虚しさ

 俺はすぐに桜木に連絡を入れた。しかし、彼女の反応も芳しくない。


 いきなりの出来事で、俺も彼女も限りなく動揺しているのだ。また、二階堂を心配させないために、この事実を彼女には伏せている。


 俺と桜木の2人で、何とかして良い案はないか考えても、一向に何も浮かんでこない。


 こうしてロクな解決策も見つからず、放課後になってしまう。


 今日の夜、二階堂は配信をするようだ。


 隣から漏れる彼女の声を、録音しても地獄、録音しなくても地獄。どうするべきなのだろうか。




 そして今、俺の部屋に桜木がいる。険しく難しそうな表情の彼女を見ても、俺に何かできることはない。


「有泉がね。本当に何が目的なの......」


「多分、顔バレでもさせて、学校からいなくなるようにしたいとか」


「はぁ、なんでそんなこと」


 下を向き、項垂れている桜木。


 そして、不安そうにゆっくりと俺の方を見てきた。


「大丈夫だよね?」


 縋り付くような目で俺の方を見てくる彼女。俺の返答はもちろん決まっている。


「当たり前だ」


 そう言った俺にニッコリと微笑む桜木。それでもどこか不安そうだ。


「ありがとう、信じてる」


 この会話の後、すぐに桜木は帰っていった。自身の配信があるからだ。そして東城アヤメとなった桜木の配信は、非常に盛り上がっている。その姿に何故か、俺は哀愁を感じてならなかった。




 そうして21時過ぎ。二階堂の、兎木ノアの配信が始まった。いつもより盛り上がっているせいか、声が隣から漏れてくる。


 多分、スマホで録音すれば、彼女の声が記録できるだろう。


 だが、俺の手は全くスマホに伸びない。ただ画面で楽しく話している彼女を見つめるだけ。


 そうして1時間後、配信は終わってしまった。


 こうなってしまえば、もう明日の夕方までに動画を送ることはできない。だからこそ、明日、どうやってでも、話をつけてやらなければならないのだ。


 


 そして翌日。兎木ノアの誕生日でもあるこの日。


 俺は緊張のなか学校へ向かった。そして学校に着くと、すぐに有泉のいる教室に向かった。そうすれば教室の中で、何名かの友達と喋っている有泉の姿が見えたのだ。


 俺は意を決して有泉の元へ向かおうとしたが、それよりも先に有泉がこちらに歩いてきた。彼女も俺の事を今か今かと待っていたようだ。


 だが、彼女は俺の隣を素通りしていく。しかし、彼女から放たれた呟きを聞き逃さなかった。


「こっち来て」


 そして俺は大きく深呼吸をして振り返った。そのまま有泉について行く。連れてこられた場所は、昨日と同じような人気のない踊り場。


「もしかして、動画撮ってきてくれたの?」


 彼女のワクワクとした笑顔に、無性に怒りが込み上げる。俺は苛立ちを隠すことができず、語気を強くしながら言葉を返す。


「する訳がないだろ」


 有泉も流石に驚いたようで、一歩後ろに下がった。それでも直ぐに表情を戻した彼女は、ヘラヘラと話しかけてくる。


「な、なら、どうして来たの〜?」


「何をする気か分からないが、やめてくれないか?」


 俺は真剣に、彼女に真正面から視線を合わせてそう言い放つ。今の俺の心臓はグラグラと燃えている。どうにかして有泉に思い留まらせなければならないのだ。


「ふ〜ん」


 だが、暖簾に腕押し。少しだけ焦っている様子が窺えるが、それだけだ。


「俺は絶対に協力しない。そして、どうか、どうかやめてくれ」


 俺はゆっくりと彼女に伝える。そうすれば、いつになく真面目な顔になった有泉は、同じく真剣な口調で言葉を返した。


「分かったわ。アイっちのことは何もしないであげる。その代わり、また昼休みにここに来て」


 そう言ってゆっくりとこの場から離れていく有泉。言葉的には諦めたように聞こえたが、意味が分からない。昼にまたここに来いということは、また何やら意味深な罠でもあるのだろうか。


「おい、待て、有泉。どういうつもりだ!?」


 俺は帰ろうとする有泉を引き止めようと、彼女を追いかける。


「昼休みに全部話すからっ。だから待って...」


 震えるように、階段に響き渡るほど大きな声を出してきた有泉に、俺も思わず押し黙る。余程怒っているのだろうか。追いかけることもできなかった。


 俺はすぐに教室に戻り、登校していた桜木にこの事実を伝えた。


 そうすれば、どこまでも優しい笑顔でニッコリと微笑んだのだ。


「多分大丈夫だと思う。ありがとね」


 いつになく優しい桜木に嫌な予感が頭を巡る。有泉はああ言ったが、言葉通りにやめてくれる気がしないのだ。それにどこか諦めたようにも見える桜木に、焦りを覚えてならない。


「だが、本当にやめてくれるか......」


「村瀬大丈夫、本当にありがとう」


 そう言った桜木は、いつものからかうような悪戯な笑みではなく、ただただ優しく笑ってみせるのだ。


 しかしそうこうしていれば、担任の飯田先生が教室に入ってきた。そのため、桜木との話も打ち切られてしまった。


 そうして不安と緊張の中、午前中の授業を終えた。


「ちょっと行ってくる」


 桜木の横を通り過ぎながらボソリとそう呟く。そうすれば意味が分かったようで、桜木は「うん」と一言だけ返してくる。いつものような元気がない桜木。やはり心配なのだろう。

 

 そうして俺は足早に朝訪れた踊り場に向かった。


 すると、そこにはやはり有泉の姿があった。しかし、今の彼女に笑みはなく、真っ直ぐと窓の外を眺めていた。


「おい、有泉、来たぞ」


 俺に声をかけられた彼女は、驚いた様子でパッとこちらに振り向いた。


「あっ、真斗君」


 振り返った彼女は真面目な口調で、それも「真斗君」などとむず痒い呼び名で話しかけてきたのだ。


 また良からぬことを考えているのだろう。朝までとは全く異なる雰囲気を感じて身構える。


「本当にごめんなさい」


 嘘をついていたり、馬鹿にしているような素振りすら感じない、至極真面目な表情でそう伝えてきた。何が起きているのか、何がしたいのか、俺は全く理解できず、眉をひそめながら彼女の姿を眺める。


「どういう意味だ?」


「二階堂さんに関すること、全部嘘なんです。本当にごめんなさい」


 彼女は実直にそう伝えてくる


「だからどういう意味だ?」


 俺は苛立たしげに、有泉を詰めように前へ進んでいく。そうすれば、そんな俺を静止するように、後ろから声をかけられたのだ。


「村瀬!」


 聞き慣れた声。そして俺の心臓もさらに鼓動を強くする。今起きている事態が全く飲み込めないのだ。


 本当に頭がバグってしまいそうなのだ。


「なぁ、どうしたんだ桜木?」


 階段の下から見上げるように声をかけてきた桜木は、まるで縋り付く弱った子猫のように、弱々しい顔をしている。


「ごめんなさい。村瀬を騙してたの」


 目が合って第一声、謝罪の言葉を述べる桜木。からかっている様子は見受けられない。素直さと実直さの感じる真っ直ぐな目だ。


 そうして目が合った彼女は、気まずそうに視線を下げ俯いた。


 そんな彼女を見ていた俺の心臓は、ただただ虚しく音を鳴らしていた。

 

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