軍師と大将軍

「田所さんは1週間と3日前まで彼女がおられましたよね。それも2人...」


 三ツ橋の発言にざわつき始める野次馬達。

 それは俺らも例外ではない。宮崎はその田所という優男と面識があったようで、驚きを隠せない様子で、彼についてを説明し始めたのだ。


 そんな宮崎の話によれば、田所は2年生の先輩だったようだ。また、宮崎の所属するサッカー部に属しているようで、2年生でありながら既にレギュラーだそうだ。

 そんな彼は、3年の先輩の最後の大会でもチーム入りが決まっている程に優秀らしい。


 スポーツ万能、成績優秀、おまけに顔は爽やかイケメン。そして今流行りの塩顔ときた。天は二物を与えずなどと吐かす輩がいるが、ここに三物を手に入れている奴がいるのである。


 そんな全知全能の神ゼウスすら驚かしてしまいそうな彼だが、浮気をしていたようだ。それも1週間程前まで。

 そして懲りずに、二階堂に手を出すのだから、真実であれば救いようがない。


 ハッキリ言って、二階堂が誰を好きになって、誰と恋人になろうかは自由だし、マネージャーだからと干渉できる筈もない。

 だが頼む、この男とだけはやめてくれ。


 てか普通に、平気で浮気して、女性を取っ替え引っ換えしてるのには腹立つし、その甘いマスクに絆されないで欲しい。


 だからこそ、今の俺は、内心モヤモヤヒヤヒヤしながら、三ツ橋を見つめていた。


「はは、え? 何を言ってるの君は?」


 苦笑いを浮かべ、顔を険しくさせながらも、口角だけは上げて喋る田所。真偽のほどはさておき、唐突にあんな言葉をかけられて、田所はかなり動揺しているようだ。


「1人は本校の2年生。名前は伏せますがKさん。そしてもう1人が、川口中央高校のAさん。お間違いないですよね?」


 メモと彼の目を交互に見ながら話す三ツ橋は、相手の心など見透かしているぞと言わんばかりに、鋭い目をしていた。

 

