決意

 そうして昼休みの一件は終了した。


 帰り際、有泉にも何度も謝られた。謝ってくれたのは嬉しいが、よく考えれば、有泉があの生徒会長キャラの九条凛花だったのか。そんなこと考えてもいなかった。


 話によれば、昔読んだギャル雑誌を見てギャルに憧れを抱き、こうして口調や見た目を真似しているらしい。しかし私生活は真逆。なんたってドが付く程のお金持ちらしいのだ。


 普段学校にいる時はアンデンティティーでもあるギャルになり、家ではお嬢様ということだった。


 そんな衝撃の事実を知っても、昼休み直後は実感を抱けなかった。しかし時間が経てば経つほどに、その衝撃がヒシヒシと遅れて伝わってきたのだ。


 そして申し訳ないが、午後の授業はほぼ寝ていた。精神的な安堵感と解放感、そして寝不足も相まって、俺は睡魔に勝てなかったのだ。


 しかし居眠りもしたお陰で元気満タン。これから行う兎木ノアの誕生日記念配信の手伝いは任せて欲しい。記念動画もすでに完成しており、時刻になれば自動で公開される手筈になっている。


 誕生日記念配信はオフコラボで行うことになっている。何か企画を考えるべきかとも考えたが、そこは原点回帰、3人で雑談をして楽しむらしい。


 そして3人で配信するのだから、大きめで防音も施された配信場所が必要になってくるだろう。しかし配信場所については問題無かった。

 なんたって知人に、大きな防音室が家にある彼女がいるのだから。その彼女の名前はは有泉。言わずもがな、配信場所はなんと有泉邸。


 そして俺も有泉邸に招いてくれるらしく、放課後に車で家まで迎えにきてくれるようだ。


 俺の家に桜木や二階堂を呼んだことはあったが、俺が行くのは初めてだ。それというより、女性の同級生の家に行くなど前例がない。


 豪邸ということもあるし、かなり緊張してきた。


 そうして放課後になり、俺は自宅で呼ばれるのをソワソワと待っていた。そして外の音を確かめるように、聞き耳を立てながら待機していれば、一台の車が家の前で止まったのに気がついた。


 俺は遮光カーテンの隙間から恐る恐る外を覗く。


 黒光りした車体。車二台分はある全長。助手席からスーツ姿のサングラスの男が出てくる。そして後ろのドアをそっと開けたのだ。


 そうして出てきたのは、うちの制服を着た1人の女の子。その人は正真正銘、有泉麗奈。


 こんな閑静な住宅街を、あんなギラギラと黒く光る車が通れば、違和感しか生まれない。今だって正面のお隣さんが、カーテンの隙間から興味津々にその風景を眺めていた。


 ピンポーン。


 鳴らされるインターホン。俺は荷物を持って玄関に向かう。そうして扉を開けば、身長2メートルはあろうかという、ムキムキの男性が門扉の前に立っていた。


「村瀬真斗さんで間違いないですか?」


 あぁ、悪の組織に誘拐されるのではないだろうか。黒いスーツに、黒いサングラス。秘密結社の一員としか思えない。


「はい、そうです」


「麗奈様がお待ちです。こちらへどうぞ」


 しかし礼儀正しくお辞儀をした彼は、そっと俺の手に持っていた荷物を受け取り、俺を車へ案内した。そのジェントルマンというか、恭しい態度に、背中が痒くなる。


「真斗君、久しぶり。すぐに2人も来ますから、先に中で待っていて下さいね」


 ピンク気味の茶色の髪は上品にまとめられている。その髪は学校の時のようなヤンチャさではなく、今は品のあるお洒落な雰囲気を醸し出している。


「えっと、靴は脱ぐんだっけ?」


 初めて車に乗る人のような反応をしてしまう。なんたってリムジンに乗るなんて初めてなのだ。俺の靴で車のカーペットを汚してしまったら申し訳ない。


「ふふ、靴は脱がなくて大丈夫ですよ」


 有泉はお上品にクスクスと笑いながらそう言う。ギャルの時はあんなにヘラヘラと笑っていたのに。教養のあるお嬢様みたいな笑い方に、別人のようにしか思えない。


 俺はリムジンに乗り、車内を興味深く眺めていた。シャンパンだろうか、高級そうな瓶。うちのリビングにあるテレビよりも大きいモニターが前方に設置されている。同じ世界とは思えない。


「村瀬君、こんにちは」


「ひ、久しぶり、村瀬...」


 顔を綻ばせる二階堂。それに対し、桜木は頬を赤くしながら、俺から目線を外すようにして話しかけてくる。昼のこともあって、俺も気まずい。会いたくないとかじゃなくて、恥ずかしいに近い。


「久しぶり、二階堂、桜木」


 二階堂にはいつも通りに目を合わせられたが、桜木だと何となく視線が揺れてしまう。


 それを疑問に思った二階堂は、俺と桜木を見て、不思議そうに首を傾げた。


「うん? モモちゃん、村瀬君も。何かあったの?」


 相手に対して非常に気を遣ってくれる二階堂だ。俺達の違和感にすぐ気がついたのだろう。


「ん? 特に何にもないぞ。だよな桜木?」


「うん、何もないわよ」


 俺はなるべく表情を隠して桜木に問えば、彼女も話を合わせるように答えた。


 話によれば、桜木と有泉は、二階堂に黙って俺を騙す計画を企てたらしい。それに、俺もそのことを二階堂に相談しなかった。そのせいで昼の出来事を彼女は知らないのだ。


 それというのも、二階堂はあのストーカーの1件が本当にトラウマになっているようなのだ。その事実を伝えてきた桜木の表情を見れば、そのトラウマがどれ程のことか理解できた。


 二階堂は最初、俺にそのストーカー事件のことについて話したくなかったようで、桜木にも話さないようにとお願いしていたらしい。


 しかし、俺が信頼できると改心した桜木は、昼休みの前に、俺にその事件について話すべきだと真剣に相談してくれたようなのだ。そのような経緯があり、今日の昼にその事件について話してくれたようだ。


 今は話を逸らすように有泉が二階堂と話している。


 二階堂に昨日と今日の出来事を黙っているのは、嘘をついているようで心が痛むが、彼女のトラウマを刺激しないために、伏せておくのが賢明だろう。


 てかよく考えれば、俺が兎木ノアの中の人が二階堂だって知ったあの夜。かなり怖がらせてしまったのではないだろうか。そうして桜木に、正体がバレたことについて相談した姿が目に浮かぶ。


 俺は外の光が入らないように加工された黒っぽい窓を眺めていれば、二階堂の心配しているような声が聞こえてきた。


「村瀬君、大丈夫? もしかして緊張してる?」


 そう言う二階堂もどこか緊張しているように見える。今日は兎木ノアの誕生日記念配信だ。以前、失敗はできないと、強く意気込んでいる姿を目にしたことがある。


 俺が上の空でどうするんだ。


 しっかりと二階堂を、いやマネージャーとして皆んなを支えなければ。何があっても絶対に守ってやらなければ。


「はは、いやぁ、この窓不思議だなって思ってさ。てか、二階堂さんの方が緊張してるだろ? 俺は全然大丈夫だぞ」


 俺は微笑む二階堂を見ながら、そう決意したのであった。

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