あり得ぬはずの人影

 特に変わったことのない相も変わらずな日常を今日も過ごしている。

 大分長いこと駄生を貪っている気がするが、別に死にたい理由もないし、かといって生きるためにやらなきゃいけないこともない。


 マサル達が防壁設備を山の外周に完成させてから侵入者も大分減ったおかげで、今ではマガミやトリィ達も退屈そうだ。

 何か悪いことしたかもしんない。

 いや、猪の変異体……“猪”で良いか。猪狩って食べてる分、俺よりマシか。


 4184年か……このままグダグダしながら5000年を迎えるのだろうか。

 いや、かといって忙しくなりたいわけではないんだけど。

 マガミ達みたいに狩りとかしたいかと言われたら……したくないと応える。うん、即答。


 癒やしを求めてマサル達に、山の中腹に温泉をつくらせてみたが、行ったのは最初だけ。

 一度面倒くさくなるとね……

 温泉と行っても火山じゃないので水温は低いからソーラー施設を設置して温めてる。

 おかげで余計に気分が出ない。

 辛い目に遭うのも危険な目に遭うのも嫌だが、刺激が欲しいというどうしようもない欲望に駆られている。


「地下の誰か起こそうかな……でもな……」


 人恋しさを自覚する。が、他人と関わるのも嫌だ。

 葛藤に悩む、それも変わらぬ日常の一部。


 日常が変わったのは、そんないつもの日の翌日の朝だった。




◇◆◇◆◇


「人間……か?」

『現時点ではまだ推定ではありますが、身体的特徴、及び行動よりそう推定されます』


 スィンに言われて防壁の監視カメラからの画像を観ながら、二千年ぶり位に驚きってやつを感じた。


 その画像が遠く小さくも捉えた生物の影。

 明らかに何かを話し合う、外套を着た二足歩行の生物達。

 いやどう見ても人間だろうよって話だが、そんな奴等が10人程壁の向こうでヒソヒソと話している映像を朝起きて直ぐスィンに見せられたわけである。


 そりゃ驚くさ。既にこの世界の人間は、滅んでいるのだから。


「アップにしてサーモ画像に切り変えてくれ」

『はい、マスター』


 うーん、多分人間。アップにして画像が粗い分判断は難しいが。

 まだアンドロイドの可能性もあるが、そうは見えないな。そもそも持ち主が好きじゃない限り、普通アンドロイドは顎に髭生やさないし、生やすなら剃らない。頬の青みが如何にも人間っぽい。


「監視カメラのマイクは声を拾えなかったか……RABBITは?」

『RABBITからの音声データを再生します』

「頼む」


『……ウミ』

『ワカ……コレハ……サマニホ……』

『……ナラバリン……スベ……』

『ワレ……ガ……リンディ……デキ……ロウ』

 ………………


「うむ、何言ってるか全然解らん」

『この距離はRABBITも有効範囲外でした。この生物の背中に弓矢らしき武器を確認した為、WシリーズとEシリーズには、この生物達が壁を越えない限り、近づかず手を出さぬよう指示致しました。その為、他に音声データはありません』

「まあ、妥当な判断か……因みにもし彼等が侵入してきた場合どうする?」

『命令に従い撃退します』


 ふぅ、あっぶな……

 そりゃそうだよね。防壁越えた生物は撃退しろって俺が命じているんだから。

 元々組み込まれてた“ロボット三原則”も弄っちゃったし。厳密にはここの主の鬼堂さんが弄っていたのを更に俺が弄っただけなんだけど。

 SINのセキュリティは中々手強く、かなり苦戦した。が、万能アンドロイドをなめるなよ?

 実際は鬼堂さんというか人間が滅んだという情報が認識されて若干バグり気味だったのにも救われたんだけど。

 なので現在SINの行動原則は


 ・第一条

 吉備津兆に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、吉備津兆に危害を及ぼしてはならない。

 ・第二条

 吉備津兆にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 ・第三条

 前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、施設を含む自己をまもらなければならない。


 とまあ、人間という文字がすっかり消えている。

 なので侵入してくる敵に対しては、相手が人間だろうが容赦がないわけだ。

 

「つーわけでスィン、命令だ。もし次に“人間と推定される生物”が確認出来たときは、まず俺に連絡だ。寝ていたら起こして構わない。最優先事項だ」

『承知致しました。マスター』




◇◆◇◆◇


 流石に文明が滅んで2000年も経つと、衛星なんて機能していない。

 いくらハイテク機能満載なこの施設も墜落した衛星と繋がることはできないからね。

 何が言いたいかっていうと、人間だった頃にアプリであったナンチャラマップみたいな便利なことはできんわけで。


 トリィ達を飛ばして探すことも考えたが、結局新たな人間かも知れない生物……長いな。

 ひとまず新人類と仮称しよう。

 新人類を探すことはしていない。捜索範囲を広げれば見つかるとは思うが、それでここの防衛力を薄めるのはどうかと思う。

 あと正直、探した後どうすんだ?って話。


 別に接触の必要はないけど、何かソワソワと期待感もある。

 そんなよく分からん感情を持て余して過ごした10日目の朝、彼等は現れた。


『マスター、新人類を映像で確認しました。南の監視カメラです』 

「解った。こっちに映像を回してくれ」


 さて、どうしよ?……相手次第だな。

 そう思って画像をみて、またビックリした。


「これは……どう言えば良いんだ?」


 なんというか、王族とか貴族を護衛する騎士団? 

 馬車を中央に鎧で身を固めた連中が集団で向ってきている。人数は馬車3台と騎士っぽいのが50。

 騎士っぽいのは何名かが馬に直乗りしてる。


 いやまず、現状世の中にいるのは凶暴化した暴れ馬ばっかりなんだが、どう手懐けたんだ?

 馬のロイド……じゃないな。身体の大きさと異様な後足の発達具合は多分変異体。

 そもそも俺は日本から異世界に転生した覚えはない。何なの場違いなコイツ等?

 クエスチョンマークを頭に浮かべながら視ていると彼等は門の前に到着した。 


 防壁を設けたとはいえ、ただ壁で囲うだけでは自分が出るとき不便だ。

 出る予定がないのが悲しいところだが一応門は設置している。

 その門にまっすぐ向って来たって事は、先日の新人類がこの場所をこの騎士団に教えたって事かな。


 到着を鎧騎士が先頭の、他に比べて妙に豪華な馬車に告げると、1人の女性が降りてきた。

 ウェーブのかかった髪で色っぽい美人顔の右目が少し隠れている。口元の左下の完璧な位置に程よい大きさのほくろが更に色っぽさを強調している。身体は出るところが出過ぎているくらいボンキュッボンな上で、それでもスリムに見えるほどの等身。

 つまり、めっちゃストライク……じゃなくて。


「アンドロイド? ……スィン、サーモ画像に2秒切り替えてくれ」

『はい、マスター』


 一応確認する。間違いない。女性はアンドロイドだ。こんな完璧な人いない。

 因みにアンドロイドは外皮保護の都合もあり、基本的な体温は人間とそう変わらないが、それでも中身は機械だ。まして人間にはないセンサーまで詰め込まれているわけだから、特に諸々詰まった首から上は冷却機能が十全に機能していなければならない。

 結果身体と頭の温度のバランスが人間とは異なる。

 

 その女性アンドロイドが監視カメラに視点をむけて声をあげた。

 カメラの先で、画像を見ているだろう誰か、つまり俺に向って。


『初めまして。この声は届いていますでしょうか?』

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