声帯
「そのサバミソさん! ストップ、ストップです。あの、ありがとうございました」
電話越しから聞こえてきた熱烈な言葉の数々に、俺は思わずサバミソさんを制止した。
サバミソさんとしても、我を忘れて話し続けてしまったことを自覚したようだ。誤魔化すように咳払いした彼女は、小さくなった声で謝罪の言葉を述べた。
『ゴホンゴホン。ごめんなさい、少し喋りすぎちゃいました』
「あはは、大丈夫です。気にしないでください」
俺は驚きで、半分放心状態になりながらそう返した。
『ありがとうございます。好きな事になると夢中になってしまって』
好きな事の話題になると、夢中になってしまうのは十二分に理解できる。俺も好きなアニメの話になると、相手の理解度は無視して饒舌になってしまうからだ。
しかし、サバミソさんはその中でもかなりレベルが高い気がする。俺も流石に、話の途中であんな長文を早口で読み上げるようなマネはしない。
だが、俺はマネージャー然とした態度で慰める。
「いえいえ、好きな話題になると夢中になってしまうのは分かりますから、全然大丈夫です」
『ありがとうございます』
「まぁ、落ち着いたことですし、本題の方に移りますね」
『はい、お願いします』
多少落ち着きを取り戻したサバミソさんの様子を見逃さず、俺はすぐに本題に話を進める。
「サバミソさんへのお仕事の連絡は今までは有泉が担当していたと思うのですが、今回、私、村瀬がマネージャーになりましたので、以降は私が担当させていただきます。どうかよろしくお願いします」
俺は頭の中にあるカンペを一字一句間違えず読んだ。先程はサバミソさんのペースに乗せられて、本筋から話が逸れてしまい、カンペが意味を為さなかったが、上手く活用できた。
『あぁ良い声〜。 あっ!? ゴッホン。 はい、こちらこそよろしくお願いします』
最初に変な言葉が聞こえた気がするが今は無視しよう。ツッコンでしまったら、またあの甘ったるい長セリフを聞かされる気がする。
「そのため今後は、以前有泉の方から送信いたしました私のメールアドレスより、お仕事のご依頼や、やり取りをさせていただく事になりますのでご了承くださいませ」
『......。』
俺はそう話したが、サバミソさんからの返答もなく、無言の時間が数秒間続いた。居心地の悪さと、声が届かなかったのではないかと不安になった。
「あの、サバミソさん、大丈夫ですか?」
『はい! ありがとうございます』
驚いたように返事をしたザバミソさん。明らかに応答が挙動不審だが、有泉からの前評判があったせいで、まだ俺の心は冷静さを失わない。もし有泉からの情報もなくサバミソさんと話していれば、俺は既に考える事を放棄していただろう。
「それで、今回はまだお仕事の依頼はありませんが、来月以降、新衣装のイラストに関するご依頼をするか考え中なのですが、大丈夫でしょうか?」
有泉から、サバミソさんは現在大学2年生だと聞いている。まだ仕事の依頼は少ないと聞いているが、学業との兼ね合いもあるため、複数の依頼は受けられないとの悩みがあるらしい。
もし、既に来月に仕事の依頼が来ているのであれば、諦めて再来月以降にお願いする事になるかもしれないのだ。
『来月ならば調整しましたので大丈夫だと思います』
「それは良かったです。ほぼ確定でお願いすると思いますので、その際はよろしくお願いします」
有泉から新衣装や仕事の依頼についてやんわりとでも聞いていたであろうサバミソさんは、もう予定を調整してくれていたようだ。
俺達としても新衣装の作成はマスト事項なので、有り難い限りだ。
『私も3人の事を応援していますので、新衣装は任せて下さいね。その際は村瀬さんも含めて5人で話し合って、最高の衣装を作りましょう』
「そ、そう言っていただけると幸いです」
俺も含めて5人で話し合うという言葉に、何故か背中に寒気を感じながらお礼を述べた。
『えーと、他に、村瀬さんがVtuberになるための衣装とかは──』
「いえいえ、お気持ちだけありがたく頂戴いたします」
一瞬で雲行きが怪しくなった彼女の言葉に、俺は被せるように牽制した。俺はVtuberになる気はないのだ。いくら声が良いと褒められても、彼女に絆される訳にはいかない。
『それなら、普通に生主とかして──』
「いやー、本当に助かりました。新衣装楽しみですね」
『はい、新衣装は楽しみですね。それよりも村瀬さんの声で目覚まし時計とか──』
「そういえば、今一緒に有泉達もいるので、電話代わりますね」
『え!? ちょっ──』
「失礼します」
俺は逃げるように耳からスマホを離し、遠ざけるように有泉に渡した。俺が顔を青くしてヒヤヒヤとしている様を、二階堂も桜木も面白そうにニヤニヤと眺めている。全く、2人とも良い趣味をしてやがる。
「久しぶり〜ミナちゃん、元気してた?」
有泉は親しげにサバミソさんの事をミナちゃんと呼び、楽しげに話し始めた。
「うん、新衣装楽しみだから、よろしくね〜。うんうん、そうだね、私も新衣装ちゃんと考えたいし、その時は久しぶりに皆んなでご飯行きたいね」
さっそく新衣装の話をしているようだ。そんな有泉はよっぽど新衣装が楽しみなようで、顔からは明るい笑顔が溢れていた。
「え? うん、村瀬くんが大丈夫だったら、私も大丈夫だよ」
ぐっ、さっそく俺の話になったか。内容的に、その新衣装を考えるための打ち合わせや食事会に、俺を同行させたいとかだろう。
マネージャーとして記録や確認もした方が良いだろうし、打ち合わせは確実に参加するとしても、食事会は妙に怖い。
「え!? いや、私はちょっとな〜」
素っ頓狂な声を出して驚いた有泉は、眉を下げながら、引き気味に話していた。
有泉が何故かドン引きしているように見えるが、何を言われたんだ? めちゃくちゃ気になるけど、聞くのは怖い、知らぬが仏とはこの事だ。
「いや、流石に声帯欲しいは怖いって〜」
苦笑いすらギコチナイ有泉。
そして聞こえてきたサスペンスホラー顔負けのセリフ。
なぁ、『声帯欲しい』は怖いって〜。
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