スーパーなマーケット

 水曜日に行った打ち合わせでは、カレー作りの日時や場所が決定した。そして、さらに俺ら5人以外に、俺の父さんと母さんにもカレーが振る舞われる運びとなったのだ。


 気の知れた友人ならばいざ知れず、うちの両親もカレーを食べる事になって、桜木のモチベーションはさらに高まったようだ。


 話によれば、桜木はカレー作りを二日後に控えた金曜日の夜に、なんと味のテストと改良も含めて、実際にカレーを作ったようなのだ。

 その話をDMで二階堂から聞き、彼女の熱の入りようを知った。そのため、食べるこちら側までも、身が引き締まる気持ちとなった。


 あまり自炊はしてこなかった俺だが、何か手伝える事があれば手伝う気満々であった。しかし、そんな裏事情を聞いてしまえば、逆に迷惑になりそうだし控えた方が良いかもしれない。

 食べさせてもらった感謝を含め、皿洗いをするくらいがベストだろう。

 下手に手伝って、ルーを焦がしてしまったりなどしたら、目も当てられないのだ。


 そんな俺も日曜日のカレー作りに向けて、付け焼き刃ではあるが、カレー作りについて勉強しておいた。


 実は中学の林間学校でカレーを作った事がある俺だが、あの時は酷い出来だったのだ。水っぽくてシャバシャバ。じゃがいもは火が通っておらずシャリシャリ。極め付けは底を焦がして味が苦くなってしまった。


 だからこそ、同じ轍を踏まないために、そして桜木のカレー作りを成功させるために、邪魔しない程度にだけは知識を蓄えようという腹積りだ。


 こうして俺は、毎日マネージャー業務を行うと共に、並行してカレー作りについて勉強していった。


 そして土曜日の午後、翌日に迫ったカレー作りに向けて、材料の買い出しをする事になった。メンバーは俺と桜木と二階堂、そして有泉の4人。


 今は、最寄りのスーパーに向かっている道中。話題は具材の材料費についてだ。


「村瀬、いくら貴方のご両親も食べるからといって、材料費を払ってもらうのは悪いから、申し訳ないけれど断っておいてね」


「ああ、桜木がそう言うなら伝えておくな」


 実は、うちの両親も桜木が作ったカレーを食べる事になった際、それならばと、親が材料費くらい負担すると話したのだ。

 その事について以前話をしたら、勿論桜木は遠慮したいと申し出た。何故ならこのカレーだって、いつも俺の家にお邪魔しているお礼を兼ねた品であるからだ。


「いつも村瀬の家でうるさくしてしまっているし、材料費まで負担してもらうなんて無理よ」

 

「そうか? うちの親も、桜木達が家に来ることを煩わしく思っていないし、俺が言うのも何だが、そこまで気にする事でもないと思うけどな」


 実際3人は律儀な事に、毎回ではないが、俺の家に訪れた際、先のカップチーズケーキも含め、幾度か手土産を持参してきた事があった。

 だからうちの親には、礼儀正しくて良い子達だと好評だ。そして話したように、桜木達が家に来るのを悩ましく思うどころか、美憂にも親しく接してくれるため、逆に大歓迎している。 


「そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり申し訳ないしね。前に決めた通り、材料費はこの4人で折半で良いわよ」


