キノコ派タケノコ派
魔界マオウさんとのコラボ配信から数日後。
俺の部屋に有泉も含め、3人が集まっている。流石に4人も集まると狭く感じる。
「やっぱ、狭いのは落ち着くね〜」
「もぉレイちゃん、狭いは失礼でしょ」
「いやいや、褒め言葉だよ〜。やっぱりこれくらいの大きさが落ち着くんだよね〜」
そう言った有泉は、部屋に着くなり俺のベットに飛び乗り、そのまま横になった。なんという順応の速さ。てか、よく他人のベット、それも俺のに横になれるな。パーソナルスペースの浸食が早いこと早いこと。
そして桜木は作業デスクの椅子に、二階堂はテーブルの前の座布団に座った。なんだかんだ定位置が定まってきている気がする。
俺は3人を残し、飲み物だけを取りにリビングに戻った。
お菓子に関しては3人が用意してくれている。なんたって今日はお祝いパーティーなのだ。以前に投稿した、兎木ノアの誕生日記念の動画が、再生回数5万回を突破し、簡単にだがお祝いをすることになったのだ。
「もぉ、お兄ちゃん。また新しい人が増えたんだね」
妹の美憂はどこか拗ねたように頬を膨らませ、俺をジトリと眺めてくる。
有泉は初めて俺の家に来た訳だし、1人増えたというのは彼女のことだろう。
また、以前に騒ぎすぎてしまったこともあり、美憂は多少迷惑に感じているのだろう。
「ごめんな、今日はなるべく静かにするから」
「静かにね〜。てか、3人も女の人連れ込んで、何するの?」
「美憂!? 連れ込んだって、変な意味に聞こえるからやめような」
「変な意味って?」
「ま、まぁ、色々だよ」
「ふ〜ん」
美憂はまだそういうことには疎いのだろうか。意地悪く質問してきたようにも聞こえるが、気のせいだろう。なるべく美憂に迷惑をかけないように、声量を抑えよう。
そんなやり取りを繰り広げ部屋に戻れば、甘じょっぱい良い匂いが部屋の中に充満していた。
「ん〜、やばい。ポッキー食べてからポテチ食べると甘じょっぱくてマジ美味しい。無限に食えるわ」
俺が戻ってくるまで待てなかったようで、既にお菓子パーティーは始まっていた。有泉はポッキーとポテチを交互に食べては、うっとりしながら嬉しそうに顔を緩めていた。
「え〜、モモちゃんキノコ派なの? 見る目ないな〜。やっぱタケノコが一番なのに。このクッキーのシットリ感が美味しいのにな〜」
「愛莉こそ分かってないわね。このサクサクが美味しいのよ。そんなこと言うなら、もうキノコは食べさせてあげないからね」
「ご、ごめんごめん。モモちゃんごめんって。私にも1つちょうだいよ〜」
二階堂と桜木は、某お菓子で派閥争いを繰り広げていた。ちなみに俺はキノコ派だ。やはり桜木は見る目がある。
「ねぇ、キノコちょうだいよ〜。キノコ〜」
桜木は二階堂の手から届かない位置で大事そうにキノコ型のお菓子を食べている。
そんな桜木は、部屋に戻ってきた俺を見るなり、自分の派閥に組み込みたいのか、俺に質問を投げつけてきた。
「ねぇ、村瀬はキノコ派? タケノコ派?」
「村瀬君はもちろんタケノコ派だよね??」
続け様に負けじと声をかけてきた二階堂は、期待のこもった熱い目で俺を見つめてくる。そんなに輝いた眼差しで見つめられては、答えに困る。
だが、俺は嘘をつく訳にはいかない。キノコを裏切る訳にはいかないのだ。
「俺はキノコ派かな」
俺がそう言えば、二階堂は目から輝きを失い、「嘘、嘘だよ」、などと小さな呟きを発し始めた。
対照的に桜木は、どこか胸を張り、ドヤッという表情で鼻を鳴らした。
「やっぱり村瀬は信用に値する男だったわね。はい、ご褒美に一個あげる」
そう言った桜木は、一粒お菓子を取り、俺の手のひらに乗せた。なんだか餌付けされている気分だ。
しかし二階堂も諦めない。今も満足げにポテチを頬張っている有泉にクッと顔を向け、同じように質問を投げかけたのだ。
「ね、ねぇ、レイちゃんはタケノコ派だよね?」
不安と期待が入り混じる複雑な声。ハイライトが戻りかけた目。有泉ならば分かってくれるだろうと、二階堂は信じているようだ。
「え? キノコっしょ」
現実は悲惨だった。
当たり前だろうという様子で答えた有泉。桜木もどこか満足げだ。ふむ、同士が増えたからだろうか、俺も嬉しい。
「そんな、嘘でしょ」
首をゆっくりと横に振りながら呟く二階堂。
「ほ〜ら、愛莉。キノコ派に鞍替えするなら、これあげても良いよ」
落ち込む二階堂にさらに追い討ちを加える桜木。一粒手に持ち、フリフリと揺らしながら二階堂に見せつけていた。
「な、なんで、何で村瀬君はキノコが好きなの!?」
何かカップルの別れ際みたいな感じになってるが、あくまでキノコ派タケノコ派論争だ。
「えっと、桜木さんも言ってたけど、サクサクしてる感じ?」
おれがそう言った途端、桜木は満足げに言葉を続けた。
「やっぱり、村瀬は分かる男ね。もぉ、箱ごとあげるわ」
愉快そうに笑みを浮かべた桜木は、キノコのお菓子が入った箱ごと俺に手渡してきた。何だか分からないが、認めてくれたらしい。
「ねぇ、村瀬君、私にもキノコ、一粒ちょうだい」
皆んながキノコ派で、タケノコ派の二階堂も陥落し始めているのか、俺の手に渡されたキノコのお菓子を欲しがってくる。
しかし、桜木はこれまた小悪魔な笑顔を浮かべ、二階堂を牽制する。
「あれ? タケノコ派でしょ? 村瀬、別にあげなくても良いわよ」
「えっ、いや、でもな」
俺に向かって手を伸ばし、お願いしてくる二階堂は、俺の庇護欲をくすぐってくる。捨てられた子猫を見た気分だ。
俺はあげたい気持ちと、桜木の発言に板挟みにされながら、どうすれば良いか決めあぐねてしまう。
「ねぇ、村瀬君、キノコちょうだい。キノコちょうだいよ。村瀬君のキノコちょうだいよ〜」
「おい待つんだ、二階堂さん。隣の部屋に美憂もいるから、変なこと言わないで」
「キノコちょうだい」は不味い。それに「村瀬君のキノコ」はもはや放送禁止用語だ。
「別に美憂ちゃんは関係ないでしょ? 意地悪しないで村瀬君のキノコちょうだい」
二階堂は下系の話に疎いのか、平然とした様子でそう言ってくる。
桜木に関しては、俺からそっぽを向いて口を抑えていた。耳を赤くしながら、必死に笑いを堪えているようだ。
「ねぇ、キノコ──」
「お兄ちゃん?」
二階堂が再び話し始めた刹那、後ろから凍えるような冷たい声が響いてきた。それは明らかに美憂の声だったが、俺の心臓が瞬間冷凍されるのではと思う位に、冷ややかな声色をしていた。
俺は美憂の声を聞いてゆっくり振り返る。油の切れたブリキの人形のように、ぎこちなく動く首。
「ねぇ、何してるの?」
俺と目が合った美憂は、俺の部屋の扉を少しだけ開けた状態で、顔を半分だけ覗かしていた。そして陰った顔をこちらに向け、冷然とそう問いかけてきたのだった。
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