ショッピング

 次の日の学校。


 はっきり言おう、全然身が入らなかった。なんたって放課後に桜木と一緒に買い物に行くことが決まっているのだ。不安と期待で頭がグチャグチャになりそうだ。


 そうして放課後、校門前で桜木と待ち合わせ、近くにあるショッピングモールに向かうことになった。


「良いのか、俺と表で一緒にいて、他の同級生に見られたらどうするんだ?」


「みんな部活だし、大丈夫でしょ? それに愛莉だったら騒がれるかもしれないけど、私なら大丈夫よ」


 確かに二階堂は学校のマドンナ。他の男と一緒にいるところが露見してしまえば、色んな意味で騒がれる。しかし、桜木だって人気はあるのだ。彼女に好意を寄せている男も多いだろう。


「桜木さんだって変わらないと思うけどな」


「はいはい、ありがとう」


 彼女は、冗談はやめてよという様子で、手をフリフリと振りながら、そっぽを向いてそう返した。


「まぁ、村瀬の家と私の家が隣だし、一緒に帰っていても、不思議がられることはないでしょ。こんな事で私達の関係がバレる筈もないしね」


「2人が配信してるなんて知られたら、絶対に騒ぎになるもんな」


「私は別に良いのよ。でも愛莉だけが心配」


 桜木は道の先を睨むようにしてそう語った。何やら事情でもあるのだろうか。まぁ、普通に考えても、顔を隠して活動している彼女達の正体がバレるのは非常にまずいし、俺も気をつけなくてはならない。


 そうして2、30分歩き目的地に到着した。


「私の買いたいものもあるけど、まずは愛莉へのプレゼントね。村瀬は何か良い案ある?」


「えっ、俺!? プレゼントって、そんなの妹くらいにしかあげたことないしな.......」


 てっきり桜木が良いものを見繕ってくれるものだと思っていた。だからこそ、急にプレゼントの内容を問われて、俺は顎に手を当て唸ってしまう。

 なんせ女性にプレゼントを送ったことなど、人生で数回しかないのだ。その数回とも母と妹。悲しきかな人生。


「ふふ、美憂ちゃんには何を送ったの?」


 からかうような表情でそう聞いてくる桜木。最近美憂にプレゼントしたのはハンドクリーム。それは去年の彼女の誕生日にあげたものだ。


 中学2年になり、多少大人ぶりたい年頃であろうし、丁度美憂は料理に目覚めたようだったのだ。母さんの手伝いを良くするようになったし、休日は俺の分の昼食を作ってくれたこともあったのだ。


 そして母さんと美憂が、水仕事での手荒れについて話をしているのを聞いたのだ。俺だってご飯を作ってもらっている身。何かお返しがしたいと、誕生日にハンドクリームを送ったという訳。


「ハンドクリームだよ、俺も美憂も肌が乾燥しやすくてな」


「へ〜、普通に良いじゃん」


「あぁ、あの時は何を送るべきか、ネットで調べまくったからな」


「ふふ、そういうことね」


 そう会話をしながら、ショッピングモールの中へ入っていく。そうして桜木はどの店に行こうかと、辺りを見回した。


「う〜ん、そうね、うちもハンドクリームにしない?」


「俺は良いけど、二階堂さんは喜びそうか?」


「愛莉も高校入ってから自炊すること多いから、多分助かると思うわよ」


「おおそうか、なら俺もハンドクリームで良いぞ」


 お弁当も朝起きて作っているようだったし、この前はチーズケーキも作ってくれた。自炊をする彼女にとって、やはり手荒れは死活問題だろう。


 桜木はオススメのお店を知っているようで、彼女に先導されながら店内を歩く。


「ここのコスメ人気あるのよ。ここで良い?」


「もちろん良いぞ」


 残念ながらコスメのコの字も知らない俺だ。桜木に商品を選んでもらうのが一番だろう。オシャレとか全然分からないし、どの商品が良いのかも分からないのだ。


 俺は桜木が楽しそうに商品を眺めている姿を後ろで眺めながら、店内を歩く。甘く濃厚な化粧品の香りに、少し頭がクラクラする。


「村瀬はどれが良いとかある?」


 ハンドクリームコーナーで立ち止まった桜木は、商品を指差してそう言った。


 多少違いがあるものの、全てが同じ商品に見える。もちろん、どれが良いなんて分からない。


「ハンドクリームとか使わないし、桜木のオススメのを買えば良いんじゃないか?」


「村瀬もハンドクリームくらい使いなさいよ。乾燥肌なんでしょ?」


 少し呆れた様子の桜木だが、そう言うと商品を真剣そうに物色し始めた。見た目が可愛らしいもの、効能が良いもの、桜木が何個かの商品をピックアップしてくれた。


「私的にはこの3つで迷ってるんだけど、どれが良いと思う? これがローズの香りね、これは薬用であんまり匂いしないやつ、これがハチミツとかオレンジ、ラベンダーが入ってるやつ。どれが愛莉に合うと思う?」


