必修科目
「じゃぁ、簡単に打ち合わせしましょうか」
『よろしくお願いします』
こうして簡単なミーティングを始めた。俺は声をワントーン上げるようにして、なるべく魔界マオウさんの焦りや緊張をほぐすように努める。
「まぁまず、遅刻したことは全然気にしなくて大丈夫ですから、楽しく配信しましょう。誰だってあることです。コメント欄もそんなに荒れてませんしね。リスナーさん達も、2人が楽しくゲームしてるとこを見たい筈ですから」
『ありがとうございます』
「うん、マオウちゃん、気にしなくて大丈夫だからね」
「それと、遅れたことを謝るのは大事ですが、なるべく暗くならないようにした方が良いと思います。魔界マオウさんの寝落ち配信の時みたく、難しいとは思いますが、なるべく笑いにもっていけるようにするのが理想ですね」
『わ、分かりました』
やはり遅刻してしまったことがショックだったのか、魔界マオウさんの声色は沈んでいるように聞こえる。反省してくれるのは嬉しいが、少し心配だ。
それに対し、二階堂はふむふむと、真剣に俺の話を聞いていた。不安というよりも、燃えるようなやる気を感じる。これは二階堂にフォローを頼むのも有りだ。
「そうだな。兎木さんがフォローしてくれると有り難いんだけど?」
「私!? うん、勿論頑張るよ」
「なら、魔界マオウさんが遅刻したのを、からかうように弄ってみるのはどうだ?」
「うん、私は大丈夫だけど。マオウちゃんは?」
『私も全然大丈夫ですよ。ありがとうございます』
「じゃぁ、そういう方向でお願いします。なるべく暗くならないで、楽しくゲームしましょう。じゃぁ、そろそろ配信開始しましょうか」
俺のその言葉を合図に、2人は配信開始の準備をし始めた。
俺も同時に二階堂の部屋から出ることにした。俺に見られていては恥ずかしいだろう。それに万が一、俺の声が配信に乗ってしまい、変な噂が立っても困る。
「兎木さん、俺は戻るから、頑張ってね」
「うん、ありがとう。鍵閉めるついでに見送るね。マオウちゃん、ちょっと席外すね、すく戻るから」
『はーい』
二階堂と話す魔界マオウさんの声は、先程よりも元気が戻っていた。俺はそのことに安心しつつ、二階堂と一緒に玄関に向かった。
「村瀬君、本当にありがとね」
「大丈夫、二階堂さんも頑張って」
「うん!」
そう明るく返事をして見せた二階堂に見送られ、俺は自宅に向かう。俺は2人が心配で、歩きながらスマホを開き、2人の配信を確認する。
まだ配信は始まっていなかったが、兎木ノアが配信を始める旨のコメントをしたことで、コメ欄は活気付いていた。
俺はそのまま急ぎ足で自室に向かう。そしてベットに腰掛け、急いでイヤホンを装着した。
その時だった。
イヤホンから2人の明るい声が聞こえてきたのだ。
『みんな聞こえてるかな? 遅れてごめんねー』
『いやー、遅れちゃいましたねー、すまないっす。音声は大丈夫っすか?』
二階堂のキャピキャピとした明るい声。魔界マオウさんは少し生意気な後輩キャラのようで、語尾が特徴的だ。
『いやー、皆んな本当に遅れてごめんね。んー? 別に誰かが寝坊した訳とかじゃないよ? ね? マオウちゃん?』
『ね、ねね、寝坊っすか? 寝坊なんてする奴は許せねーっすよねマジで』
『魔界の魔王であるマオウちゃんが、まさか寝坊する訳ないもんね』
『そ、そそ、そっすよ、そっすよ』
『ちなみに私は1時間以上前から起きてたよー。そんな配信前にお昼寝なんてしないよー』
『よっ、流石ノアさんっ』
コメント欄を見てみれば、1時間前に兎木ノアがコメントをしたこともあってか、魔界マオウさんが遅刻したのだろうと気付かれている。
そんな魔界マオウさんのキョドリっぷりが可愛くて面白かったのか、怒っているコメントより、『草』や『笑』の方が多い。
これは良い傾向だ。2人ともその調子。
『じゃぁ、私達のことを知らないリスナーさんもいるだろうから、私から自己紹介するね』
『お、お願いしますっす』
『こんばんは〜。笑顔がチャームポイントの天之川高校放送部の兎木ノアです。1時間前に配信準備完了できて良かったです。私もマオウちゃんもVtuberのプロフェショナルだから、準備バッチシで配信始められたので嬉しいで〜す。今日はよろしくお願いしま〜す』
『よ、よよ、よろしくお願いしますっす〜』
『じゃぁ、次、マオウちゃんよろしく〜』
『こ、こんばんはっす。ち、遅刻がチャームポイントの魔界マオウっす〜。目覚まし時計が鳴ったのに二度寝した駄目魔王は私っす。本当にすいませんでした〜。よろしくお願いしますっす〜』
茶目っ気ながら自己紹介をする2人。そして魔界マオウさんが
『ふふふふ、もぉ、マオウちゃ〜ん。寝坊ってダメでしょ。本当に心配したんだからね』
『いや、ノアちゃんとゲームできるから、少しでも多く寝て、パワー貯めようと思ってたら二度寝しちゃったっすね。マジですいませんっす』
『じゃぁ時間も押してるし、さっそくゲーム始めよっか』
『そっすね。始めましょ〜』
こうして2人は流れるようにゲーム実況に移った。
コメント欄を見てみても、荒れてる様子は見受けられず、2人のやり取りにただただ笑っているリスナーが殆どだ。2人自身も楽しそうにゲームを始めてくれたし、一件落着と言えるだろう。
こうして紆余曲折を経て始まったコラボ配信は、終始笑いに満ちた配信となった。
確かに遅刻したことを咎めるコメントもちらほら見受けられたが、良い意味で盛り上がった配信となったのだ。
そしてこの配信は将来、兎木ノアと魔界マオウのファンならば、必修科目だと言われる程に、人気となるのだった。
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