第10話 「くるみ割り人形」仙台

 地方公演は東北方面から始まり、次は暖かい地方を回り、12月のクリスマスシーズンに東京公演になる。

 まずは杜の都仙台だ。伊達政宗が収めた国だ。いまだに末裔が領主様と言われ尊敬されている。バレエも盛んで市内に数多くの教室があり、コンクールも仙台大会もある。それだけ文化芸術が根付き都会だといえる。

 今日のプリマは山口詩織やまぐちしおりパートナーは沢村莉央さわむられおんだ。この公演に珍しく青山が帯同していない。東京で仕事があるのだ。小さな会なのだが公演日が近くそちらを優先した。明子は団員たちと行動をともにしている。会場でのレッスンを終えたら本番は客席から観劇する予定だ。

 朝、9時に集合し10時からバーレッスン開始。

今朝は全員揃っている。詩織もバーに摑まっているにはいるが教師の順番はほぼ無視でストレッチのようなことをしている。明子は見ないようにしている。やはり踊ることは自分との対話だ。集中している。

 初日なので場当たりの確認をもう一度して本番を迎える。ここ仙台は支部の力も強いのでチケットの売り上げもよい。それに年末恒例の「くるみ割り人形」だ。

 

 客席もほぼ埋まりいよいよ開演だ。

 オケピットに指揮のドラえもんこと山下が入ってくると一応拍手がわく。

前奏が始まるといきなり幕が開いていく。これも今回加えた場面だ。雪の道行きの前に紗幕を下ろした状態で作業台をだしその上でドロセルマイヤーがくるみ割り人形を完成させて、それを抱いて踊るのだ。

 今日のドロセルマイヤーは片岡かたおか どうだ。手足の長い彼の踊りは軽いステップでも伸びやかで気持ちが良く人を魅了する。まあ良いダンサーは出てきただけで客席がわく。暗い中で「このダンサー誰?」という感じでプログラムをめくっている客も多い。

まだ道は多くのバレエ関係者、ファンに知られていない。

明子は道の踊りを微笑ましく見守る。

柄紗の前で道行きが終え、紗幕が開きシュタールバウム家の大広間になる。

淺櫻バレエは子役を使わない。小柄の女性たちが子供になる。。男の子役はカツラをかぶって演ずる。

クララ役の詩織が登場すると少し違和感がある。大きいのだ。ワイノーネン版だとこういうことになる。ボリショイでもプリマは他のダンサーよりも大きいことが多々ある。今、ワイノーネンが生きていたらどう思うのだろうか。昔はバレリーナは小さくなければいけなかった。大柄だとできないと思われていた。だからオートリー・ヘップバーンは身長が170cmなったときにバレエをあきらめ女優になった。ボリショイは回りも大きいからよいのだが、淺櫻バレエだと子役のバレリーナは全員小柄だ。詩織はへんに目立つ。

青山も強引に詩織をクララにしたときに出会いから彼女に変える演出に変更すればいいものをそのままやっている。彼が変えなかった理由は明子にはわからない。観れば誰もがおかしいと思うはずだ。いつもの演技でカバーだということだろう。まあ詩織はよくやっている。芝居もできテクニックもある。

明子は男の子役を張り切ってやっている明美から目が離せない。本当は本意ではない役だろうに、そんなことを微塵も感じさせない楽しんでいる姿は我が子のように微笑ましく愛おしい。彼女はこの後、ネズミになり、雪の最後に出るコールドに入る。お菓子の国の住人には今回入っていない。しかも後半の地方公演にはメンバーではなく留守番組になり教室のクラスを回る。

「バレエが好きなんだな」

と明美が発するパワー、空気感が明子は好きだ。青山はそこが鼻につくのかもしれない。彼女の実力のわりには踊る機会を与えていない。演出家はどうしても好きな色を使う。

青山の好きな色ではないようだ。

 舞台はスムーズに流れていく。クリスマスツリーが大きくなりクララが小さくなり、おもちやと同じサイズになる。ネズミとくるみ割り人形の戦いになり、ネズミたちの中に明美もいるのだがどれかわからない。明子は自分だけは知りたいので明美のネズミのシッポに赤いリボンをまいた。やはり1人激しく踊り走り回っている。

