誕生日記念生配信

「うわ、本当にお屋敷じゃん」


 車に乗って20分。有泉邸に到着した。周りを塀に囲まれ、正門はまるでお城のそれ。ザ・和の豪邸といった感じ。


 正門を抜ければ広がる日本庭園。鹿威しししおどしが心地よい音を鳴らしている。思ってた以上のお金持ちだったのだ。


「桜木さんも二階堂さんも、有泉さん家に来たのは初めてなのか?」


「えっとー、私は4回目かな」


「私は3回目ね」


 何回か訪れているようだが、それでも彼女達は落ち着かないように周囲を眺めている。対して有泉は先導してくれるボディーガードの方に、何食わぬ顔で付いて行っている。まぁ、ここが彼女の家なのだから当たり前だろう。


「お帰りなさいませ、お嬢様。そしてよくお越し下さいました、二階堂様、桜木様、村瀬様。私は執事の近衛と申します」


 老齢の男性が、好好爺とした笑顔で出迎えてくれた。執事までいるとは、やはり金持ちといったところだ。執事の人にはどんな話し方をすれば良いのだろう。なんか緊張する。


「爺、ただいま戻りました。私の部屋に案内してください」


「かしこまりました」


 うちのリビングほどはある玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替る。そして有泉の自室に向かう。廊下にはよく分からない花瓶や絵画が飾られている。それに廊下が長く、入り組んでいるし、迷子になってしまいそうだ。


 屋敷の中は和と洋が合体したような作りだ。案内された有泉の自室も、畳の部屋とフローリングの洋室が用意されていた。


「では、お嬢様、失礼いたします」


 案内を終えた近衛さんは、一礼するとすぐに部屋から出て行った。それを見届けた有泉は、肩から力を抜き大きく一回ため息を吐いた。そして品よくまとめられていた髪を一気にほどく。


「いや〜、やっぱこれっしょ〜。爺がいる時は下品だって怒られるけど、やっぱ堅苦しいのは疲れるよね〜」


 いきなりの変貌ぶりに頭がついていかない。


「あ〜、マサッち驚いた? いや〜、本当はこうやって軽めに話したいんだけどね〜。ボディーガードとか爺がいるとこじゃ怒られるんだよね。TPO弁えてる系ギャルって感じ?」


 なるほど、時と場合でちゃんと使い分けてるのか。だから普段はギャル風で、今日の昼休みに謝ってきた時とか、お屋敷で執事と一緒にいる時は、しっかりとした口調で話してきた訳だ。

 

「いや、切り替えすごいな」


「まぁね〜、伊達に赤ちゃんからお金持ちしてないって感じ? ヤバくね?」


「はは、ヤバイな」


 ギャルになった途端、口調だけじゃなく、人格も変わったように感じる。先程までのお淑やかさは消え失せ、パーソナルスペースを犯してくるようなアグレッシブさを感じる。


「じゃ、3人はこっちで寛いでてね。私はちょっと着替えてくるわ」


 そう言って衣装部屋へと消えていく有泉。


 桜木は慣れた手つきでテレビをつけ、テーブルに置いてあったお菓子を食べ始めた。勝手に食べていいのだろうかと困惑したが、二階堂も手を伸ばしたし大丈夫だろう。


 そうして15分ほど待っていれば、ジャージ姿の有泉が衣装部屋から出てきた。その容姿は紛れもなくギャル。お嬢様という風格をまるで感じない。


「配信部屋の準備はできてるし、配信開始までのんびりしてよっか」


 配信開始は19時。今は17時だし、まだ2時間ほどある。


「えっと〜、軽食用意してもらおうと思ってるんだけど、食べるよね?」


 その有泉の問いに二階堂も桜木もYESと答える。確かに配信が19時開始だし、俺も食べておこう。俺も軽食を用意してもらうことにして、俺達はテレビを見ながらのんびり過ごした。


 そして18時頃、軽食が運ばれてきた。サンドウィッチだ。具がこれでもかと挟まれ、ボリューム満点。はみ出たトマトやレタスも非常に瑞々しい。


「んぅ〜、やっぱおいひぃ」


 美味しそうに頬張る有泉。それに続いて俺達も口に運ぶ。コンビニに売られているサンドウィッチとは桁違い。ふわっふわっのパンに、シャキシャキの野菜、ジューシーなハム。美味い要素がこれでもかと詰め込まれているのだ。


