試験勉強ー2

 放課後、既に3日後に迫った試験を控え、俺の家で3人は猛勉強中だ。


 俺は椅子に座り、作業デスクで勉強をし、2人は座布団に座り、テーブルの上で勉強をしている。俺の部屋はさほど大きくないので、このような形で勉強しているのだ。


 今の俺は暗記科目を中心に勉強しているので、特に教えてもらう機会は少ないが、後ろに誰かがいるというのは有り難い。1人だったら絶対にスマホをいじってしまっていた。


「愛莉、ここってなんで21になるの?」


「ん? ここ? ここはね──」


 後ろでは桜木が数学を勉強しているようで、分からない箇所を二階堂に聞いている最中のようだ。程よい雑音に逆に集中力が増す。個人的に静かすぎる部屋って逆に落ち着かないのだ。 


放課後、2時間ほど勉強すれば、時刻は6時前。試験前で学校が早く終わったために、こうして勉強時間を多く確保することができた。


 そして休憩時間。俺は大きく背伸びをする。


「村瀬君は分からないとこは大丈夫?」


「さっきまで世界史の暗記してたから大丈夫だったけど、休憩が終わったら英語に入るから、質問しちゃうかもな」


「英語なら得意だから任せてね」


 桜木は嬉しそうにそう答えるが、俺は彼女が心配になってしまう。


 いくら二階堂が頭が良くて、俺らよりも何日も前に勉強を開始したからといって、こんなにもおんぶに抱っこで良いのだろうか。彼女の成績が下がってしまったのなら申し訳がない。


「ごめんな、二階堂さんの勉強を遮っちゃうけど」


「気にしないで大丈夫だよ。人に教えると、私も理解できてなかった部分に気付けるし、逆に感謝してるよ」


 ふわぁ、良い子や、良い子やぁ。本当に二階堂には感謝してもしきれない。こんなにも真摯に教えてくれているのだ。今回は高校に入学して初めての試験なのだ。出来る男の姿を見せつけてやらねば。


「はい、10分経ったし再開ね」


 桜木がそう宣言すれば、勉強モードがスタートする。彼女はかなり真剣なようで、無駄話などすることなく黙々と勉強している。ライバル視する訳ではないが、試験の順位で桜木に勝つことが、隠れた目標だったりする。


 こうして30分ほど勉強すれば、やはり英語の、文法の部分で躓いてしまった。俺は質問するかどうか悩み、一瞬後ろを振り返る。


 そうして見えるのは真剣な面持ちで集中している2人の姿。それを見てしまえば、邪魔してしまいそうで、声などかけれなかった。


 俺は参考書を開き、教科書を見返し、理解し難い文法の謎の解明に励む。ゲシュタルト崩壊とはこのことだろうか、アルファベットが不思議な線の集合体にしか見えなくなってくる。まるで考古学者にでもなった気分だ。


 そんな時、ファと華やかな甘い花の香りが鼻腔をくすぐった。背後から流れてくるその香り。俺は思わずその香源がいるであろう背後を振り返った。


「うおっ」


「わっ」


 俺が急に振り返ったからか、二階堂から鈴の音のような小さな悲鳴が聞こえた。そして俺も驚きで声を出してしまう。突然背後に人がいたというのも驚いた原因だが、それ以上に彼女との間が近かったのだ。


 拳一つ先にある二階堂の小さな顔。大きな目に長いまつ毛。驚いたように目をパチパチされる彼女の顔は、精巧に作られた人形のようだ。


「あっと、わ、分からないとことかある?」


「あぁ、そうだな、文法がいまいち理解できなくてさ」


 お互いにどもり気味に言葉を交わす。二階堂はその間に俺から距離を取り、俺と教科書を交互に見るようにして言葉を続けた。


「さっきチラッてこっちを振り返ってたから、気になってたんだけど、やっぱり分からないとこあったんだ。直ぐに聞いてくれれば良かったのに」


「バレてたか、いや、集中してたみたいだし、後ででも良いかなって」


「別に気にしなくても良いんだよ。それで、どこら辺が分からなかったの?」


「えっと、ここの──」


 こうして俺は二階堂とのマンツーマンレッスンが始まった。やはり彼女の教え方は丁寧だし、分かりやすい。一個一個理解できたかを確認してから進めてくれるので、置いていかれるということがない。