 ネズミの王様をクララの助けでくるみ割り人形が倒すと相打ちのように彼も倒れるが起き上がると王子様になり 出会いのパ・ド・ドゥになる。詩織と沢村のパートナーは大柄なのでそれだけでも生だと迫力が違う。明子も圧倒される。詩織の強い個性はやはり人を引き付けるものがある。すばらしい。そこにドロッセルマイヤーが加わりパ・ド・トロワになる。出会いはなにもしなくても音楽だけでもすばらしい。ドラえもんの演奏でも感動する。

 明子は詩織の動きが少し鈍いように感じる。左足を痛めたんじゃないかな。と。

 場面は雪に変わり、真ん中に雪の女王と王があらわれる。そしてダンサーたちが踊りながら増えていき大雪になるのを表現する。実際に大雪を降らせる。明子はいつもより弱めかなと思う。青山がいないのでこの後の転換のことを考えてのことだと思う。その中をクララの詩織が走り王子と橇に乗り込みお菓子の国に旅立ち幕が下りていく。

 明子は詩織の走る姿をみて確信する。膝を痛めたと。彼女は幕が下りるといそいで舞台袖に向かう。

「青山がいないのだ今日の最高責任者は私になる。」


 舞台袖に行くとやはり詩織がうずくまって動けないでいる。その周りに出演者が集まっている。動きが止まっている。

「舞台転換の邪魔よみんなどいて」

明子の声にわれに返ったように動きだす。着替えて2幕にでる団員はいそいで楽屋に向かう。明子は沢村に「詩織を楽屋まで抱えてって」

「はい」と沢村は答え詩織をお姫様抱っこをして楽屋に行く。

「あとよろしくね」と舞監に声をかけ明子もあとを追う。


 詩織の楽屋に行くと沢村は詩織を椅子に座らせる。明子は詩織の足をみる。彼女は激痛で今にも泣きそうだ。痛みだけではない感情もあるのかもしれない。これからどうなるのか、まずは今日の舞台だ。できるのかできないのか。詩織の性格では途中で下りたくないだろう。明子はどう声をかけるべきかと思うが足の状態が悪すぎる。

「救急車呼ぼう。」

まずでたのは一刻も早く医者の所へいくことだ。夜も8時を過ぎた時間でしかも地方で医者を自分たちで探すより救急を呼んだ方が速いと思ったのだ。

「おそらく私と同じ左足の十字。病院に行こう」

詩織は素直に無言でうなずく。彼女のこんな姿をみるのは初めてだ。しかも私に対して、

「大丈夫。心配ない」と明子も詩織に対して初めて優しい言葉をかける。

「救急車、呼んで」と心配してついてきた1人のスタッフに声をかける。

「はい」とインカムで他のスタッフに状況を伝えながら走っていく。

「莉央」

「はい」と傍らにいた沢村が返事をする。

「誰と踊る?」

「明美さんと」

「そうよね」

明子は迷いなく即答した沢村におかしく。自分と考えが同じで思わず微笑んでしまう。

「私の衣裳なら彼女のサイズにピッタリあうと思う。衣裳ケースの中にあるから、誰か開いている子に声をかけて」

と沢村に指示をだす。

「はい」と返事し彼も走りだす。

「大丈夫」となにが大丈夫なのかわからず、明子は詩織に声をかける。

 

 詩織をスタッフに任せ明美のいる大部屋の楽屋に行く。この会館で一番大きな楽屋なのだが化粧前は20ぐらいしかなく明美などのグループは手鏡でメイクをする。

楽屋に着くと明美はジャージに着替えもう今日は使わない衣裳の整理をしている。汗の酷いものはタオルなどでおさえたり、アイロンの高圧蒸気をかけて少しでも汗抜きしたりをし乾かして詰め込むのだ。

「明美」

「はい」と明子の声に驚いて振り向き返事を返す。

「なにしているの。ボディファン着てる」と明子は明美のジャージのファスナーに手をかけると

「いえ」と答えながら明子の手を押さえる。

「変えはあるわよね。早く着て」

明美はポカンとしている。そこに「明子先生」と明子のクララと金平糖の衣裳をもった女性団員が飛び込んでくる。すでにトラックの中に積んであった衣裳ケースをあけてもってきたのだ。

