遅刻
不安そうな顔の二階堂に部屋の中に案内された。
可愛らしい小物類や雑貨。熊のぬいぐるみがベットの上にあり、非常に女の子っぽい室内だった。
俺の家側に配信スペースがあり、モニターやデスクトップ、カメラなどが配置されている。
「やっぱりまだ連絡来ないよね?」
そう聞いてきた二階堂は、ゆっくりと椅子に座った。
「あぁ、そうだな」
俺は部屋の入り口に立ちながらそう答える。
「えっと、村瀬君も座って座って。そこの座椅子使っていいよ」
二階堂は配信用のデスクの前で、椅子に座っている。そんな彼女は、テーブルの前に置かれた座椅子を指さしてそう言った。
俺はありがとうと感謝の言葉を述べながら座椅子に座る。
そうすれば、思い出したかのように急に立ち上がった二階堂。
「あ! 飲み物持ってくるね、ちょっと待ってて」
そう言った彼女はぎこちない足取りで冷蔵庫に向かい、お茶を出してくれた。
彼女の顔は、緊張も相まり、いつもより強張っている気がする。
「ありがとう。まだ緊張してるか?」
「うん、緊張というか、怖いかな.......」
「まぁ、リスナーさん達も怒ってなかったし、気にしなくても大丈夫だと思うな」
「うん、でもさっきコメント欄見てみたら、ちょっと荒れてたから、心配で」
なるほど、そういうことか。確かに、18時過ぎはまだ平和だったコメント欄だったが、2、30分過ぎた頃には、多少語気の強いコメントも目立っていたのだ。
「そうか? 俺が見た時は全く荒れてなかったけどな」
「うん......」
そう言っても、二階堂はただ眉を寄せて下を向くだけだった。魔界マオウさんが来て配信をするにしても、こんなに落ち込んだ雰囲気では、良い配信にはならないだろう。
俺は一回ぐるりと部屋を見回す。そしてベットの上にある熊のぬいぐるみに目をつけた。
「なぁ、二階堂、ぬいぐるみ持ってるんだな」
俺はわざとニヤリと笑いながら、二階堂にそう言った。すると二階堂はバッと頭を上げ、目を泳がせながら、早口で話し始めたのだ。
「えっ!? あ、そ、それ? それはこの前モモちゃんと遊園地に行った時に買ったやつで。結構有名なキャラクターなんだよ。別に子供ってぽいとかじゃなくて。結構女子高生とか大学生に人気なんだよ。む、村瀬君は分からないかもしれないけど、結構大人の女性に人気だったりするやつだからっ」
確か、この熊のぬいぐるみは海外のアニメのキャラクターで、その可愛さから年齢問わず人気のキャラクターだ。朝のニュース番組で、一緒に写真を撮るのが流行してると言っていた気がする。
そう必死に取り繕う二階堂は、アワアワとした様子でそう語った。多分、子供っぽいと思われてないかと、心配になったのかもしれはい。
「ん? これって今流行りのキャラクターだろ? 俺も知ってるぞ。別に子供っぽいとは思ってなかったが」
少しでも不安な気持ちを抑えるために、雑談にシフトして二階堂と話す。
「そ、そうだよ。べ、別に可愛いものが好きとか、子供っぽいものが好きな訳じゃないからね」
ほう、可愛いものが好きなのか。ふむ、子供っぽいものが好きなのか。
確かに、雑貨や家具は、ピンク系で統一されているし、可愛いらしい猫や犬の小さい置物が飾ってある。顔に似合わないというのは非常に失礼だが、もっとシンプルで落ち着いた部屋をイメージしていた。
「なぁ、その犬の置物可愛いな」
俺は丸っこい柴犬の置物を指で示してそう話す。
「これ? これ私もお気に入りなの。たまたま見つけて思わず買っちゃったんだよね」
「俺も犬を飼ってみたいんだけどね、父親が犬アレルギーなんだよ」
「ええ!? 犬アレルギーって可哀想」
「俺の父親、犬好きなのに犬アレルギーだから、動物番組とか見てよく悶絶してるよ」
「うわぁ、好きなのにアレルギーって辛いね」
「二階堂は北海道の実家で、犬を飼ってたりしなかったのか?」
俺の質問に、優しく笑った二階堂は、近くにあった犬の置物を撫でながら話し始めた。