「私も割り勘が良いかな。村瀬君家で結構うるさくしちゃってるしね」


 桜木は頑固というか真面目というか、こう律儀なところは尊敬する。

 実は、こうして買い出しに来る前に、母さんに半強制的に材料費を持っていかされそうになったのだが、桜木が困るだろうと断固拒否した。

 今の桜木達の様子を見ると、やはり材料費を拒んだのは正解だったようだ。


 そうこう話していれば、どんどんとスーパーに近づいていく訳だが、後ろを歩く有泉はひどくご機嫌だった。それこそ、背後から小さな鼻歌が聞こえてくる程に。


「レイちゃん、楽しそうだね」


 その様子にいち早く気がついた二階堂は、楽しそうな有泉に釣られたように微笑みながら、彼女に話しかけた。


「もっち〜、当たり前っしょ〜。スーパーマーケット?とか初めてだしね〜。どんなところなのかな〜」


「ははは、スーパーマーケットが楽しみなのか」


 まさかスーパーマーケットが初体験だと言う有泉に、驚きを隠せない。

 鼻歌すら奏でながら、スーパーを心待ちにしている彼女に、俺は思わず笑い声を漏らしてしまう。

 てっきり、カレー作りが楽しみで仕方ないのかと考えていたのに、まさかスーパーの方が彼女の興味をそそるとは。


「いや〜、カレーも楽しみだけどね。でもスーパーマーケットって、スーパーなマーケットなんでしょ。スーパー楽しみ」


 スーパーという響きが気に入ったのだろう。彼女は続け様に、『スーパー』という単語に恋した乙女のように、うっとりとした表情で小さく歌い出したのだ。


「ス〜パ〜、ス〜パ、ス〜パ〜。ス〜パ〜なス〜パ〜」


 スーパーマーケットは彼女の琴線に見事触れたようだ。

 俺を含め、スーパーに行き慣れている桜木と二階堂は、苦笑いをしながら彼女の歌声を聞いていた。なんせ、スーパーをここまで心待ちにしている人間など見たことがなかったからだ。


「麗奈、スーパーといっても普通のお店だから、そんなに期待する程の事じゃないと思うわよ」


「え〜、期待するしょ〜。なんでスーパーなんよ、スーパー。ノーマルじゃなくてスーパーなんよ」


「あの、有泉さん、確かにスーパーマーケットって名前だけど、多分そのスーパーの意味とはちょっと違うかもな」


「確かに〜、ノーマルマーケットなんて聞いたことないもんね〜。ならハイパーは? ウルトラは?」


 有泉はスーパーマーケットを言葉通り、スーパーなマーケットだと勘違いしているようだ。

 だからこそ彼女は、ノーマルマーケットやハイパーマーケット、はたまたウルトラマーケットがあると誤解しているようだ。


「えっとね、レイちゃん。残念だけど、ハイパーマーケットもウルトラマーケットもないかな」


「え? マジ? ならスーパーマーケットが最上位なの?」


「うん、最上位なのか? いや、最上位ではないかな」


 今から行くスーパーは、どこにでもある一階建ての極普通のスーパーだ。失礼だが、最上位とは言えないだろう。

 俺も何回も行き慣れた場所であるし、この極々普通のスーパーを、童心に戻ったように目を輝かせ、期待している彼女を憐むというか、何だか申し訳なくなってくる。

 これなら、少し離れた所になるが、モールも併設されている大型のショッピングセンターにした方が良かったかもしれない。


「って、あれ!? あれっしょ? ほら、見て〜!」


 興奮したように話す有泉は、住宅街から顔を出すように現れたスーパーマーケットを力強く指差した。


「そ、そうね、あれが目的地のスーパーね」


 同情するように、小さな声で辿々しく返す桜木。


 それでも、テンションが高くなった有泉は俺らの視線などお構いなしで、俺らを置き去りにするが如く、早歩きでどんどんとスーパーに向かっていく。


「レイちゃん、速いよ〜」


 二階堂の静止の声にも、「ほら、早く早く〜」と、まるで遊園地を目にした子供のようにはしゃいでいる。


 そして俺達4人はスーパーにたどり着いた。


 目の前には、見慣れたごく普通のスーパーマーケットが1つ。


 俺達は有泉の顔に恐る恐ると目を向ける。


 だが、俺達の心配を度外視するように、有泉は目を見開き、驚きと喜びを表現しながら、口角は嬉しそうに上がっていた。


「車の窓からとか、テレビの画面からとかしか見たことなかったけど、やっぱりスーパーじゃん!」


 こうして有泉にとって、人生初のスーパーでの買い出しを経験する事になったのだった。


 




 



 


 



 

 

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