「ありがとう」と明子は声をかけ衣裳を受け取る。

「この衣裳着たことあるわよね。」

「はい」と明美答える。

明子の衣裳は特注で同じデザインのプリマたちの衣裳と作りが違う。生地が柔らかく軽くできている。とても踊りやすい。そして彼女以外に使いまわしをしないのでサイズもフィットしている。その衣裳を先日、久美の教室の発表会に貸したのだ。「くるみ割り人形」の全幕の会だった。もちもん主役は娘の明美が務めクララと金平糖を演じた。明子と明美はほぼ身長が同じで衣裳がぴったりとあった。後にも先にも明子のものを着たのは明美だけだ。

 明美のようすに「そうかまだ彼女に伝わっていない」と明子が気づく。

「明美、これから踊るよ」

「え」

「金平糖」

「・・・・」

言葉を失う明美に

「大丈夫」となにが大丈夫なのか口癖のように明子が言う。

「詩織がけがでだめなの。あなたがやるの」

「明子先生は」

「私は身体が冷えたままだから今から準備したら1時間以上かかる。あなたしかいない。

とにかく、クララの衣裳を着てメイクの直しはすぐに引っ込むからそれからでもできる。」近くにいた団員に

「舞監に5分押しでお願いしてきて」20分の休憩がもうかなりすぎている。

「はい」と走りだす。

「明美、時間ないわよ。今は考えず支度」

「はい」と明美ジャージを脱ぎ着替え始める。

「支度したらドラえもんに挨拶にいくよ」

「はい」

指揮者の山下になにも知らせないで変更するとへそをまげる。一応お伺いをするのだ。とにかく根回しあいさつだ。


 山下のところにつれていくと

「ほほう」と今にもクララ姿の明美に「かわいい」といいそうな表情をする。

「マエストロ、明美です。よろしくお願いします。」と明子がマエストロなんて微塵も思っていないがこういうと彼は喜ぶことを知っている。キャバクラか。

「うんうん」結構、明美のことを気に入っているようだ。

「よろしくお願いします」と明美が声をかけると

「僕にまかせなさい。ちゃんと合わせるから」

「ありがとうござます」と2人そろってお辞儀をする。

これでドラえもんは抑えた。


 緊急事態なので2幕の始まりの前に出演者全員、舞台の上に集合した。

「間もなく5分前入ります。」と舞監が声をかける。

明子は円陣を組ませ手をつながせる。

「詩織はけがで2幕はできません」

隣にいる明美を見て

「明美に2幕のクララと金平糖をやってもらいます」

声にはださないがいろいろな感情が流れる。それを察するように

「みんな、いろいろ思うところはあると思うけど、今この事態を乗り切る最善の策だと私が決めました」

と5分前のベルが鳴る。「1ベル、入りました。」と舞監の声

「文句は終わってから、全責任は私がとります。いつも以上に気合をいれてお願いします。こうゆうとき必ずあとからいろいろ言われることになります。バレエ団の評価になります。良くするも悪くするも私たち次第です。」一呼吸おいて

「みんな、やるよ!」

「はい」と全員が答える。明子の掛け声が普段の彼女とは違う感じなので返事をしてからきょとんとなるが、明子は間をおかづ

「よろしく!」

「はい」と思わず大きな声になり団員たち返事をかえす。

その中で客席にアナウンスがながれている。

「5分前でございます。おはやめにお席におもどりください。」その後、開演前の観劇の注意が今一度、話し

「皆様にお知らせがございます。主演の山口詩織がけがのため、2幕から山村明美に交代します。ご了承ください。では最後までお楽しみください」

客席が一斉にプログラムをめくる音がし少しざわつきだす。

プログラムはプリンシパル級は写真が大きく経歴が詳しく載っている。ソリスト級になると写真は小さくなり略歴。アーティスト級は写真と名前だけ。

明美はソリストでもファースト・アーティストでもない。アーティストの中でも真ん中くらいに掲載されている。ざわついて当たり前だ。


ドラえもんがオケピットに現れ拍手が起きる。それにこたえるように彼が客席に向かってお辞儀をし振り返り指揮棒をふるとオーケストラが演奏を始める。

幕が開いていく。海底(藻)のシーンだ。コールドたちが踊っていると橇にのった王子とクララが通りすぎる。明美の顔は明らかにこわばっている。

袖に待っていた明子が入ってきた明美に声をかける。

「大丈夫」また意味のない大丈夫。手を握ると彼女の手が震えている。

「息をゆっくりはいて、楽しむのよ」

海底のあと加えられたドロッセルマイヤーのシーンがありお菓子の国に変わっていく。

クリスマスの妖精なるものが登場に王子とクララが載った橇を向かえる。

「大丈夫」とまた声をかけ送り出す。

お菓子の国に着くとクララあたりを楽しく見渡す。各国の住人たちが登場するとネズミたちがふたたび現れて王子と戦う。王子がネズミの王様をやっつけると、妖精たちがドロッセルマイヤーの魔法で金平糖の衣裳をだす。クララに着替えようと舞台から一緒に消える。

