美女の勧誘活動

 愛車を走らせ辿り着いた山の麓。その麓を円を描くように築かれた堅牢なる防壁は、言わずもがなマサルの頑張った証だ。

 その防壁の東西南北に設置し、結局使ったことがない門……なんか申し訳ない。


 今その門の前で待つ人影が3名。後ろの2人は現れた俺、というか俺の乗っている4輪バギーを見て口をあんぐり開けている。

 馬車を使っていた位だから、こういう機械って奴になじみがないのだろう。

 十分な間合いをとってバギーを降りた。


 先に来ている筈のマガミは木の影に隠れているようだ。客を脅かさないよう気を使ってくれたらしい。あとでモフモフしてやろう。

 防壁設置と同時に門まで道は繋いだが、基本的にこの防壁の内側は木が好き勝手生えている。道の横は直ぐに森なので隠れるところに不自由はしない。

 まあ、リンディアさんは気付いているみたいだが。


「わざわざご足労頂きましてありがとうございます。……やはりあなたも、ですね」


 アンドロイドって言葉が省略されたようだが、まあ伝わった。肩をすくめて返事にする。


「失礼しました。申し遅れましたが、リンディアと申します。このより南にあります“フットハンドル”より参りました。改めて宜しくお願い致します。」

「どうもご丁寧に。そういえば自己紹介もしていませんでしたね。キビツといいます。ここの主みたいな事をやっていますよ。こちらこそ宜しくお願いします」


 ひとまず社会人としての礼儀って奴だ。


「わ、私の名はアルフ。本日のリンディア様の護衛をフォクス様より仰せつかっている」

「ベートだ」


 後ろの2人も挨拶してきた。アルフと名乗った男は鎧姿にハルバートみたいな長柄の武器を手にしている。ベートは腰に剣をぶら下げ弓矢を背中に背負っている。どこのファンタジーだ?

 アルフって奴はリンディアさんに言われて仕方なく嫌々という雰囲気が惜しげもなく晒されている。実際ここに来る間にコイツらの会話は聞いてはいたが、アルフって方は何故か無条件に自分達が偉いと思っている奴の典型だ。ベートは無口キャラらしくほぼ口をきいてない。


「このような得体の知れぬ場所に住む者にリンディア様が頭を下げる必要などありませぬ!来た早々に頭を我が戦斧でかち割り、その上でここを調査すればよろしい!!」


 とかほざいてた。途中引き返そうかと思った。

 リンディアさんが強くたしなめて黙ったが、俺を睨めつけてるその表情は敵意が凄い。


「さて、じゃあ話の続きと行きましょう。生憎まだ我が家にお招き出来る様な空気ではないので、何もお構いできず申し訳ない」


 さっきの会話が聞こえていたことを暗に匂わせておく。


「当然ですね。こちらこそ何の手土産もなく、急な来訪で申し訳ありません」


 家には入れねえぞと行った俺に、憤慨の表情を表したアルフを先んじて制するリンディアさん。

 失礼なのはこっちも一緒だと。

 中々気づかいの出来る人だ……あ、人じゃないのか。 


「いえいえ、それで?」


 こっちの伝えたいことは伝わったらしいので、今度は向こうにターンを譲る。俺から話すことあんまりないしな。

 では、と二人組を手で制し、こちらに近づいてくるリンディアさん。敵意を飛ばしまくる部下が邪魔なんだろうね。


「本日の伺いました目的は二つありまして……一つは御挨拶に。先日我々の調査隊の一隊がここを発見し、慌てて報告に参りまして……」

「このご時世にここを見れば、知らない人は驚くでしょうね」

「はい。そしてもし、本当に理性を取り戻した人がいるならば、まずは御挨拶を、と」

「それはご丁寧に」


 目的の一つは完了したと。つまり二つ目、というか本題がこれからだ。


「2つめは可能であれば我々の活動にご協力を頂けないか、ご相談を」

「……何にでしょう?」

「人類の発展に」


 急に話が大き過ぎる。


「ところで……キビツ様はこの世界の実情について、どこまでご存じでしょうか?」

「さほど……少なくとも生身で理性を保つ人達を見たのは、世界が変わってから初めてですよ」

「そうでしょうね」『彼等は自然より生まれたわけではありませんから』


 言葉に繋ぐように飛んで来た短距離MOUSE。

 これが大抵備わっているからアンドロイドは内緒話をしない。

 で、これを使ってきたと言うことは、後ろの二人には聞かせたくない話だということで。


『それじゃあどこから? と一応訊いておきます』


 自然に生まれてないなら答えは決まったようなものだが、重要なのはその先だ。


『私達は長年の時間をかけ、凶暴化し、変異した人類に理性を取り戻す術を発見しました。そして生み出された人類達の子孫、それが彼等です』

『生み出された? 変異した人類を元に戻したのでは?』

『いえ。変異した人類に理性を与えるには遺伝子変換が必要でした』

『それってのは……』

『変異した人類より取得した細胞を改良し、その細胞を元に創られたクローン。それが彼等の先祖です』


 ……凄いことするね。倫理的にどうなんだ? オリジナルがおかしくなってんだからOKなのかな? うーん、わからん。


『私達七体のアンドロイドは何人ものクローンを生み出し、彼等を教育し、まだまだ未熟ながらも文明を与えました。そうして出来た始まりの集落。あれから600年以上の時を経て、我々は今一度人類の国家創造を掲げて活動しつづけているのです』


 後ろの二人を見てなきゃ完全に怪しい宗教団体への勧誘だ。


『そして新たな人類に押され、私達のリーダーであるビリオンは新国家サンライズ聖教国を立ち上げました。184年前のことです』

『随分小洒落た名前で』

『日の本より新たな日の出を、そんな意味を込めたと聞いています』

『……さいですか』

「今日まで私達は凶暴な野獣たちと戦いながら、人の住める場所の拡大を少しずつ進めてきました」


 内緒話は終わりらしい。


「フットハンドル、南の街……でいいんですかね? はいつから?」

「5年前に漸く完成し、街として機能するようになりました。こことは違い完全な石造りですけど」

「結構前ですね」

「はい。安全確保の為、周囲の定期調査を武装隊を編成して行うのですが、範囲を少しずつ広げてをしていたところここを見つけたのです。調査隊の話を聞いたときは興奮を隠せませんでした。このような場所があったとは。貴方の協力を頂ければ今後の開拓は今より大いに捗ることでしょう。キビツ様、如何でしょう? 我々と手を取り合いませんか?」


 微笑み手を伸ばすリンディアさんは、素直に綺麗だと思った。

 美しさを体現したようなその姿に魅せられない者などおらず、きっと誰もがその手を取らずにはいられない。


「お断りします」

「え!?」


 ただし人間であれば。

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