企画会議ー4

「あっ、そうそう、話が逸れちゃったけど、マサッちはどんな企画考えてきたの〜?」


 有泉のその言葉をきっかけに、俺は考えてきた案を発表する。


「まだ6月で少し早い気もするが、夏先取りホラゲー実況コラボなんてどうだ?」


 俺のその提案に、有泉だけは興味津々な様子であったが、二階堂と桜木の2人は嫌そうに眉を寄せていた。二階堂なんかは「ホラゲー...」と嫌悪感丸出しで呟いていた。


「良いじゃ〜ん、ホラーゲーム大好き〜。前やった影牢ってやつも面白かったしね」


「ほ、ホラゲーね、別にお化けが怖い訳じゃなくて、びっくりする系が苦手なんだよね」


 喜びを表現するような明るい顔の有泉に対し、二階堂の顔は暗く不安そうだった。見るからにホラーゲームなどしたくはないようだ。


 嫌がる二階堂にホラーゲームをやってもらうのは気が引けるが、視聴者からすれば、ぜひ怖がる姿が見てみたいものである。加虐心にも似た好奇心が俺の中で沸きたっているのだ。


「ならビックリ系じゃない、ゾンビ系というよりは、幽霊メインのホラーゲームにするか」


「え、いや、幽霊は怖くないけどね、うーん、ホラーゲームってそんなに需要あるかな?」


「うちの影牢の配信、動画の中でも再生数多いし、絶対皆んなでやれば盛り上がるっしょ〜」


「でも、あれだよね、やっぱり驚いた時に声出しちゃったりしたら近所迷惑になっちゃうしね」


「うちの防音室でやれば平気平気〜」


 有泉もホラーゲームを二階堂達にやらせたいようで、あの手この手で説得にかかる。多分、幽霊は怖くないと豪語しているがダウトだろう。幽霊という言葉を発するたびに、どこか顔色が悪くなっている気がする。


「モモちゃんも、ホラーゲームはそんなにやりたくないよね?」

 

 有泉の魔の手から逃げられないと判断した二階堂は、桜木に助けを求めた。桜木も逃げるように会話に入ってこないし、ホラーゲームはしたくないのだろう。


「わ、私も別に幽霊は信じてないわよ。でも、ホラーゲームを面白いと思わないし、それにやりたいとも思わないわね。麗奈と愛莉でやってちょうだい」


「ほら、モモちゃんもこう言ってるでしょ。 って、何で私もホラーゲームやらないといけないの!」


「愛莉、この前ホラーゲームが好きって言ってたでしょ」


「言ってない、言ってないよ」


 二階堂が逃げるために掛けた梯子を盛大に外した桜木。だが、そんな彼女にも挑戦的な有泉の毒牙が迫っていた。


「ま〜、モモちゃんはお化け怖いらしいし、仕方ないか〜」


「は? そんな訳ないでしょ?」


「ふ〜ん、そうなんだ。まぁ、話は変わるけど、この家が建つ前にここに何があったか知ってる?」


 必死に怖くないと言い張る桜木に対して、急に話題を変え、何か意味深に話し始めた有泉。


「実はここには大きな病院があったんだよね」


「急に何よ、だからどうしたのよ?」


 病院というワードに眉を寄せた桜木。焦っているのか、彼女の口調が少し早くなる。

 二階堂も同じようで、声は出さないものの、不安そうに有泉の言葉を聞いていた。


「だからさ、うちって結構出るんだよね」


 病院というワードの後に、「出る」なんて言われれば、最早答えは知れているだろう。そんなもの枕詞のようなものだ。

 だからなのか、どこかそんな想像を否定しようと、恐る恐るといった様子で桜木は話した。


「は? 出るって何が?」


「幽霊。 病気や怪我の末、無念の果てに亡くなった患者さん達が結構出るんだよね」


「は、はぁ? 幽霊なんている訳ないでしょ?」


「そ、そうだよ、レイちゃん、変な事言わないでよ」


 多分嘘だとは思うが、俺までも微妙に怖くなってきた。何故か先程よりも肌寒く感じるし、変な音が聞こえてくる気がする。

 てか、カタカタと廊下側から音が聞こえてくるのだ。


 桜木と二階堂は気付いていないようだが、廊下側に座る俺と有泉は気がついたようで、ちらりと廊下に目をやった。


「ちょっと、麗奈、村瀬、急に変なとこ見ないでよ」


「べ、別に何もないでしょ?」


 2人揃って、同時に廊下側の扉に視線を向けた事で、桜木も二階堂も、苛立たしげに俺達を見つめていた。


「そういえば、よく車椅子に乗った人の霊が出るんだよね」


 待て待て待て、廊下からカタカタって音がするんだが、違うよな? 

 言われてみると、車輪が回転しているような音に聞こえるし。普通に冗談の話だと思ったが、まさかマジなのか? 2人を怖がらせるための冗談じゃないのか? 今の発言で、ゾクリと背中に悪寒が走ったのだが。


