カレー会議

 昼休みに二階堂が田所という先輩に絡まれ、それを三ツ橋が撃退したあの一件は、影で『三ツ橋の変』と呼ばれるようになった。

 それというのも、カースト最上位に君臨していたあの優男に不信感が高まり、カースト事情に変化が起きた事に起因している。

 それでも彼はサッカー部エースのイケメン男。多少風当たりが強くなった所で、カースト上位の位は揺らいでいないようだ。


 そんな三ツ橋の変から次の日、いつも通り授業を終えた俺は、自宅に二階堂と桜木を招く事になった。理由は、料理動画の撮影場所と日時を調整するため。

 有泉は欠席だが、その代わりに妹の美憂が打ち合わせに参加している。


 元々は仲良くなった桜木と美憂が、プライベートでカレーを作ろうという話だった。

 それならばという形で、動画を撮影する流れになったために、美憂も打ち合わせに参加する事になったのだ。


 一応、美憂には動画を撮影する事は伝えている。

 しかしVtuberという名称は伏せ、桜木が趣味でしている個人のPwitterに投稿する、動画用の素材だと説明した。

 それならばと、美憂は桜木のそのPwitterのアカウントを知りたいと申し出たが、高校の友達用だからとやんわり断ったようだ。


 そうして今は、有泉から聞いた予定を確認しながら、カレー作りの日時を決めている。


「私は今週だと、土曜日は部活で厳しいんですけど、日曜日なら空いてます」


「俺は部活も無いしいつでも平気だぞ」


 美憂の中学では部活は強制的に加入しなければならず、美憂も例に漏れず部活動に参加している。

 その点、新学期早々幽霊部員になった俺は、部活もないし、基本的にオールウェイズ暇なのだ。


「私も部活も無いしいつでも平気かな」


 対して二階堂は最初からどの部活にも属していない。

 別にうちの高校は部活に入るか入らないかは自由だ。だからこそ、高校入学前からVtuber活動を始めていた桜木や有泉を含めた3人は、部活動には所属していないのだ。

 

 まぁ、ちなみに俺は元々剣道部に所属していたのだが、顧問との反りが合わず、部活に参加しないようになってしまった。

 それのいうのも、うちの剣道部はバリバリの体育会系で、坊主必須。それよりも、あのスキンヘッドの顧問が怖すぎたのだ。 

 中学も剣道部だったが、部活中に竹刀で野球をしていたような俺には、到底ハードルが高すぎた。


「えっと、待ってね。うーんと、麗奈は今週の土日は大丈夫そうね。それと私の方も、うん、日曜はバイト無いから大丈夫よ」


 桜木は部活をしない代わりにアルバイトをしている。彼女は店に来られたら嫌だからと、バイト先は教えてくれないのだが、週2、3日程度でアルバイトに精を出しているようだ。


「おお、そうすると今週の日曜日は一応皆んな休みか」


「そうね、今日が水曜日だし、少し急な気もするけど、機材も料理道具も揃ってるし、具材なんて近くのスーパーですぐ揃えられるし、日曜日で良いかもしれないわね」


「私は日曜日で大丈夫だよ」

 

「私は日曜日だと有り難いです」


 5人の予定を合わせるとなると、日時の決定に難航するのではと気にしていたが、存外すぐに決まってしまった。

 結局、5人中3人は部活もバイトもない暇人だし、当然だろうか。


「よし、なら今週の日曜日に決定ね。麗奈にも伝えておくわ。それで、何時頃から料理開始する?」


「昼ごはんとして、12時位に作ったカレーを食べるなら、11時半開始とか? 30分位あれば作れるんじゃないか?」


「もぉ、お兄ちゃんは自炊しないから分からないかもだけど、カレーって案外時間かかるんだよ。レンジでチンじゃないんだからね」


「そうだね、それも1人や2人分じゃないし。アイちゃん、1時間位はかかるんじゃない?」


「今回は市販のルーじゃなくて、スパイスから作りたいし、それにちゃんと煮込みたい。だから、2時間近くかかるとして、余裕をもって10時開始が良いかしら」


 いつになく真剣な顔つきで考え込む桜木。彼女はスパイスにハマっていると言っていたし、本格インドカレーを作ってくれるようだ。

 いつもはレンジでチンで食べられる、所謂日本風のドロッとしたカレーしか食べてこなかった俺としては、スパイスの効いた本格インドカレーに思わず涎が垂れそうになる。


 一回、彼女の手作り弁当を食べて、彼女の料理の腕が一流なのは確認済みであるし、かなり期待できる。


 妹の美憂も、どこか尊敬する姉、いや先輩を見るようなキラキラとした眼差しを桜木に向けている。


「それは楽しみだな。そういう事なら10時に料理開始できるように、機材のセットも含めて、俺らは9時半に集合しよう。美憂は10時集合かな」


「えー、お兄ちゃん、私も9時半が良いよー」


「いや、撮影用の機材を準備するだけだから、美憂は10時集合で大丈夫だぞ」


 別に機材をセットしている所を見られたらまずい訳ではないが、やはり事情を知らない美憂がいない方が、作業が捗るのも事実。

 仲間外れなようで、頬を膨らませる理由も分かるが、どうか抑えて欲しいところだ。


「別に遊ぶ訳でもないから、美憂は10時集合な」


「えー、ケチ〜」


「美憂ちゃん、ごめんね。機材のセットでバタバタするだろうから、10時まで待っててくれると嬉しいかな」


「えっ、大丈夫です! 桜木先輩に迷惑かけられないので、勿論大丈夫です。10時集合ですよね、分かりました!」


 美憂め、俺が言っても執拗にごねる割に、桜木に優しく言われると手のひらを返すように意見を変えてきた。仲が良いようで何よりだが、兄としての威厳云々より、単純に寂しくなってくる。


