スーパー観光

 カートにカゴを乗せ、いざ買い物開始。


 俺はカートを押しながら、桜木の背中を追う。


 彼女は自炊もするし、よくこのスーパーで買い物もしているようで、どこに何があるのかをすっかり把握しているようだ。だからこそ、カートを押す俺を引き連れ、すぐに目的のお肉売り場に向かおうとした。


 だけれども、そこに待ったをかけたのは有泉だった。


 入り口からお肉売り場までの道のりにある、パンコーナーやお惣菜コーナーを見て、興奮した様子でウロチョロと歩き回っていたのだ。その姿はまるで観光に来た観光客のよう。しまいには、記念撮影などと称して自撮りをする始末。


 別に喜んでいるようだし、こちらとしても悪い気はしない。俺達はなるべく他のお客さん達に迷惑をかけないように配慮しながら、有泉のペースに合わせスーパーを回る事にした。


「有泉さんって、スーパーじゃなくても、コンビニとかも行ったことないのか? 前にゲームセンターは行った事があるって言ってたけど」


「コンビニは3回だけかな。ゲームセンターは1回きり。もちろん、スーパーは今日が初めてだしね〜」


「それはある意味凄いな。それで、スーパーはどんな感じだ? 楽しいか?」


 今の彼女は体全体から、そしてその動きの1つ1つから楽しさが滲み出ている。それ故、楽しんでいるというのは明白であるのだが、そう改めて問うてみる。 

 そうすると、彼女は1度ぐるりとスーパーの内部を見回した後、大きく縦に1回首を動かした。


「うん、めっちゃ楽しい」


 平々凡々の庶民である俺には、スーパーが楽しいという感情は理解し難い部分があるものの、俺は彼女の笑みに引っ張られるように、同じく笑顔となった。

 どちらかというと、スーパーでの買い物は退屈であるし、幼少期には無理やり親に買い物に連れてこられた記憶しかなかった。それでも今日だけは、そんな退屈だった買い物が、何故だか楽しく感じられた。


「それは良かった。まさかそんなに楽しんでもらえるとは思ってなかったよ」


「うん、こうやって歩いてお店を回るっていうのも新鮮だし、めっちゃ良いね〜」


「歩いて回る? なら、普段の買い物はどうしてるんだ?」


「服は通販が殆どだけど、お店にもたまに行くかな。ほら、あの日本橋だっけかにある、大きなデパートとか」


「あっ、そこだったら高校の入学祝いを買ってもらうために行ったことあるよ。確か、四越だっけ?」


「俺は名前だけなら聞いたことあるぞ。ああいう百貨店って高いイメージしかないけどなー」


 二階堂は、有泉が言ったその老舗百貨店に訪れた事があったようだ。

 対して俺は、名前だけしか知らなかったのだが、高級な部類に入るお店だと記憶している。


 しかし、いくら高級店と言っても百貨店だ。普通ならば、歩いて回るという点において、このスーパーと形式は同じであろう。だからこそ、有泉の言った「歩いてお店を回る」という点に疑問が残る。


 そう考えたのは、訪れた事のある二階堂も同じだったようで、記憶を確かめるように、顎に手を当てながら、有泉に質問した。


「私もそのお店に行った事あるけど、普通に歩いてお店の中を回ったと思うんだけど。レイちゃんは違ったの?」


「えっ、そうなの? 私の場合、車から降りるとお店の人が来て、そのまま会議室みたいな大きな所に案内されるんだよね。それで待ってると、欲しかった商品を持って来てくれた気がしたけど〜」


「多分、有泉の場合、特別待遇的な何かだと思うけどな」


「うん、村瀬の言う通りね、この前テレビで見たんだけど、そういう高級百貨店って、ご贔屓のお客さん用のVIPルームがあるらしいわよ。麗奈が言ってるのはそこだと思うわ」


「あれって、VIPルームだったんだ。初めて知った〜。皆んなああやって買い物してるのかと思ってたわ〜」


「麗奈って、空港でもVIPラウンジみたいな所でお茶してたしね。多分、そうだと思うわよ」


「あっ、そうそう。私達がこっちに来る時に、凄い豪華な所で待ってたもんね」


「へぇ、空港にもそんな所があるのか」


 桜木も二階堂も、有泉のVIP待遇に心当たりがあったようだ。


 しかし、そう指摘された有泉は、ほへ〜という様子で、合点がいっていないような表情をしている。反対に、そんなVIP待遇に憧れでも持っているのだろうか、二階堂は目をキラキラとさせている。

 そして不思議がっている俺に、二階堂は高ぶった様子で説明を始めた。


「いやー、あそこは凄かったよ。飲み物が飲み放題だったし、椅子もフッカフカだったし、美術館くらい絵が飾ってあったしね。それに、レイちゃんに呼ばれてそこでお茶したけど、緊張して飲み物が喉を通らなかったよ」


