ファンクラブ

 企画会議から2日後、いつものように学校で中谷と、そして同じオタク友達である宮崎と共に昼ご飯を食べていた。


 学食で購入した唐揚げ弁当をつまみながら、いつものようにソシャゲやらアニメやらの会話で盛り上がる。


 しかし最近、時々会話に入りきれない時がある。それというのも、マネージャー業務が忙しく、趣味に時間を使えないでいるからだ。

 それでも、マネージャー業務が趣味になりつつあるため、これといってストレスや不満も溜まっていないのも事実。まぁ、アニメや漫画に疎くなっても、Vtuber関係にだけは詳しくなったのだが。


「昨日のマオウちゃんの配信サイコーだったな、悲鳴で鼓膜が8回位やられたけど」


 今はVtuberの話をしている。それも魔界マオウさん。中谷は昨日のホラゲ枠を見たようで、耳を触りながらそう語った。

 俺もあの遅刻回以来、彼女の配信をほぼ毎回見るようになった。そして俺も昨日のホラゲ枠は確認した。中谷の言うように、イヤホンで聞いていたため、俺の鼓膜も、何回か破られかけたものだ。


「あれは鼓膜の替え必須だったな。俺もマジで破れるかと思ったわ」


「中谷も宮崎も見たのか。俺も見てみたけど、ホラゲよりも悲鳴の方に驚いたわ」


「おぉ、村瀬も見たのか。お前もマオウちゃんの沼にハマってくれて嬉しいぞ」


「てか、まさか村瀬がVtuberにハマってくれるとは思ってなかったな。俺と中谷は前から好きだったけど、村瀬はあんまり乗り気じゃなかったじゃん」


 中谷と宮崎は俺がマネージャーになる前から、ずっとVtuberのファンだった。しかし何度も彼らに見るように勧められた俺だったのだが、面倒臭さと新規の入りにくさがあり、敬遠していたのだ。


「いやぁ、見てみると面白くてさ、案外ハマるもんだな」


「なぁ、村瀬は誰が一番好きなんだ?」


 やはりこの質問は飛んでくる。ここで正直に天之川高校放送部の誰かの名前を言っても、特段害になる事はないだろうが、一応そこは避けて名前を挙げる。


「俺はやっぱり魔界マオウさんかな」


「おぉ、マオウちゃんか、良いね。ってか、さん付けて律儀だな」


「あぁ、いやいや、マオウちゃん、マオウちゃんね」

 

 いつも連絡している癖で、さん付けで呼んでしまった。中谷は笑いながら指摘してきたし、俺は焦りながら訂正した。


「俺はちなみに凛華様かなぁ、最近キャラ崩壊というか、あのお嬢様口調が崩れて、素が見え始めたのが最高なんだよね」


「中谷ぃ、分かるわそれ。九条凛華良いよな。前の影牢最高だったもんな」


「それな。あれはマジで神回だった。ちなみに宮崎は誰なんだ?」


「俺は間宮まみやアリスかな。魔界マオウもそうだけど、やっぱあの三下感が良いんだよな」


 間宮アリスさんは大手Vtuberグループの『ブイライブ』に所属するVtuberだ。

 登録者数は20万近く。それでもブイライブ内では中堅。グループ内で一番人気の月姫つきひめ夏恩かおんさんは、何と40万人以上の登録者を抱えている。

 ライバル視する訳ではないが、俺達の中で一番多くの登録者を抱える兎木ノアでも現在6万人弱。ブイライブの方々は良き目標なのである。


「分かるわぁ。凛花様とは別で、あのお嬢様って感じなのに、すぐアリ虐されて、三下ムーブかましてくるのが良いんだよな」


 中谷が言ったアリ虐は、いわゆる不憫可愛いというものだ。間宮アリスさんがゲームなどで負けたり失敗した姿が、不憫で可愛いと感じるらしい。好きな子ほどイジメたくなってしまう、男子小学生的な感じだろう。


「中谷も村瀬も、この前、間宮アリスがリスナーと、大乱闘スプラッシュブラザーズした放送見てみ、マジで面白かったから」


「マジ? 見てみるわ」


「だな、見てみようかな」


 こうしてVtuber談議も盛り上がり、昼食も無事に完食した。

 Vtuberに関して良い話も聞けたし、今度、勉強がてらに間宮アリスさんの動画も拝見してみよう。


 昼食も食べ終わり暇になった俺達3人は、トイレに向かった。言葉に表すと気持ち悪いが、連れションというやつだ。


 トイレに向かうには、二階堂のいる隣のクラスの前を通る事になるのだが、運が良いのか悪いのか、教室の前には、2人の友達を連れた二階堂の姿があった。

 二階堂の姿だけがそこにあるならば、運が悪いと思う事もなかったのだが、彼女の隣には、サッカー部だろうか、見た目優男のイケメンが1人立っていたのだ。


 まぁ、良く見れば優男の友達か、取り巻き連中が少し離れた所で2人の姿をニヤニヤと眺めている。前の強引なナンパ連中とは別で、特に悪意があるようには見えないが、多少不安になる。


「あれ、二階堂さんに告るんじゃないか?」


 中谷がそう小声で俺達に話しかけてくる。


「だろうな。ちょっと見てこうぜ」


 宮崎も気になるようで、トイレから回れ右、2人の様子が見えるように、廊下の端で、2人を見守ることになった。単純に俺達も野次馬の一員だが、俺ら以外にも、20人以上の生徒たちが、教室の中から、廊下の端から、2人の姿を眺めていた。