「やっぱりレイちゃん家のご飯は美味しい」


「もぉ、愛莉、ほっぺにソースつけて」


「ん? どこ?」


 そう言って反対の頬を確認する二階堂に、桜木はティッシュを手に近づき、サッと拭き取った。


「もぉ、服についたら大変だから気をつけてね」


「ありがとう、モモちゃん」


 2人が姉妹のように見える。心配症な世話焼きの姉が桜木で、おっちょこちょいの天然な妹が二階堂。


 俺はそんな微笑ましい風景を見ながらサンドウィッチを頬張る。


 俺はそんな彼女達を笑いながら眺めていれば、二階堂は頬を膨らませながら、不服そうにこちらを見つめてきた。


「村瀬君もここにソースついてるよ」


 そう言った二階堂は、俺の右頬を指さす。


 俺は頬にソースをつけた二階堂を笑ってしまったが、マジか、俺もついていたとは思わなかった。恥ずかしい。

 俺もティッシュを手に取り、二階堂が指さした辺りを拭く。


「ふふ、違う違う、ここここ」


「えっと、ここか?」


「違うよ、ふふっ。ここだって」


 俺は二階堂に言われた通りにティッシュで顔を拭くが、取れた気配がない。


「おい、本当か?」


 クスクスと楽しそうに笑っている二階堂。すると桜木は呆れた顔で俺を見つめてきた。


「村瀬、どこにもついてないわよ。愛莉の嘘」


「モモちゃん、何で言っちゃうの〜」


 ネタバラシをされて二階堂はつまらなそうに眉を寄せた。


 二階堂め、嘘だったのか。まさか二階堂に騙されるとは。普通にソースがついているものだと思っていた。


「二階堂さん?」


 俺はニコリと優しく笑って彼女を見れば、苦笑いを浮かべた彼女は、取り繕うように辿々しく話し始めた。


「えっと、冗談だよ。冗談。ごめんね?」


 軽く下を向き、恐る恐るこちらを見つめる二階堂。


 上目遣いで「ごめんね?」なんて言われたら、許すしかないだろう。破壊力抜群すぎるんだよ。思わずキュン死しそうになったわ。


 そうこう話していれば、配信開始は15分前まで迫っていた。


 俺の配信中の仕事は、画面の切り替えや、コメントの管理。人気になったせいか、英語のスパムみたいなのが増えてきて、それなりに面倒くさい。


 俺は配信部屋の隅に置かれた作業スペースに向かい、パソコンを操作する。


 彼女達は進行のための台本を軽く読み、笑みを浮かべながら軽い打ち合わせを行なっていた。


 そうして18時59分。残り30秒で配信を開始する。すでに1000人近くが待機している。


 そして時間だ。


「みんな〜聞こえてるかな? 今日もノアの配信に来てくれてありがとね〜」


 そうして配信がスタートした。目の前で楽しそうに話す二階堂。それを左右から眺める桜木と有泉も、とても満足そうに笑っている。


「今日は誕生日記念でオフコラボだよ。ほら、今隣に2人がいるの」


 そう弾む声で話す二階堂に合わせて、画面に2人を映し出す。


「みなさんご機嫌よう。九条凛花です。ノアさん、今日は誕生日おめでとうございます」


「こんばんは、東城アヤメです。ノア、誕生日おめでとう」


「ありがとう、2人とも〜」


 そうして3人は楽しそうに話し始めた。コメント欄も『おめでとう』の嵐。いつもより視聴者数も多い。


 こうして実際に配信をしているところは初めて見た。画面に映る兎木ノアじゃなくて、画面の前で話す二階堂。人見知りとか過去とかを忘れ、画面の前で楽しそうに、流暢に話す彼女。

 本来の彼女は分からないが、今の彼女は非常に楽しそうだ。


「ほら皆んな! 皆んなの大好きなアヤメちゃんが、隣にいるんだよ。ていっ、ていっ」


「ちょっと、もう、くすぐったいって。脇を突くのやめてよね」


 二階堂が桜木にちょっかいをかけている。コメント欄は良い意味で阿鼻叫喚。尊いbotと化しているリスナーもいる。

 ふむ、確かに尊い。守りたい、この笑顔。


「ほら、凛花ちゃんも、ていっ、ていっ」


「きゃっ、そこはヤバイッ。って、もぉノアさん、くすぐったいですって」


 終始二階堂に押され気味の2人は見ていて新鮮だ。普段なら二階堂は桜木にからかわれていることが多いが、逆も良い。


 ヤバイヤバイ、仕事をしなければ。ニヤケている場合じゃない。

 こら、スパム、消えなさい。


 こうして2時間近く放送された生配信は大成功に終わった。3人も満足そうに、椅子の背もたれに寄っかかっている。


「楽しかったね、モモちゃん、レイちゃん」


「楽しかったわね」


「もっち楽しかった」


 3人には休んでいてもらい、俺は配信の機材を片付ける。その間に3人は、反省会と称しているが、楽しそうに談笑していた。


「ねぇ、遅いし夕飯食べていくっしょ?」


「私は大丈夫だけど、モモちゃんは?」


「私は大歓迎よ、食費浮くしね」


「やったー、マサッちも食べてくよね?」


 今は21時過ぎ、夕飯は遅くなるからいらないと母親にも言っていた。これは有り難い。もちろん参加させていただこう。


「ありがとう、じゃぁお言葉に甘えようかな」


 こうして兎木ノアの誕生日記念生配信は、大成功を遂げたのであった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る