第11話 「くるみ割り人形」仙台後
仙台の公演後の新聞の批評は上々だった。
翌日の朝刊各紙に簡単な記事が載り、土曜日などの芸能関係のコラムで詳しく載せてくれる新聞もあった。どれも好意的なもので、プリマの突然のけがをバレエ団全員がカバーしすばらしいものにした。特に主役を交代した明美はとてもチャーミングでテクニックも安定し素晴らしいバレリーナだ。アーティストの中に主役を踊れるダンサーがいるなんてバレエ団の層の厚さがうかがえた。と。
青山が東京の仕事を終えて合流したのは次の公演日の午前中だった。
会館でのリハーサル室でバーレッスンを終えた直後だった。
東京からの電話でもかなりの怒りだったがこの時の形相は凄まじかった。
明子は青山を誰よりも早くみつけ、とにかくレッスンの邪魔にならないように応接室に押し込んだ。明子は青山も落ち着かせるようにソファーに座らせ、自分は身体が冷えないようにダウンの上着を羽織る。明子は改めて青山がこれ程怒っていることが理解できない。彼女が舞台がどうにか無事に終わったことを電話で知らせると、「よくやった」とか「たいへんだったね」とかの労いの言葉は彼の性格からないだろうとは思っていたが、
「何考えてんだ」と怒鳴られたときにはそのまま言葉を返したかった。
明子は怒りだすととまらないことを知っているので黙って聞くしかなかった。
青山は「まずは俺に連絡だろ」で始まりなんの相談もせずアーティストの明美を代役にしたこと、「俺の作品だぞ」を繰り返し中身のない批判で終始した。
他に2人主演ができるやつがいるのになんでいきなり明美なんだとそこを説明しなければならないほどの人なのだ。
1人目の
まあ、青山の気持ちを一つだけ汲み取れば、
「明美の上にどれだけの人間がいると思うんだ何人とばすんだ。」
これからバレエ団内の不満分子がいっぱい出て来るだろう。成功したので妬みもある。
しかし、明美が人一倍情熱をもって日々練習をしてきた結果だ。必然だ。
「それを治めるのがあなたでしょ。」と言いたいがすでに爆発しているので話にならない。今も団員にあいさつもしなかった。
口をひらけば「なんで俺に連絡しなかった。取返しがつかないだろ。」だ。
そこは明子はまた説明する。
「休憩は20分、舞監に言って5分押しで計25分しかない中での判断でした。評判は上々だし取返しのつかないことにはなっていないと思う」
少し黙り、「まず俺にお伺いをするんだ。俺のバレエ団だ」
言うことは同じ、自分抜きでうまくいったので気に入らないのだ。それよりも次の北海道公演を誰がするのかをきめなければならない。
有紗のパートナーは
まずは今日のキャストも変更するのかしないのか、南回りの公演で調整するのかを今、熟考して決めなければならない。そしてパートナーを失った、沢村莉央のこともある。青山に早く落ち着いてもらい話し合いたい。できれば明美に今のポジションで「くるみ割り人形」を踊らせたい。明子はそれを説得したくてうずうずしている。
「北海道は郁美と沢村でいく」
「どうして、そのまま明美でいいじゃない」
「だから、ものには順序がある。明美はまだソリストにもなってないんだぞ」
「でもできるし現にできたわ。沢村とも踊りなれてるし」
「郁美と沢村も踊ったことがある2日あれば合わせるのは簡単だ。」
「雪とアラブもパートナー変えるの」
「いや、有紗と護守が続けてやる。郁美がこの中では一番古く地位も上だ」
「フーン」明子言葉がでない。確かに振付は同じだしお互い順番も入っているし合わせるところを合わせれば問題ない。全く組んだことのない相手ではないので大丈夫だろう。
「他の地方はどうするの?」
「まだ少し時間がある。考えとく、とにかく明美はまだ早い」
「話題になると思わない」
「話題だけではだめだ。今後のこともある」
「でも・・・」
「話は終わりだ。俺が決める」
「私も副団だけど」
「俺は団長だ。芸術監督だ」
どうしてこんな人がトップなんだろうと明子は思う。ドラマに出で来るわがままな絵にかいたお坊ちゃまだ。このままこの人の思い通りに死ぬまでいくわけがない。いってはいけない。そんな世の中なら嫌になる。まあこんな人と形だけでも夫婦をやっている自分もダメで嫌になる。明子は少しでも団が良くなるなら団員のことを尊敬し敬い大事にし意見に耳を傾けるべきだ。
「話は終わりだ」と言い青山、サーッと出ていってしまう。
もう溜息しか出ない。今日は私、本番だからまずは集中しなければと明子も出てリハーサル室に戻る。
明子が廊下に出ると久美が東京から来ていて若手の団員のスマホを食い入る様にみている。その団員がそでからこの間の仙台公演を撮っていたのだ。明美の金平糖を観ていたのだ。
「久美先生iphoneですよね」
「そうよ」と久美は答え
「じゃ、エアドロップでおくりますよ」
「なに?」
「スマホあります」
などとやりとりしてると「わぁ」と軽く明美が歓声をあげる。
2人のやりとりを微笑ましく見ながら明子、久美にちかずくき彼女のスマホを覗き込む。
「わ、きれいにとれているわね」と声をかける。
「あ、すみません気づかづ」
良かったどんな形にせよ親の久美が明美の金平糖が観れたのだ。
「いいのよ、明美素敵だったわ」
「ありがとうございます」
気持ちを切り替えなければ今日は自分の舞台だ。どんなときも気を抜かず心を込めて努めなければ、初めて私の舞台を観る人が必ずいる。がっかりさせてはいけない。
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