「愛莉さんに少し話したい事があるから、君達には悪いけど、愛莉さんと2人になれないかな?」


 爽やかな声で話し出す優男。話しかけたのは、二階堂の傍にいる、2人の女子生徒だ。片方は見た事がある。

 確か名前は三ツ橋。俺が遅刻した日、体育の途中で怪我をしてしまった二階堂を介抱してくれていた子だ。


 だが、もう1人は初めて見た。

 スポーティーな見た目で、全体的にボーイッシュな女の子。生真面目そうな、キリッと整った目鼻立ち。二階堂の傍に立ち、心配そうに見つめている姿は、彼女が二階堂にとって、少ない友達の1人であるのだろうと理解できた。


「すいません。これから2人と予定があるので難しいです」


 優男に対し、2人の返答よりも先に、二階堂が声を発した。


「あ〜、そうだったんだ。なら引き止めちゃってごめんね。その用事ってどれくらいで終わりそうなの? 待ってるよ」


 二階堂はやんわりと誘いを断っているというのに、あろうことか優男は、図々しくも待ってくれるらしい。二階堂の真意を気づいていないというよりは、逃す気はないようだ。


「いえ、大丈夫です。用事が終わる頃には、もう午後の授業が始まっていると思うので」


 二階堂は優男から目線を外しながらそう語った。その姿は冷徹で、その男に対してどこまでも興味が無い様を表しているようだ。しかし、多分だが、何となく黒目が震えているように見えるし、人見知りの彼女の事だ、酷く緊張しているのだろう。


「そっか、それは残念だね。なら放課後は?」


「放課後も予定があります」


「あれ? 愛莉さんって部活入ってたっけ?」


「いえ、入っていません」


「なら、放課後に何か買い物とか? それなら荷物持ちくらいはできるよ」


 この男、図々しいにも程がある。顔がイケメンなだけに尚更腹が立つ。

 

 そんな感情を持っているのは俺だけでは無かったようで、他の男連中も、どこか羨ましそうな、そして恨みがましく優男の事を眺めている。

 

 逆に女子生徒達は、「いいな」や「羨ましい」、そしてしまいには「何で断るのよ」などと呟いている生徒もいた。

 あの優男、かなりのイケメンだし、女子生徒にも人気があるのだろう。呼び止められている二階堂に、嫉妬や妬みの感情が湧いた女子生徒も少なくないようだ。


「いえ、買い物でもないので、大丈夫です」


「あはは、そうなのか、残念だな。でも、俺としても大事な話があるんだ。どうにかならないかな?」

 

「本当にすいません、難しいと思います。それに予定があるので、失礼します」


 そう言って半ば強引に優男から離れようとする二階堂。優男を避け、壁側を歩き出す。だが、そんな彼女を襲ったのは、優男の右腕だった。

 

 男の右腕は、ドンという音を立てて、二階堂が進む先にある壁を叩いたのだ。そう、いわゆる壁ドン。紛いようもない壁ドン。アニメや漫画でしか見ない壁ドン。優男がイケメンだからまだ様になるが、共感性羞恥で苦しくなる壁ドンだ。


 行く手を腕で塞がれた二階堂は、驚いたように優男を見つめる。


 二階堂は心底辛そうな表情をしているが、周囲からは黄色い悲鳴が聞こえてくる。


「愛莉さん、君に一目惚れしたんだ。どうか、少しだけでも良いから時間をくれないかい?」


 その言葉に、周囲の悲鳴はさらに黄色く、甘ったるくなっていく。


 二階堂の顔も赤らみ、彼女は恥ずかしそうに一歩身を引いた。しかし後ろにあるのは壁、身を引く彼女は壁に阻まれる。そして、壁と優男に挟まれた二階堂は、助けを求めるように三ツ橋達に目を向けた。


「愛莉さん、俺の言葉を信じてほしい」


 顔を赤くする二階堂に、さらに追撃を加えるが如く顔を近づけ、甘い言葉をかける優男。


 しかし、それを許さない人物がいた。


 それは、傍にいた三ツ橋。


 彼女はブレザーの内ポケットから、メモ帳を取り出すと、そのフワリとしたサイドテールを靡かせ、優しい柔らかな目で、優男に視線を向けた。


「2年4組、サッカー部所属の田所さんですよね?」


 急に外野から話しかけられた田所という優男は、一瞬面倒くさそうに眉をひそめた後、取り繕うように再び優しい笑顔を作り、三ツ橋に顔を向けた。


「ごめんね、俺は愛莉さんと話してるんだけど」


「田所さんは1週間と3日前まで彼女がおられましたよね。それも2人...」


 三ツ橋の発言に周囲が一気にざわつく。


 注目の的は一気に二階堂から三ツ橋に移り、誰もが彼女の次の言葉を待つように、真剣な眼差しを送っている。


 それは田所も同じ、片眉を下げ、訝しげに三ツ橋を見つめる、いや睨みつけている。彼はかなり焦っているようだ。


 そして隣の中谷が呟いた一言を、俺は聞き逃さなかった。


「あれが二階堂ファンクラブの三ツ橋か...」

 


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