 そんな鋭利な視線を向けられた彼は、先程までの聞き心地の良かった柔らかな声を、強張ったように硬くさせ、辿々しく吐き出すように話し出した。


「は、はぁ? き、君はさっきから何を言ってるんだ」


 必死に否定する田所だったが、火の無いところに煙は立たないとはこの事で、野次馬達のザワつきも大きくなる。


 その声に良く耳を澄ませてみれば、噂として何人かは、彼の浮気について知っていたようだった。

 それらは「本当だったんだ」、「やっぱり」などと口にする。そうすれば噂が広がるのは早い。周囲の野次馬仲間にすぐに喧伝される事になったのだ。

 かく言う俺らも、隣のグループの噂話に聞き耳を立てているのだが。


「私は被害者であるKさんからお話を伺ったのですが、今ここで内容をお話しした方がよろしいでしょうか?」


 そう言って懐に手を伸ばす三ツ橋。そしてブレザーの内ポケットから出てきたのは畳まれた白い紙。


 それに誰も彼もが注目し、まるでゴシップ特集に釘付けになる奥様方のように熱い視線を送っていた。


「あ、あいつが!? くそ、嘘を言うな。あいつが振られた腹いせに、変な噂を流しているだけだろう!」


「振ったのはKさんの方ですよね? 貴方の浮気を知って」


「浮気じゃない!」


 次第に語尾が強くなる田所は、まるで化けの皮が剥がれたようだ。それなのに、三ツ橋はどこまでも冷静に言葉を返す。


 それでも、三ツ橋の言葉が本当だという根拠もなく、単なるデタラメである可能性も高いのだが、彼の動揺っぷりを見ると何となく察せてしまう。


「そう仰るのでしたら、ぜひ読み上げさせていただきます」


 三ツ橋はそう言うと、右手にあったメモ帳をしまい、畳まれた紙を丁寧にゆっくりと広げていく。そして、それを数が増えた野次馬達は固唾を呑んで見守っていた。


 しかし、その紙が彼女に読み上げられる前に、邪魔する者が数名現れた。それは周りで田所の様子を見守っていた彼の友人達だった。


「おい、田所。まぁ、今日はもう良いだろ? 次は移動授業だし、早く教室戻ろうぜ」


「あぁ、それに君達も、急に話しかけちゃってごめんね。用事あったみたいなのに引き止めちゃって、俺達は戻るから気にしないでね」


 彼の友人達は陽キャ特有のキラキラとした笑顔を振りまきながら、強引に田所を引っ張っていく。

 彼は実に不満げだったが、ロクに対抗もせず、ただ「何なんだよ、嘘に決まってるからな」などと軽口を叩きながら、誘導されるようにこの場から立ち去ってしまった。


 残るはどこか不機嫌そうな野次馬達と、その中心にポツンと佇む3人の少女。

 1人は恥ずかしそうにオドオドと目を泳がせている二階堂。もう1人は勝ち誇ったように眼鏡をクイッと上げる三ツ橋。そしてもう1人の短髪少女も、得意げに腰に手を当てていた。


 三ツ橋はフワリとしたサイドテール に、柔らかな印象を受けるタレた目、そして理知的な黒縁眼鏡をかけている。それなのに、今の彼女は好戦的というか、どこか気の強そうなイメージがあった。


 そんな彼女達も、田所が去ればここに用はない。2人は野次馬の目から二階堂を隠すようにして、直ぐに自身の教室へ戻ってしまう。


 そうなれば野次馬達も解散となる。俺達は思わず教室に向かいそうになるが、忘れていた用事を思い出し、尿意に急かされながらトイレへ向かった。


「なぁ中谷? 二階堂ファンクラブって何なんだ?」


「ん? あぁ、さっきいたあの二階堂さんを推す? ん〜、守る? 的な人達の事だぞ」


「へ〜、噂では聞いてたけど、本当にあるんだな」


「まぁ、周りが面白がって、勝手にそう呼んでるだけだけどな」


「って言っても中谷、さっきの三ツ橋さん凄かったな。痺れたわ」


 2人は二階堂ファンクラブについて少なからずの情報があったようで、楽しげに話し始めた。俺としても、ファンクラブと呼ばれる不思議な組織に興味があるし、是非とも情報を仕入れたおきたいところだ。


「あぁ、軍師三ツ橋はやっぱ切れ味やばいな」


「お、おい中谷、軍師って何だよ?」


 軍師と呼ばれる三ツ橋に、俺は思わず笑い出してしまいそうになりながら、事情を聞いた。


「中国の諸葛孔明、日本の三ツ橋と言われているくらいだ。俺の中で」


「まぁ、村瀬。中谷が変な事を言ってるのは間違いないが、それくらい頭が良いって事だ。確か、この前の中間テストで1位だったんじゃなかったっけ?」


「なるほど、そういうことか」


 確かに、田所が二階堂に告白するという情報を入手し、相手の荒を探し、ましてや攻撃材料まで用意して二階堂を守るとは、劉備に仕えた諸葛孔明と例えられても納得がいく。


「そして、もう1人、あのショートカットの大和田さんもファンクラブの1人だぞ。1年なのにもう陸上部のエースらしいし、もの凄い運動神経が良いらしい。俺的には二階堂さんより大和田さん派かな〜」


 宮崎はその大和田さんと呼ばれる彼女を思い出しているのか、どこか鼻の下を伸ばしながら、ニヤけながら話し始めた。完全に1人で盛り上がっているのが気持ち悪い。

 宮崎はサッカー部で、見た目は爽やかなスポーツ男子って感じ、顔も俺や中谷と比べて断然整っている。彼がフィギュア好きで、フィギュアのキャラとパンツの色を、表にまとめるような変態でなければ、イケメンとして女子達にチヤホヤされていただろう。


「大和田さんは正に大将軍。中国の関羽、日本の大和田と呼んでいる。俺はな」


 三国志マニアな中谷は、悦に入りながらそう説明してくるのだが、俺的には軍師と呼ばれる三ツ橋と、大将軍と呼ばれる大和田の存在が気が気でならない。


 彼女達が、Vtuberについて知っているのか、そして俺と二階堂の関係を知っているのか。


 二階堂ファンクラブの存在が吉と出るのか凶と出るのか、不安でしかないものだが、とにかく今は、トイレで尿を出す事に専念するとしよう。


 



 

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