「ふふ、そうね。あそこを出た後、飲み放題だったのに全然飲めなかったって残念がってたもんね」


 思い出を振り返って興奮が蘇ってきたのか、少し早口で話した二階堂。桜木はそんな彼女を、クスクスと笑いなから、微笑ましく眺めている。


「モモちゃん、そう言われると、私が食いしん坊みたいじゃん」


「ふふ、いっぱい食べる子は男子にモテるみたいだから良いじゃない」


「いや、そういう問題じゃなくて。って、へ、その方がモテるの? えっと、それなら、まぁ、食いしん坊でも良いのかな〜なんて」


 頬を赤くして声を大きくする二階堂をかわすように、上手く話の行先を逸らす桜木。

 その策にまんまと引っかかり、二階堂は頬を赤くしながらも、どこか満更でもない様子で、惚けるような顔になる。


「そうよ。ね、村瀬?」


「は、は? 俺!?」


 予期せぬ口撃に、俺は手で押すカートをガクリと動かす。


 桜木は小悪魔な笑みを浮かべているし、俺の事も茶化して楽しんでいるようだ。

 有泉に関しても、手で口を隠しているものの、口がニヤケているのは確実。

 逆に二階堂は、俺の事をチラチラと確認してくる。そんな彼女は、胸の前で両手を握りしめている。まるで興味が無いように目を合わせてこないが、絶対に俺の答えを待っているに違いない。

 そうなれば、食いしん坊は嫌いだなどと言える筈もない。まぁ、いっぱい食べる子は可愛らしいし、どちらかといえば好印象なのだが、他称食いしん坊が目の前にいると小っ恥ずかしい。


「ね〜、どうなの村瀬。ちなみに私も結構食いしん坊な方なのよね」


 くっ、さらに答えづらくしてきやがって。


 だが不肖、村瀬真斗。嘘を吐く事はできない。

 いや、食いしん坊は好きでないと言って、二階堂を悲しませる事はできない。


 恥ずかしいが、正直に言ってやろう。


「あぁ、いっぱい食べるのは良いことだし、どちらかと言うと、食いしん坊な子の方が好きかな。それに俺の周りも、少食な女子より、いっぱい食べる女子の方が好きって奴が多いしな。だから、食いしん坊でも全然良いんじゃないか」


 周りの友人の例も挙げて、少しでも恥ずかしさを減らす高等テクニック。俺の意見は普通だぞと付け足す事で、保身とともに、相手にも好印象を与えるのだ。

 

 ふふ、どうだ、桜木。

 もっと、答えるのを渋って、恥ずかしがるとでも思ったか。

 俺だって成長するのだ。


「へ〜、そうなんだ」


 桜木は何でもないように答える俺を見て、どこかつまらなさそうに言葉を返す。


「ほ〜、そうなんだね。何か安心した」


 二階堂は一回深く息をつくと、言葉で表したように、安心したように肩の力を抜き、握り締めていた両手の力も緩めた。


 だが、そんな2人はよそに、急にパタパタと惣菜コーナーに向かって小走りで向かう有泉。

 皆はどうしたのかと、有泉を見つめていれば、彼女は小さな紙袋を手に戻ってくる。


「ねぇ、マサっち、いっぱい食べる子が好みなら、これ奢ってよ」


 そう言って目の前に差し出されたのは、コロッケが入った紙袋だった。紙袋の一部は透明のフィルムになっており、その中には美味しそうなコロッケが2つ入っている。フィルムは湯気で湿っており、見ただけで熱々感が伝わってくる。


「コロッケか?」


「そう! 美味しそうでしょ〜」


「そうだな。まぁ、初スーパー記念として奢ってやるか」


「マジ!? やった〜」


 紙袋を持っている手とは反対の手で、グッとガッツポーズを決めた彼女は、カゴの中にその紙袋を入れた。

 そんな光景を羨ましそうに見ているのは二階堂。やや口を開け、フィルムの向こうに見えるサクサクそうなコロッケを見つめている。


 俺はそんな彼女を見て、カートを押しながら惣菜コーナーに向かう。


「俺もコロッケ食いたいし、二階堂も桜木も食うか?」


「え!? 村瀬君も!? なら私も食べたい」


「そうね、小腹も空いたし食べようかしら」


 二階堂は喜びを隠す事もせず、ブンブンと首を縦に振りながら答える。桜木もお腹をスリスリと摩りながらこれに答えた。


「それなら〜、2つ入りのやつをもう1セット買えば良いっしょ」

 

 そう言って、先程彼女が持ってきた、コロッケが2つ入った紙袋を手に取った。


「有泉さんが2つ食べるんじゃないのか?」


「ん? もともとマサっちに1つあげようと思ってたから大丈夫よ〜。これで4つで丁度良いしね〜」


 こうしてカゴの中には小さな紙袋が2つ。


 カレーの材料を買いに来たというのに、初っぱなから脱線してしまったが、これも良い思い出と言えよう。ある意味、本来の目的とは逸れてしまった、無関係な品物を買うというのも、案外買い出しの醍醐味かもしれない。


 こうして有泉のため、スーパーマーケット観光を進めながら、買い出しを続けていくのであった。

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