コラボ配信
今日は火曜日。二階堂と魔界マオウさんのコラボの日。
授業を終えた俺はすぐに帰宅した。配信の開始時刻は18時。DMにて二階堂に連絡をすれば、まだ1時間以上前であるのに準備万端のようだった。
俺もコラボが決まってから、魔界マオウさんとは業務的な連絡を何回かしてきている。今も、配信は予定通りに行えそうか、という質問のメッセージを送り、返信を待っているところだ。
2人の今日のコラボ内容は、ゲーム実況だ。2人で協力プレイできるゲームで遊ぶらしい。
魔界マオウさんの返信を待っていれば、二階堂からのメッセージがいくつか送られてきた。
『マオウちゃんから連絡きた? 私も連絡したけど返信ないんだよね』
『すごい緊張してきたよ。何か緊張を和らげる良いおまじないとか知らない?』
『上手く話せるか心配だよ〜』
二階堂はかなり緊張しているようだ。文章の内容と、口数の多さからその様子が窺える。二階堂自体コラボは何回も行ってきたし、魔界マオウさんとは二回目だ。
前回のコラボ配信を見たが、かなり面白かった。そんなに心配する必要もないと思うが、二階堂は真面目だし、何か意識をズラしてあげた方が良いだろう。
『俺もまだ連絡きてないな。だけど、そう心配しなくて大丈夫だと思うぞ。ちなみに俺の知ってる緊張を無くすおまじないで、人って手に書いて飲み込むやつあるけど、やってみ、効くか分からないけど』
『もう何人も飲み込んできたけど、全然ダメ』
『何人も飲み込んできた』って表現に、思わず顔がニヤける。何か人食いの化物みたいな発言だ。
『人がダメなら、桜木って手に書いて飲み込んでみれば』
『それ良いかも、ちょっとやってみるね』
『マジでやるのか。この文面見られたら怒られそうだ』
『うん! 何か落ち着いてきた気がする』
『やっぱ桜木パワーは凄いな』
実は今、桜木は外出中なのだ。だからこそ頼れる人物が隣にいない二階堂は、いつもよりテンパっているのかもしれない。案外、手に桜木って書くことで、彼女のことを思い出し、落ち着けたのかもしれない。
流石、桜木パイセン。
その後も下らない話を続けた。そのお陰か、多少なり文面から落ち着きの色が濃くなっていった。
そして30分程経ち、機材や配信に使うソフトに異常がないかのチェックも終わったのだが、魔界マオウさんからは返信が無かった。
『そっちも返信ないのか。ならもう一回メッセージ送ってみるよ』
『うん、一応私も送ってみるね』
メッセージを送ってから30分以上経ち、配信の30分前まで迫っているのに返信はない。何か生配信をスタートできない急用でもできたのだろうか。
既読も付いていないし、心配だ。
『まぁ、大丈夫だと思うから、二階堂さんはゆっくりしてて大丈夫だよ』
二階堂は既に準備を終えているし、ここは焦らずゆっくり待っていてもらうしかない。
俺はなるべく彼女を落ち着かせるように、何でもない風にメッセージを送る。
それなのに、やはり魔界マオウさんからは未だに返信が来ないのだ。そうこうしていれば、既に配信10分前まで差し迫っていた。
生配信の待機場所には既に700人近くおり、リスナー同士で盛り上がっていた。
『もしかすると何か事情があるのかもしれないから、返信を待ってみよう。一応配信開始までに連絡が来なかったら、諸事情で配信が遅れるとだけPwitterに投稿しようか』
『うん。配信の待機場所にも遅れるって連絡しとくね』
やはりここまで返信がないと、俺も不安になってくる。あれだけ楽しみにしていた二階堂だ。絶対に成功させてやりたかったのだが。
しかし現実は非道だ。
最後の頼みも崩れ去り、時刻は18時。
待機場所では『きたか?』、『くるか?』などとリスナーがコメントしている。
そうすれば、二階堂が書いた、兎木ノアのコメントが大きく表示される。
『ごめんね!! ちょっと諸事情により配信スタート遅れます!!!』
リスナーを不安にさせないためか、明るく元気なコメントだった。それに対しリスナー達のほとんどが、励ますような、好意的なコメントを送ってくれた。
俺はコメント欄にホッと胸を撫で下ろしていると、彼女から再び連絡がきた。
『どうしよう』
兎木ノアのコメントとは反対に、二階堂からのその端的なメッセージからは、焦りと不安が窺えた。
『少し遅刻することだってあるさ、リスナーさん達も待ってくれてるみたいだしさ』
『うん、だけどマオウちゃん大丈夫かな?』
こんな状態でも魔界マオウさんのことを心配する二階堂。俺だったら、何で連絡も無いし遅れているんだよと、苛立ってしまっていたかもしれない。
『分からないけど、連絡が来るのを待つしかないな。でも、もし19時過ぎでも返信が無かったら、諸事情で延期ってことも有りかな?』
『リスナーの皆んなを待たせるのは悪いもんね』
だが魔界マオウさんから連絡が来ないまま、10分、20分、そして30分と時間が過ぎてしまった。
その頃には、二階堂からのメッセージも少なくなっていた。不安や焦りのせいだろうか、俺は二階堂が心配になってくる。
そんな時だった。桜木から連絡が来たのだ。
『魔界マオウさんからの連絡はまだ来ない?』
『ダメだな。既読も付かない』
『私の方に愛莉からいっぱいメッセージ来ててさ。バイト中なのに何件も送られてきてたからビックリしたのよ』
『そうか、ごめんな』
『村瀬が謝ることじゃないでしょ。愛莉さ、バイト中なのに私に家に来て欲しいとか言うから困ってるのよ。何とかならない?』
何とかと言われても困る。勝手に家に行けるわけもない。それにこっちから家に行こうかと聞くのも気持ち悪いだろう。
俺は何となく桜木の言っている意味が理解できているが、とぼけるように返信した。
『何とかって?』
『代わりに村瀬が行ってあげて、結構焦ってるみたいだし、安心させてあげて欲しいの』
やはりそうか。でも俺は男だ。異性の家に上がり込むのは褒められるべきではないだろう。
『有泉さんは?』
『麗奈も外出中みたい。村瀬が家に行って良いか、私が愛莉に聞いてみるから、ちょっと待ってて』
その内容に、俺はすかさず『待て待て』と返信した。しかし、1分後に返ってきたメッセージは、俺の静止の言葉を無視した内容だった。
『愛莉が不安だから来て欲しいって。だから早く行ってあげて。私はバイトに戻るから。頑張ってね』
話が早すぎる。二階堂が不安がっているのは分かるが、進行が強引すぎる。俺が家に向かうという内容に了承したということは、多分、俺の到着を待ってくれているのだろう。
これじゃぁ、行かないという選択はない。
あぁ、もう、風呂に入っておけば良かった。
せめて体育がなかったのが救いだ。
俺は制服姿のまま、スマホを持ち、直ぐに二階堂の部屋に走った。早足でアパートの階段を上り、一番端の部屋に向かう。
そういえば、二階堂の家に行くのは、あの夜以来だ。
そうして玄関の前に着いた俺は、あの夜ぶりに、彼女の家のインターホンを鳴らしたのだ。
ピンポーンという音の後、ドアの向こうからすぐに足音が聞こえてきた。
ガチャリと大きく開けられるドア。
ちゃんと相手を確認したのだろうか? チェーンも付けずドアを開け放つのは無用心すぎないかと不安に思いながら、二階堂の顔を見た。
「大丈夫、かな......」
目を潤ませながら、不安そうに俺を見上げる彼女の顔が、そこにはあったのだ。
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