「ほら、耳を澄ましてみて」


 カタカタ、カタカタ、


 音はどんどんと近づいてきている。先程よりもハッキリとその音が聞こえてくるのだ。


「え、待って、本当に何か聞こえるわよ」


「ちょっと、モモちゃんまでやめてよ」


「しっ、ほら愛莉、聞こえるでしょ」


 人差し指を口の前に置き、静かにするように促した桜木。彼女の表情はどこまでも真剣で、幽霊を信じていない人間の姿には見えない。


「ひっ、本当に聞こえる」


 車輪の音が聞こえたようで、二階堂は声を押し殺すように小さな悲鳴を上げた。

 そんな彼女の悲痛な声に、俺達の間に不穏な沈黙が流れる。誰もが廊下側を見つめ、不安そうに眉を寄せていた。


 二階堂は完全に桜木にベッタリとくっついている。桜木もまんざらではないようで、くっつく二階堂をしっかりと抱きしめている。


 だが、そのカラカラという音は、どんどんと部屋に近づいてくるのだ。


 そうして、その音が俺達の部屋の前を通り過ぎようとした瞬間、その音はピタリと止まってしまったのだ。


 俺は喉をゴクリと鳴らしながら、扉に注目した。




 トントン




 突如、扉から音が鳴る。


「きゃぁーーー!!」


 そして二階堂の口からは、ホラー映画に登場するヒロインのような、悲鳴のお手本ともいえる甲高い声が飛び出した。


 俺は扉から聞こえた音よりも、二階堂の悲鳴に驚き、思わず背筋をピンと伸ばした。


 そして二階堂の悲鳴に呼応するように、一気に扉が開かれ、真っ黒い衣服に包まれたそれが、急に姿を現したのだ。


「み、皆さま!? どうかいたしましたか!?」


 中に入ってきたのは、仕立ての良い黒いスーツを身につけた執事の近衛さんだったのだ。

 

 扉の向こうには、お茶が乗った台車が目に見えた。


「あっと、その、いかがいたしましたか?」


「爺、ごめんなさい、急にノックされて驚いちゃったみたいです」


「そ、そうでしたか、申し訳ありませんでした。そこまでノックが大きかったでしょうか?」


「ああいえ、丁度怖い話をしていたのです」


「あはは、なるほど、そうでしたか。それは失礼いたしました」


 心配そうにこちらを確認していた近衛さんだったが、有泉の説明を聞き、安心したように元の好好爺な笑顔を取り戻した。


 二階堂は顔を桜木の胸に押し込めるように、必死に彼女に縋り付いている。そして桜木も、そんな彼女を全身で包み込むように抱きしめていた。


 有泉の話と、近衛さんのタイミングが丁度良すぎて、思わず俺まで驚いてしまった。


 近衛さんはお茶のおかわりを持ってきてくれたようで、俺達が驚きのあまり半分放心状態でいる中で、素早くお茶のおかわりを用意してくれた。

 鼓動を早くする心臓を落ち着かせるためにも、近衛さんのお茶が有り難い。


 そしてお茶の用意を終えた近衛さんも退出し、有泉は苦笑いを浮かべながら、桜木と二階堂に言葉をかけた。


「あはは、ごめんね、まさか爺があのタイミングで来るなんて思ってなくて、驚かせちゃったね〜」


「もぉ、本当だよ、心臓止まるかと思ったよ」


「私は別に怖くなかったけどね、愛莉が大変だったんだから」


「嘘だ、モモちゃんも震えてたでしょ?」


「ふ、震えてないわよ」


 まだ興奮が治らないのか、震えていないと宣言する桜木の唇が多少震えているように見えるが、気づかなかった事にしよう。


「いや〜、あんな良い驚き方してくれるなら、リスナーも絶対喜んでくれると思うんだけどな〜」


「リスナーさん達は私の悲鳴なんて聞いても面白くないって」

 

「いや〜、絶対に皆んな聞きたがってると思うよ」


「そ、そうなのかな?」


 リスナーさん達が聞きたがっているという言葉に、やりたくないという決意が揺らぎ始めた二階堂。このままいけば、二階堂にホラゲをやってもらえるかもしれない。


「ならさ、今度俺がPwitterで、二階堂さんにホラゲやってほしいかどうかのアンケート取ってあげようか?」


「良いね、それで50%超えたら、やる事で決定ね」


「50!? ダメダメ、70、いや80にして!」


 俺と有泉はどうだろうかと目を合わせ、アイコンタクトで意志を交わした。

 俺的には80以上は硬いと思うし、90でも全然平気だと思っている。有泉もニヤニヤと笑っているし、同じ考えのようだ。


「別に良いよ〜、なら80以上ね〜」


「うん、分かった、それなら良いよ。で、私がやるならモモちゃんもやってくれるよね?」


 少しでも仲間を増やそうと、いや道連れにしようと桜木に声をかける二階堂。

 桜木は面倒くさそうに、首を横に振る。そして嫌そうに顔を歪ませていた。


「わ、私は別に良いわよ」


「モモちゃんは幽霊怖くないんでしょ? だからお願い」


 そう言って、パンと両手を合わせる二階堂。その姿を見て、桜木は目線を逸らす。


「幽霊は怖くないわよ。でもホラゲって好きじゃないし」


「ねぇ、モモちゃんは、私がビックリした拍子で、口から心臓が飛び出して、死んじゃったら嫌でしょ? だから本当の本当に、一生のお願い」


 手を擦り合わせる二階堂。


 発言の内容はツッコミどころ満載だ。心臓が口から飛び出るなど、比喩でしか聞かないし、そんな死因はあり得ないだろう。

 それに、一生のお願いをここで使うのは重すぎる。


「え、いや、でもね」


「モモちゃん!」


 一生のお願いにも屈さない桜木に、二階堂はそう言って、擦り合わせていた手で、桜木の手をギュッと握りしめた。擦り寄ってくる小動物のようで、庇護欲がそそられる。


「くっ。もぉ、分かったわよ。やるなら一緒にやってあげるわよ」


「やった〜、ありがとうモモちゃん」


 歓喜の声を上げた二階堂は、桜木の手を掴んだまま、上下にブンブンと揺らしていた。


 こうして2人の参加がほぼ決定したのだった。




 そして会議も終了し、二階堂のホラゲ実況についてアンケートを取ることになったのだが、ホラゲ実況に賛成するリスナーが、96%を超えた事実に、二階堂と桜木は肩を落とす事になるのだった。

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