「柴犬飼ってるよ。もぉ、食欲旺盛で、この置物の子くらい太ってるの。ちなみに猫も飼ってるよ。戯れあってるのが本当に可愛いくて」
そう話していれば、少しは二階堂も不安から解放されてくれたようだ。
こんな風に5分程話していれば、ピロリンとスマホの通知音が鳴った。俺は話を切り上げ、すぐにスマホ画面を確認した。
「二階堂、返信来たぞ。って寝坊かよ」
「本当だ。私の方にも返信きたよ。もぉマオウちゃん、寝坊はないよ〜」
返信が返ってきたことで、俺もようやく胸を撫で下ろせた。そして直ぐにこちらから返信し、二階堂と通話を繋いでもらうことになった。
『本当にごめんなさい。寝坊しちゃいました。本当にごめんなさい』
「魔王ちゃん、久しぶり。もぉ、何かあったのかって心配したよ〜」
寝坊で遅刻されたのに、二階堂は事件や事故に巻き込まれたのかと心配していたこともあり、ただ安心したように話すだけだった。
『本当にごめんね。今すぐ準備するから』
「うん、今45分だけど、19時過ぎには配信開始できそう?」
『多分、本当にありがとう』
画面の向こうから女性の声が聞こえるが、彼女が魔界マオウさんなのだろう。既に親しげに話しているし、コミュニケーションについては問題無さそうだ。
後は配信の始め方だな。真剣に謝るのは必要だが、必要以上に畏まり過ぎるのはどうかと思う。
他のVtuberでも遅刻して少し炎上したみたいな話は聞くが、最初に謝りすぎても、配信がギスギスと暗い感じになる可能性がある。
「えっと、兎木さん?」
俺はマイクに届かないように小声で二階堂に話しかける。
「ん? 私?」
俺の配慮は関係なく、二階堂は普通の声量で俺の言葉に反応してきた。まぁ、マネージャーという関係だし、魔界マオウさんともメッセージでやり取りしてきたのだから、普通に喋ってしまっても構わないか。
「あの、魔界マオウさんと話したいんだけど、大丈夫かな?」
「えっと、大丈夫だと思うけど。ねぇマオウちゃん。マネージャーさんが話したいって言ってるんだけど、大丈夫?」
『えっ!? マネージャーさん? は、はい、大丈夫です』
魔界マオウさんは、マネージャーと聞いて驚いた様子で、畏った口調で話した。
「あぁ、ごめんなさい。とりあえず、配信の準備してからで大丈夫なので、軽く打ち合わせさせて下さい」
『分かりました。すぐ終わらせます』
俺と二階堂は彼女の言葉を聞いて、準備を待つことにした。その間、二階堂は何を打ち合わせるんだろうと不思議に思ったようで、俺にその旨を尋ねてきた。
「何か打ち合わせることあったっけ?」
「いや、1時間近く遅れちゃったしな。どうやって配信始めるか事前に打ち合わせておいた方が良いと思ってな」
「なるほど、確かに気まずくなっちゃう気もするし、急いで配信開始するよりは良いかも」
「リスナーさん達も、楽しそうにゲームする2人を見たいと思ってるだろうし」
そう言った俺は、魔界マオウさんの寝落ち配信のことを思い出した。あの配信中、寝落ちしている時は、コメント欄も多少荒れていた。しかしあの配信は、起きた時の彼女の反応が面白くて、逆に神回と言われるようになったのだ。
確かに寝落ちして起きた彼女は、しっかりと謝ったが、その後に戯けたり、冗談を言ったりして笑いに変えてみせたのだ。
まぁ、『ちゃんと謝れ』などと怒っている人もいたが、結局は再生数も伸び、人気の動画となった。
その配信の影響で彼女は、無邪気な生意気キャラを確立し、登録者数も一気に増えた経緯があったのだ。
『あの、準備終わりました。いつでも配信開始できます』
「じゃぁ、簡単に打ち合わせしましょうか」
こうして俺達3人は、どうにか配信の雰囲気を持ち直すため、ミーティングを行うのであった。
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