 そう言って手のひらの上に3つの商品を並べる桜木。これは難しい問題だ。


 見た目や、香りの華やかさでいえば、このローズの香りのやつだろう。そして匂いが苦手で、性能重視なら薬用のこれだ。少し値段は張るが、品質も効能も良さそうなのが最後。


 個人的には、やはり最後のやつを買ってあげたい。


「そのハチミツとオレンジとかが入ったやつかな?」


「ふふ、私もこれが良いんじゃないかなって思ってたの」


 嬉しそうに悪戯な笑みを浮かべた桜木は、他の2つを商品棚に戻した。


「じゃぁ、決まった事だし、お会計ね」


 そうしてレジに向かう。中々の値段はするが、二階堂には大変助けてもらったし、これくらいのお礼はしたい。


 2人で半分ずつ金額を払い、プレゼント用に包装してもらった商品を受け取る。


「よし、プレゼントも買い終わったし、今度は私の買い物に付き合ってね」


「おう、もちろんだ」


 そうして何個もの洋服のお店を見て回る。もちろん買うのは桜木だ。当たり前だが女性物のコーナーを見て回るわけだが、何だかムズムズする。


「ねぇ、これとこれ、どっちが似合う?」


 これは、「どっちが似合う」と聞きながら、相手はもう答えが決まっているというあれだろ。相手は桜木。間違える訳にはいかない。違いは色。片方はピンク、片方は白。


 確か、この前2回ほど彼女の私服を見たが、どちらかというとシンプルで白や黒の服が多かった。


「えっと、そっちの白かな?」


「やっぱり! じゃぁ、こっちにしよっと」


 自分が良いと思ったものを、相手も良いと言ってくれたことが嬉しかったようで、桜木はルンルンとその白い服をカゴに入れた。


 その後も買い物が続き、かなりの量の洋服を買った。


「いやぁ、バイトは大変だけど、やっぱり洋服にはお金を使っちゃうのよね」


 桜木はバイトもしているようだ。高校行って、バイトして、配信までしているなんて、かなり忙しいだろう。


 俺は服には興味がないが、オシャレ好きな人からしたら、ショッピングはかなり楽しいようだ。だが今の俺は、ただ色々連れ回され、荷物まで持っているので、かなりヘトヘトだが。


「結構疲れたわね、あそこで休みましょ」


 そう言って長椅子に座った桜木は、急かすように自身の隣をポンポンと叩いた。


「色々連れまわして悪かったわね、思ってたより長い時間過ごしちゃったし」


「別に気にしなくて良いよ」


 そう言うと何か考えているのか、足をプラプラと動かしながら、自身の足元を見ていた。そして不意にこちらに顔を向けた桜木は、ただただ優しそうな笑顔で言葉を返した。


「何でものお願い、今の買い物に付き合ってくれたからチャラにしてあげる」


 まさか急にそんなことを言われると思っておらず、俺は素っ頓狂に言葉を返す。


「は!? いや、良いのか?」


「別に良いわよ、特にしてもらいたいことも無いしね」


「いや、でも悪いよ」


 もちろんチャラにしてくれるのは有り難いが、変に優しくて、直ぐに納得できなかった。


「何? 変なお願いされたかったの?」


 からかうように首をコテリと傾け、訪ねてくる彼女。


「いや、そういう訳じゃないんだけどさ」


 俺が本当に良いのかと、遠慮気味にそう言えば、桜木は一回ため息をつくと、呆れた様子で財布を取り出した。


「はぁ、じゃぁ、これ。これであのクレープ買ってきて。これが何でものお願い」


 桜木は財布から700円を取り出し、俺に渡してくる。


「ほらほら、早く早く。種類は何でも良いから、お腹空いたからすぐね」


 俺は彼女に急かされ、反論もできないまま、クレープ店へ向かった。


 イチゴ系とか、チョコ系とか色々あるし、何でも良いと言われても困る。


 俺は当店ナンバー1と書かれている商品を見つけたこともあり、その商品を注文した。そして渡されたのは、生クリームがこれでもかとはみ出た美味しそうなクレープ。甘い香りが鼻腔をくすぐる。スプーンとお釣りを片方の手で握りしめ、桜木の元へ戻る。


「えっと、一番人気のチョコとバナナのやつにしたけど、大丈夫だった?」


「もちろん、ありがとね」


 そうしてお釣りとクレープを受け取った桜木は、スプーンも使わず豪快に食べ始めた。


「うわぁ、これめちゃくちゃ美味しい」


「それなら良かった」


「ねぇ、ちょっと食べてみない?」


 た、食べてみない!? 確かに食べたいが、そんな1つのクレープを2人で食べるなんて、か、カップルみたいじゃないか?? 普通に恥ずかしいし、桜木は良いのだろうか。


「えっと、良いのか?」


「良いって言ってるでしょ?」


 そう言った桜木は、生クリームに刺さっていたスプーンに、たっぷりのチョコと生クリームを乗せ、俺に渡してきた。


「えっと、いただきます」


 まさか一緒に食べるなんて思っておらず、驚きで俺の体はボッと熱くなる。


 恥ずかしさもあり、桜木から目線を逸らし、クレープを眺めるようにして、スプーンを口に運ぶ。


「どう?」


「うん、甘さも丁度良いし、めちゃくちゃ美味い」


 桜木も満足そうだ。甘さも控えめで、こんなに大きなクレープではあるが、ペロリと食べれちゃいそうだ。


 俺が一口食べれば、桜木も一口頬張る。そして俺の顔をちらりと見た桜木は、またクレープを差し出してくる。


「ほら、まだ食べて良いからね」


「おう、ありがとう」


 俺が口をつけたスプーンを使っても平気なのだろうか。だが、桜木が食べてと勧めてくれるのなら、食べても良いのだろう。


 その後、何度もスプーンでクレープを食べた。


 余程美味しくて、食べるのに集中してしまったからだろうか。俺と桜木の間に不思議な沈黙が続く。


 まぁ、俺が喋らない理由。いや喋れない理由は別にあるのだが。単純に小っ恥ずかしいのだ。まるでカップルのように、2人で1つクレープを食べる姿。誰がどう見ても友達以上には見えるだろう。


 桜木が口に頬張る、俺がスプーンですくって食べる。そんな感じで交互に食べていけば、10分程で完食してしまった。


 そうして食べ終わった口の中は、やけに甘ったるかった。

 


 

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