明子は「さあ、ここからよ」とそでに跳び込んできた明美を抱きかかえ、そのまま個室の楽屋につれていく。


 スペイン、中国、アラブ、トレパック、キャンディーケーキ、あし笛、花のワルツ結構時間はある。明子は明美のメイクを直しながら思った。花ワルの途中までに準備が終わっていれば十分だ。袖で沢村と合わせる時間もある。

 明美はクララで舞台に出たことで大分落ち着いたようだ。練習どおりにやれば技術的にはなんの問題もない。後は大勢の客の前でアドレナリンがでていつも以上のパフォーマンスになればいい。しかも冷静にそれができなければ結局はここまでの子だったってことだ。

「大丈夫」と明子は独り言のようにつぶやく。

 明美は金平糖の衣裳に着替え、明子に合わせを縫ってもらったことで気合がはいりやる気は十分だ。そして彼女も今日成功しなければ自分の実力もここまでだと思う。勝負のときだ。

「大丈夫」と明美も声に出したのか出なかったのかわからないような独り言を言う。

明子は縫いおわると

「いくよ」と声をかける。

「はい」と明美は答える。

明子は楽屋のドアを開け押さえてやる。

「すみません」と明美はチュチュのスカートを押さえて明子の前を通る。


 舞台袖にいくと明美は足をストレッチし軽くピョンピョン跳びはねる。チュチュが上下に揺れてかわいい。

沢村は王子の衣裳の上にスエットを穿き座って足をのばして舞台をみている。

 舞台ではちょうど花のワルツが始まったところだ。

沢村が明美の来たことに気付き

「大丈夫」と彼も声をかけ近づく。

「はい」と明美は答える。

「もう立てる」ポアントで立つことだ。

「はい」と言い、明美、5番で立つ。沢村、彼女のウエストをもちパ・ド・ドゥの確認を始める。

「パドブレ4番ピルエット、アラベスクパンシェ」などと言いながら合わせていく。

もう明子は声をかけずに見守る。

「久美に見せたかった」と思う。久美はこの次の舞台が明子なので明後日、合流することになっている。


 花ワルが終わりに近づくとそれぞれの袖に分かれる。沢村は上手、明美は下手だ。明子は明美の背を軽くたたき、

「しっかり、大丈夫、気合」もうかける言葉もわけがわからない。

「はい」と答え明美は舞台に出ていく。

明子はアダジオが終わって彼女が引っ込んでくる上手にタオルとメイクが落ちないようにするためにストローの刺さったペットボトルをもって移動する。

花のワルツのメンバーは舞台に残っていて金平糖たちを向かえる。金平糖の曲が始まると前奏に合わせて後に下がり彼らにお辞儀をしてはけていく。

沢村と明美は手を取り合って金平糖が始まっていく。アダジオはロイヤル版と言われているものだ。

客席が静かだ。やはり急なキャスト変更だったので客たちも緊張しているのだ。全くの他人なのにそれぞれり身内が踊っているようだ。

「ちゃんと最後までできるのかしら」という感じだろう。明美の実力をしらないのだ。

ノルマーのキツイバレエ団で小学6年生がピークだったプリマのオーロラの時、1幕のローズアダジオが軸がフラフラでいつ落ちるのかとひやひやで一応最後まで落ちずにやりきったとき拍手が大きかった。

「すばらしい」ではない。

「よかったできて」の子供の発表会の気持ちだ。それだけ日本のお客様は優しい。30すぎのプロの下手くそなプリマでもそうなのだ。

今、固唾をのんで見守っている。

明子は技術的にはなにも心配していない。今も軸の突き刺しは強くポールドブラも正確だ。そして普段一緒に練習していたので沢村とのパートナーリングもピッタリだ。プロはそこからどれだけ訴えかけるかだ。技術だけなら中高生の凄い子の方が客にうけるだろう。若いのにプロなみだと。

