達は、直ぐにその表情を驚愕に変えた。
「これは!?」
「一体何があった!?」
「リンディア様!! おい、これは貴様の仕業か!?」
駆け寄ろうとした兵達が動きを止めた……ああ、マガミ達にビビったのね。
「説明しよう」
両手を挙げて平和主義を表現してみたが、兵隊達はますますヒートアップしていく。
「貴様がリンディア様を!」
「リンディア様の仇!!」
聞く耳持たず。
そもそもリンディアさんの頭に刺さってるのはそっちの武器だろうに。まあ、さっき自分で言った理屈だけどな。
俺の命に彼等は関心がない。大事な人が他人の前で殺されたならば、真相はどうでも良い。唯一残った他人の命を取れば仇を取り損ねることはない。
野蛮なんて思わない。文化が未熟なら当然だ。
事件の真相をしっかり調べてから行動しようなんて考えは、人々が武器を捨てた法治国家で、武器を持てぬ武力的には弱者という民主的強者が、道徳ってやつを多数の味方って名前の武器に変えて戦える情報化社会でしか成り立たない。
ともかくも兵達は武器を手に取った。残念だとは思う。
「マガミ、やれ」
◇◆◇◆◇
マガミ達が熱線銃で武器を破壊し、兵達が這々の体で逃げ帰るまで1時間。
こちらに被害は一切なしとスィンからの報告。優秀なワンチャンである。
問題なのはリンディアさん。美しい顔は無惨に変形している。
バギーにリンディアさんを積んで一足シェルターに到着後、直ぐにメンテルームに運ぶ。
アルフとベートの死体はマサルに埋葬を任せた。
こっちの流儀は知らないが衛生面を考えて容赦なく火葬の後、我が領域たる山には東に向って流れる川があったので、壁の外側よりその川に骨はばらまいた。
温泉施設に使っている川なので、なんとなく壁の内側の流れを汚したくなかっただけだ。
彼等は川の流れに運ばれて母なる海へと還るだろう、多分、きっと。
というか、自分の家の庭に他人の墓とか普通に御免被る。
リンディアさんはスィンに任せたので、後は復活待ち。
他人はトラブルの元。よく分かった。
もう寂しいなんて言わないからな。
復活次第動画持たせてさっさとお帰り願おう。
などと「後は簡単なお仕事さ」って高をくくったときほど思った通りいかず、面倒臭くなるのは会社内に限らんらしい。
リンディアさんが頭割られてから3日後。
修理を終えて目覚めたとスィンからの連絡に、ならばと会いに行って……しばらくの後、俺は頭を抱え込むことになった。
扉を明けてメンテナンスルームに入ると、彼女はベッドに腰をかけ身を起こしていた。
「お目覚めですね」
「貴方は? いえ……ここは?」
「ここはメンテナンスルームですよ。貴方がベートって部下に頭割られたので修理したんです」
「頭割られた? え? どういうことです?」
記憶が混濁している? アンドロイドにそんなことあんのか?
「スィン。リンディアさんの修理内容について教えてくれ」
『はい。バイオメモリが完全に損壊しており、シェルター内の同型の備品を入れ替え使用しました。また人工筋繊維及び骨格に老朽化による破損を確認。合わせて入れ替えを実行しました』
言葉と共に映された修理前の状況報告に開いた口が塞がらない。
殆ど総入れ替えじゃねえか。つか今まで何で放置してたんだ?
いや、文明崩壊後の人類の街にメンテ装置があるわけねえのか。
「データの復元は?」
『不可と判断します』
突如聞こえたスィンの声に驚いた後、何故か自身の腰や胸を尻を慌ただしく手で触りながら、周囲をキョトキョトしているリンディアさんを横目に状況を整理する。
なるほど。つまりアンドロイドに備えられた記憶媒体は完全に破壊されていたと。
少なくとも通信状況考えると、ここでの記憶をクラウドに送っている訳がない。
メモリがやられたってのは俺も見立てとして解っていた。復元できないってのは、ちと予想外だったが。まあ、そこは問題ない。
「あの……」
「なんでしょう?」
「私のスマホはどこでしょう?」
随分懐かしい単語が出て来た。この時勢にあるわけない。
さっき触ってた場所はポケットのある位置だった訳ね。
「生憎ここには在りません。少なくとも俺は見てませんよ」
「え? 嘘です」
「なんでいきなり嘘つき呼ばわり?」
「じゃあなんでその名前を知っているんですか? 私のスマホ見たからじゃないんですか?」
「いや、なんで名前を知ってるとスマホ見たことになるんです?」
「だってそれ……私のゲームアプリのユーザーネーム……ですし」
照れながら言われても困る。というかこの会話で察したんだが。
「リンディアさん、目が覚める前の事はどこまで覚えています?」
そこからの会話は悪戦苦闘だった。
一つ俺の誤算というか思い込みがあった。そもそも世界がこうなってからアンドロイドを修理なんてしたことなかったから初めての試みだったのだが、必然的にそうだと勝手に思っていた。
人間の部分が覚醒し、生前の記憶を取り戻したのだから、当然その後も人間の部分は記憶し続けるはずだと。
ところがリンディアさんは、生前の記憶はあるがアンドロイドとして生きていた時代の記憶を失っていたのだ。
……勘弁しろよ。
さて、ここからが厄介なところである。
まず改めて彼女を紹介しよう。
スズカ→鈴鹿→リンディアである。どうでもいいが。
生前は女教師、今は高齢な金持ち爺さんを対象に開発された看護士と家政婦と愛人を兼任出来るメイドロイドである。
動きがいちいち艶めかしいのは、プログラムされた動きは人間の部分で意識しない限り、癖のような形で現れるから。
まあ、この辺りもどうでもいい。重要なのは彼女は一般人だ。
長年かけて志を追いかけたリンディアさんと、その頃の記憶を失った平凡な日本国民の足柄スズカさんは、もはや別人といっていい。
自身が頭かち割られた映像を見せられたスズカさんは、ただ怯え始めた。
そんな彼女と話すとこうなる。
「足柄さん。そんなわけでこの映像を彼等に見せに還って貰えませんか?」
「イヤよ!!」
予想しなかった。というか彼女のことがどうでもよすぎて予想しようともしなかった。
彼女に今の自分を理解して貰い、世界の状況も理解して貰うまでで、俺の心は大分疲弊していた。
とにかく時間がかかった。
予め入っていたデータを「嘘よ、こんなの!!」とかほざきながら拒否しやがるから、宥めて宥めて話して聞かせた。ホントに疲れた。
だからかな? 理解できたとて今の彼女にリンディアの責任をとれというのは酷すぎる、とか思ってしまった。
心が弱っている証拠だ。
「これって……だって……帰ったらまた、私、殺されるかもしれないんでしょう?」
そりゃあ、大丈夫とはいえんわな……。
「イヤよ、イヤ。お願い……追い出さないで。見捨てないで。ね? 何でも……何でもするから……」
他人への同情に揺らぐのは心の弱さだ。
強く生きたいと望むなら、自分をしっかり持ち、優先順位を忘れないことが大事なんだと、俺の足に縋り付く彼女を見ながら思う次第だ。
「はぁ……」
だから今はため息ついてる場合じゃないぞ、俺。
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