癖がすごい

 日曜日、サバミソさんとの打ち合わせの日だ。


 この日、俺達4人は有泉邸に集合している。有泉と俺の2人だけでも良い気がしたが、サバミソさんへ挨拶をしたいと、桜木と二階堂も集まったらしい。しかし本当の理由は、俺とサバミソさんがどのような会話をするのか気になっているのだろう。


 打ち合わせは14時から。しかし1時間前には既に有泉邸に集合したので、適当にくっちゃべっている。


「4人全員集まったけど、別に大事な打ち合わせをする訳じゃないんだけどな。変に緊張するわ」


 打ち合わせと言っても名ばかりで、今日するのは顔合わせみたいなものだ。今までは有泉が連絡役だったが、俺に変わりますよと、そう伝えるだけなのだ。

 また同時に、来月に新衣装のイラストの作成を頼むかもしれないという旨を伝えるだけ。

 今日、仕事を頼む訳でも、特別何かする訳でもないのだ。


「別に緊張する必要ないわよ。私と愛莉は何か楽しそうだなーって感じで聞きに来ただけだから」


「楽しそうって、別に遊ぶ訳じゃないんだからな」


 俺と桜木のそのやり取りを隣で聞いている二階堂も、どこかワクワクとした表情をしている。


「私はモモちゃんと違って、サバミソさんと久しぶりにお話ししたいなって」


 二階堂は取り繕うようにそう言うが、その楽しそうな顔が全てを物語っている。絶対に二階堂も、俺とサバミソさんの会話を楽しみに来たのだろう。

 ってか桜木は少しは取り繕え、いかにも愉快そうな笑顔を浮かべてやがる。


 俺の緊張なんて知らないで楽しみやがって。


 俺の緊張の理由は、単純に初対面の人との通話だからという側面もある。だがそれ以上に、声を気に入られたと聞いて、変に意識してしまっているのだ。

 昨日の夜なんて、俺の声がそんなに良いのかと疑問に思い、お風呂で発声練習をしてしまったくらいだ。


 だが、俺はなるべく緊張しているのを悟られないように気をつけ、彼女達と雑談を交わした。そうしていれば、ようやく予定時間の20分前になる。


「ん〜と、サバミソさんは準備できたみたいだよ。いつでもオーケーだって〜」


「ちょっ早いな、ちょっと待ってくれ」


 スマホを見ている有泉にそう伝えられ、待ってくれと話したが、特に準備をすることはない。

 俺はバレないように喉の調子を確認し、一回深呼吸をした。


 まだ20分前なのに準備完了と送ってくるサバミソさんは、時間まで待ちきれなかったのだろうか。俺と話すのを心待ちにしている感じが、ヒシヒシと伝わってくる。


「ごめん、俺も大丈夫だぞ」


「りょ〜か〜い。じゃぁサバミソちゃんにも伝えるね〜」


 俺の方も準備ができたとメッセージを送る有泉。


 その瞬間、有泉の触っていたスマホが、着信音を鳴らしながら、ブーブーと震えだしたのだ。


「うおっ、はやっ」


 突然音を鳴らし震えるスマホに驚いた表情を見せる有泉。


「サバミソちゃんから〜。ほら、マサッち」


 電話をかけできた相手は、予想通りサバミソさんだったようだ。有泉は俺にスマホを渡してくる。それを慎重に手に取り、俺は電話に出た。


 電話の向こうに音はない。

 俺は頭の中のカンペを読み返しながら、声を発した。


「もしもし初めまして、Vtuberグループ天之川高校放送部のマネージャーになりました村瀬ですが」


 ヤバイめちゃくちゃ恥ずかしい。

 意識してしまったせいか、いつもより声が低くなってしまったのだ。何かカッコつけたみたいで、めちゃ恥ずかしい。


「今の声、イケボだったわね」


「いつもの声と違ったもんね」


 クソッ、桜木と二階堂は俺の声の違いに気がついたようだ。


 頼む、コソコソ話さないでくれ。羞恥心で死んでしまいそうになる。それに、イケボだけはやめてくれ。出したかった訳じゃないんだ、思わず出てしまったんだ。

 電話慣れしておらず、かつ周りに人がいる状態だったせいで、変にイケボっぽくなってしまっただけなんだ。頼むからニヤニヤとこちらを見ないでくれ。


 俺の顔はボッと暑くなる。それでも、頭の中にあるカンペだけは忘れないように集中する。


 しかしそんなカンペは、サバミソさんの返答により、徐々に乱れていく。


『す、すいません、もう一度お願いします』


 電話の向こうから女性の声が聞こえてきた。