「私たちは普段の積み重ねでにじみでるオーラだ」いろいろなものを犠牲にし時間をかけてたどり着いたものがなければだめだ。そしてそれが観る者に伝わらなければ明日はない。

「明美、しっかり」と明子は思う。でも今見ている彼女はとてもチャーミングで素敵だ。他の人もそう見えているだろうか自分はもう冷静な目ではみていないことに気付いた明子はまた心配になる。

「大丈夫、受けている」と願いながらつぶやいていた。


 アダジオは大きな失敗なく終わったと思う。2人も楽しんで踊れていた。小さなミスはいつでもつきものだ。ピケアンデダンアラベスクの左回りが少しグラつき、跳び込んでの肩載せが載り切らず2段モーションのようになった。

「大丈夫」とまた明子は客の拍手に答えてリベランスをする2人を見ながらつぶやく。

客の拍手は予想以上に大きかった。

 沢村はそのまま舞台に残り明美を見送ると移動していく。

袖にひっこんで来た明美を明子は抱くように捕まえ

「良かった、良かった、大丈夫、大丈夫」と意味のない励ましを言う。

明美はさすがに息が上がっている。

舞台では沢村がポーズをとり金平糖の男性ヴァリアシオンが始まる。男性のソロは女性と比べて短いのでほとんどのものが50秒ほどで終わってしまう。

明子は明美の汗をティッシュやタオルで押さえ、呼吸が落ち着くとペットボトルを渡し水分補給をさせる。淺櫻バレエの金平糖の女性ヴァリアシオンは最後にマネージがある長いバージョンだ。まずはコーダの前にこのソロを踊りきるのがたいへんだ。もう出る袖に向かわなくてはならない。まだ汗を押さえなければならないほど次から次とふきだしてくる。明子は拭きながら一緒にそでに入る。

沢村は踊り終わりリベランスをしている。客が沸いている。彼の踊りは若々しく努力の成果がみえて客に受ける。

明美は軽くはねている。リラックスしようとしている。沢村がはけると、客席が静かになる。いつもより静かに感じる。客たちも緊張しているのだ。

明美は動きを止め舞台に出ていこうとする。その後ろ姿に向かって

「最後のマネージ跳ぶのよ」と明子は声をかける。

明美、怒ったように振り向き軽くうなずく。

 明美、上手から舞台に出てくる。

 いつもダンサーなど見たこともない山下が笑顔で顔を上げている。

「ドラチャンできるじゃない。」と袖で明子。「呼吸」と明美に

 明美ポーズで板付き踊りだす。

 山下それに合わせて音をだす。明美の動きに合わせてくれている。

 音楽と踊りが一体で気持ちがいい。いつもは見せたことのない山下が優しい音をだしている。明美がトウシューズで歩くと彼女の足先から音楽が演奏されている。パドブレをバッチュから足を前に出すだけのパで簡単そうに見えるが繊細な表現で難しい。ピケアチチュードを後向きでしながら下がり、ポーズをとりドバンに上げて軽いジュッテなのだが徐々に体力を奪っていく。間のパドブレも大変だ。ピケアラベスクからフェッテルチレを4回しパッセルチレを3回しパドブレスデニューをしバックステージに走る。パディシャ、スデニューを3セットしピケアラベスクパドブレを3回繰り返す。とにかく金平糖は繰り返しが多い。古典作品の中で原盤とされるものが残っておらずワイノーネンに代表されるようにいろいろな振付があるがロイヤル版は同じことをやらせて古典ぽい。

ドラちゃんは明美を良く見て上手じょうずにとってくれている。最後のプレパレーションも待ってくれている。彼女が大きく呼吸をしピケを突き刺すと音楽が流れマネージを後押しする。ピケスデニューからアンポアテをしそのあとにジッテアントルナンをいれている。明美はジャンプがいいので練習で入れていた。それを本番でもやっている。

「しっかり」と明子、思わず声がでる。そのあとも「そうそうそー」と言い続ける。

明美はソデバスクも入れて最後の回転をしていく。上手かみて前のかなり端から始めたのに下手しもての袖の中に入りそうなところでポーズをとり終わる。

大きな拍手が起き「ブラボー」の声が飛ぶ。小柄の彼女が舞台の端から端まで使って踊ったのだ受けないわけがない。

明美は満面の笑みでリベランスで答える。

明子は練習以上の踊りだと思う。本番は練習の6割ができれば上等と挑む。なかなか今のようにできるのは難しい。明美もスターの要素をもっている。スターはここぞというときにシュートを決めなけれはならない。