「ありがと、なら私達は9時30分集合で、機材の準備が出来次第、直ぐに美憂ちゃんを呼んで、料理開始にしましょう」


「ありがとうございます!」


 10時集合ではなく、準備が出来次第呼ばれるという形になり、少しでも早く参加できるのではと考えた美憂は、パァと表情を明るくした。

 桜木自身も美憂の事をかなり気遣い、可愛がっているようで、いつになく優しい表情をしている。


「なら時間は決まったとして、場所はどこにしようか?」


 時間が決まれば次は場所。日曜日という事で、父さんも母さんも家にいるし、俺の家でやるのはいささか気恥ずかしい。できるなら2人の家のどちらかにして欲しい。


「お兄ちゃん、ならうちでやってもらえば」


「え? うちか? でも母さんも父さんもいるからな」


「そうね、それだと迷惑もかかるでしょうし、手狭だけど、私の家にしましょうか。元々私が提案した事だしね」


 俺が言うのも何だが、美憂は中学生で絶賛思春期真っ盛りだろうに、母さんとも父さんとも仲が良い。

 これくらいの年齢なら、「お父さんの服と一緒に洗わないで」などど親不孝なセリフが聞かされるものかと心配していたが、ドラマの中だけだったようだ。


 しかし、桜木は迷惑がかかるという面で、俺の家を使うのは気が引けたらしく、彼女は自宅を提案した。二階堂も同意見なようで、うんうんと頷いている。

 

 有泉邸のキッチンも考えられたのだが、その案は以前に早々に却下された。

 それというのも、キッチンではなく最早厨房といえるような大きさで、かつ一流料理人が常に控えているようなのだ。

 

 そうなれば、俺達が料理をしているところを、どこぞのホテルで勤めていた凄腕のシェフ達に見られる事になる。

 いかに料理が上手い桜木といえど、そんな緊張下で料理をするのは酷だろう。


 それに厨房はシェフからすれば神聖な場所。それを有泉ならともかく、見ず知らずの俺達が汚すのは失礼だろうという理由で、却下されたのだった。


 そして、うちで料理する事を断られた美憂は、何か言いたげな雰囲気で、引き下がる様子もなく言葉を返した。


「でも、本当にお父さんもお母さんも迷惑じゃないと思うので、うちのキッチンでも大丈夫だと思いますよ」


「美憂ちゃん、そう言ってくれるのは嬉しいけど、やっぱり迷惑よ」


「その、実は、あの、この前、桜木先輩がカレーを作ってくれるって話をお父さんとお母さんにしたら、2人とも食べたさそうにしてて。それで食べさせてあげたいなって。なので、引き換えにって言い方だと変ですけど、うちのキッチンを使って良いので、ぜひ両親の分も作って欲しいなと.......」


 なるほど、そういう事か。


 確か数日前の夕食の時、美憂は揚々と桜木がカレーを作ってくれる事について両親に話していた事があった。カレー作りを、美憂も多少手伝うという話を聞いて、父さんを中心に、ぜひ食べてみたいと盛り上がっていたのだ。


 しかし、母さんは桜木に手間をかけるだろうと、自分達の分は遠慮するように話していた。

 そのため、父さんも食べたさそうだったが、泣く泣く断念した様子だった。


 そんな父さんを気にかけた美憂は、どうにかカレーを楽しみにしてくれた2人にご馳走してあげたいと考えていたようだ。


「えっと、その、美憂ちゃんのお父さんとお母さんが?」


 急な展開に驚いているのか、桜木は聞き返すように美憂に問いかけた。


「そう、です。やっぱり2人分も増えたら大変ですし、無理ですよね......」


 どこか自分の発言を自嘲するように、やや斜め下を向いて話す美憂。


 そんな美憂を見て、二階堂はアワアワと彼女と桜木に目を向けていた。

 そうすれば桜木も満更ではなかったようで、ニッと頼しげな笑顔を向け、明るい口調で美憂に話し始めた。


「2人分も3人分も増えたところで、カレーだし手間は増えないから大丈夫よ。それに、いつも村瀬君家を使わせてもらってるし、お礼になるか分からないけど、私のカレーで良ければ、ぜひ美憂ちゃんのお父さんとお母さんにも食べてもらいたいかな」


「ほ、本当ですか!?」


「うん、本当よ」


 桜木の言葉に信じられないという様子で、美憂は嬉しそうに目を見開き聞き返した。

 そんな美憂に対して、桜木は胸を張り、頼り甲斐のある笑顔を浮かべながら返答した。


 こうしてカレー作りは、俺達だけでなく、父さんや母さんにも振る舞われることが決定した。


 桜木も食べる人が増え、さらにやる気が増したようで、多少鼻息が荒くなったように感じる。


「でも、場所は私の家でお願いね。迷惑かもってのもあるけど、機材もあるし、慣れたキッチンの方が使いやすいから」


「はい! 無理言ってすいませんでした。本当にありがとうございます!!」


 こうしてカレー作りの打ち合わせは、美憂の満面の笑顔の元に進んでいくのであった。

 



 

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