 ぜひ学校の先生と交代してほしい。英語だけ、いや全科目。その方が絶対に男連中はやる気になる気がする。まぁ、授業どころじゃなくなる気もするが。


「えっと、それでね。どこのページだっけ。ちょっとごめんね」


 二階堂はそう言って俺の教科書のページをめくっていく。肩が触れるし、顔がめちゃくちゃ近い。感覚的には、俺の顔の直ぐ隣に二階堂の顔がある感じだ。


 柔軟剤だかジャンプーだかの優しい香りもするし、何だか眠くなってくる。二階堂は教え方は上手いのだが、声が聴き心地の良い楽器のような美しさがあり、子守唄のように眠気を誘うのだ。


「あっと、ちょっと参考書も見せてね」


 そう言うと、奥にあった参考書に手を伸ばす。作業デスクに乗り出すように、前のめりになりながら、参考書のページをめくっていく。


 彼女は教えることに必死なようで気づいていないが、俺の顔に彼女の体が当たりそうになったのだ。俺はすかさず体を反らしながら避ける。腰が痛いが、仕方ない。彼女の背中に俺の顔を押し付けることになれば、それこそセクハラというものだろう。


「ちょっと、愛莉。村瀬が辛そうだよ」


 後ろから聞こえる桜木の声。呆れたような声色だ。そんな声を聞いた二階堂は、斜め下を振り返るようにして俺の状況を確認した。


「わわわ、ごめんなさい」


「あぁ、別に大丈夫だよ」


 驚いた様子で身を引いた二階堂は、顔を赤くしながら謝ってきた。彼女のすぐ恥ずかしがって顔を赤くしてしまう癖は非常に可愛らしい。彼女の純粋さを物語っているようだ。


「えっと、ページ見つかったから、説明するね」


「お願いします」


 そうして説明が再開した。彼女は左手で教科書を指で指しながら、右手でパタパタと赤らんだ顔を仰ぎ、真剣に言葉を伝えてくる。


 こうしてこの日の勉強会も終了した。だが、なんと2人はこれから配信を行う予定のようだ。なんとアグレッシブなことか。俺は今すぐにでも飯食って風呂入って寝たい気分なのだ。


 それでも俺は配信の予定表をまとめ、配信が始まる度に拡散のためPwitterの更新も欠かさない。細やかな業務ではあるが、しっかりとマネージャー業も遂行したのだった。




 それから試験までの2日間、徹夜にはならなかったが、猛烈に勉強した。


 残り2日間は勉強会は行わず、個人個人で勉強をすることになった。だからこそ、俺は二階堂の努力に報うため、そして良いところを見せるため、手にペンダコができるほどに手を動かした。


 そして当日。少しキリキリと痛む胃に急かされながら、久しぶりに余裕をもって学校に到着した。人はまばらで、既に到着している生徒も、必死に机に向かっている。


 他クラスの生徒達の姿を見ながら廊下を進めば、こちらの身も引き締まるというものだ。


 そして二階堂のいるクラスの前を通った時、そこにはやはり集中して勉強する彼女の姿があった。俺も頑張らなくては、心の底からそう思う。


 だが、ふいに顔をあげる二階堂。彼女は俺の存在に気がつき、真剣そうだった表情は一変、にこりと柔らかい笑顔が見えた。そして彼女は何かを伝えようと、口を動かしたのだ。


『がんばってね』


 教室の厚い窓越しでも聞こえた無言の声援。


 俺はその言葉に強く頷き、試験に挑んだのだった。


 


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