 袖に入って来た明美はさすがに呼吸がみだれ汗が噴き出している。明子は汗をメイクが落ちないように気を付けながら押さえ、ペットボトルを差し出す。明美、呼吸をゆっくりするようにして合間に水分をとる。音楽がなると30秒ほどで舞台にでなければならない。

沢村はゆっくりと間をもち歩きも遅くしボーズを優雅にして音をもらう。

明美、一番奥袖に移動し呼吸と気持ちを落ち着けようと手や足をブルブルしたり首を回したりする。

「フェッテからだ。16だから思いっきり」と呟く。出の音をぎりぎりまで待ち小走りで登場しパドブレを細かく素早くし4番からピルエットでフェッテに入る。少し力み過ぎではないというくらいスピードを上げて回転していく。

「早い」と舞台袖で明子

明美フェッテからそのままの勢いでシェネに入っていく。拍手が沸き起こる。

2人はノリノリでその後を踊っていき、沢村は中央でアラセゴンターンをしその周りを明美がピケでマネージをし最後、彼女が沢村に走り跳び込みリフトポーズで終わる。

ストップ。

「まだ止まってていいよ」と明子。

拍手に答えてポーズを続ける。


 明美が袖に飛び込んでくると汗を軽く押さえ水分補給をさせる。明子の周りに手すきの団員が集まっている。

「フィナーレが終わったら私のところに来るのよ。ここにいるから」

明子当たり前の指示を彼女に言う。


 明美と沢村のフィナーレの2人踊りをするとお菓子の国の住人たちの総踊りになっていく。踊りながら金平糖の明美を隠すように囲む。客席からは見えないところで袖に入る。

 終結の曲になっていくと舞台は客間に戻っていく。

 袖の中はお菓子の住人から客人に早着替えで大騒ぎ。

 明美はいち早く舞台にでなければならないので明子以外に手伝ったもらっている。

後の縫い合わせを切るとスナップをはずしファンデーション一枚の裸の状態になる。周りの早着替えの団員たちも同じだ。裸になっても誰も恥ずかしがらない。その暇がないのだ。明子がクララの衣裳を下から着せ、別のものが後を留めると、明美、真っ暗な舞台に走り出て、ソファーに跳び込み寝る。

周りも舞台転換が終わり客間に戻っている。照明がゆっくりと明るくなっていく。

着替え終わった客人たちが酒を飲んだり、談笑したり、もう寝てしまっているものもいる。その中でクララの目覚めの音になり、ソファーで寝ていた明美、目覚め辺りを見回しお菓子の国ではなくなっているのに気付き寂しくなるが傍らにくるみ割り人形をみつけ抱き寄せる。と視線の先にお母さんを見つけ走り、その胸に跳び込むと幕が閉じていく。


 団員たちは全員舞台からはける。

客席から拍手が沸き起こる。

明子は明美を抱き寄せ「よくやった」と言う。

明美泣きそうになる。

明子「笑顔でカーテン・コール。お客様が待っているよ」

明美「はい」ともう涙声。

「開けますよ」と舞監の声で再び幕が開いていく。

コールドから出ていき少しづつ出ていく人数が減っていき。ドロッセルマイヤーがあいさつすると主演の2人を呼ぶ。

明美と沢村がてでいくと歓声が大きくなる。客たちも心配していたのだ。観ている方も緊張が解き放たれたようになっている。

明美の目から涙が溢れて頬を流れている。

舞台袖には明子の横に指揮者のドラちゃんがいつの間にかきている。

「彼女良かったんじゃない」

「ありがとうございます。」と明子

「これから楽しみね」

明子、明美が山下のことを忘れているんじゃないかと手招きする。

明美「あっ」と気づき袖にくる。

「ひどいな、忘れてたでしょ」と山下。

「すみません、慣れていなくて」と明美、山下の手をとり舞台にエスコートする。

山下、満面の笑みでそれにこたえて舞台にでると、お辞儀をしオーケストラに挨拶を促す。彼らも立ち上がり客にお辞儀をする。

カーテンコールが続く中、後ろからお菓子をのせたワゴンが出てくると、団員たちがそれをとり客席にばらまいていく。

楽しそうな歓声に包まれる。

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