 そんなサバミソさんは俺の声が聞きとれなかったようだ。俺は彼女の言葉を聞き、今度はなるべく自然な感じで繰り返した。


「こんにちは、天之川高校放送部のマネージャーになりました、村瀬と申しますが」


『ほわぁ......』


 俺がそう繰り返せば、ため息というよりも、感嘆しているような吐息が聞こえてきた。


 もしかしたら何か電話対応で失礼をしてしまったのかと不安になる。それとも電波状況が悪く、上手く聞こえないのだろうか。


「えっと、もしもし、聞こえますか?」


『え!? あっ、はい。 聞こえます。イラストレーターのサバミソです。よろしくお願いします』


 サバミソさんは俺の言葉に反応し、我に戻ったように、驚きながら自己紹介をしてくれた。


「今回、メッセージで送信させていただきました通り、私の自己紹介と引き継ぎ、そして新衣装のためのイラスト作成についてお話ししたくご連絡差し上げました」


『はい、聞いています。村瀬さんとお話しできるの楽しみにしておりました』


 サバミソさんの言葉に、思わず照れ隠しのため苦笑いを浮かべながら返答する。


「はは、ありがとうございます」


『いえ本当に、村瀬さんの声って良い声してますね』


「ははは、もう、いえいえそんな」


 俺は気恥ずかしいし、早く業務的な連絡に移りたかったのだが、ザバミソさんは俺の声を褒め始めた。そのせいで更に照れて、恥ずかしくなってしまった俺は、ただただ苦笑いを浮かべ感謝の言葉を述べた。


 そんな俺の姿を見た3人は、何の話をしているのか察したようで、ニヤニヤしながら俺の顔をジッと見つめてくる。


「凄い照れてるわね。顔真っ赤」


「何言われてるんだろう?」


「メッセージの時だけでもマジ熱烈だったし、情熱的なことでも言われてるんじゃ〜ん」


 前門の虎、後門の狼。いや、前門のサバミソさん、後門の桜木達。何を話しているのだろうと、興味津々に俺を見つめてこないでくれ。何だこの羞恥プレイは。


『村瀬さんもVtuberみたく、生配信とかはしてこなかったんですか?』


「えっと、動画は少しだけ手を出したことはありますが、生放送は全くで」


『えぇ!? 勿体ない、絶対人気でると思いますよ。少なくても私は応援します』


「いやそんな、本当にありがとうございます」


『何なら天之川高校放送部として活動して欲しいくらいです』


 サバミソさんはかなりグイグイくる。話の主導権も持っていかれ、俺はただ照れながらお礼を言うだけ。てか、このままだと俺もデビューさせられそうな気さえしてきた。


 俺はサバミソさんの言葉を受け流しながら、上手く本題に持っていこうと言葉を返す。


「いや、私の声なんてそんな良くないですから」


『そんなことないですよ! 本当に素敵な声だと思います!』


 自分自身を卑下するような俺の言葉に、少し声量を大きくしながら、力強く否定してくれるサバミソさん。ここまで褒められ、持ち上げられた経験なんてほぼ皆無。俺も普通に嬉しくなってくるし、自信が湧いてきた。


 そして俺が、ありがとうと感謝の言葉を話そうとした瞬間、被せるような形で、サバミソさんが話し始めたのだ。


「あり──」


『その、完全に声変わりしきれていない感じが堪りません。本当に私の好みドストライクでびっくりしました。その真面目そうな口調で、大人びた雰囲気も感じるのに、どこか気弱そうで、幼さの残る声質。その対照的な要素が複雑に絡み合った村瀬さんの声は、国宝級です。それに、メッセージではあんなに堅苦しくて、定型ばった言葉遣いなのに、こうして話してみると、村瀬さんの声からは焦り驚きの感情がマジマジと伝わってくるんです。まさにギャップ萌えとはこの事です。私は声優ファンで、声優さんの追っかけもしてたのに、まさかこんなな素敵な声の人に、思わぬところで出会えるなんて、幸せすぎます。それもお仕事の相手なんて、まさにアニメや漫画のシチュ──』


「そのサバミソさん! ストップ、ストップです。あの、ありがとうございました」


 永遠に続いてしまいそうな程の長文で、熱烈すぎる内容の言葉を聞かされて、俺は無意識にサバミソさんの言葉を止めた。


 そしてサバミソさんに対して、俺の心は猛烈にある言葉を叫んでいた。




 癖がすごい!!

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