試験勉強ー1
二階堂の鶴の一声により、次の日から勉強会を開催する事になった。それもほぼ毎日。
翌日の日曜日が勉強会の初日。場所は学校から少し離れた図書館。俺の家でも良かったのだが、あまりにも俺の家に溜まりすぎては、迷惑になるだろうと、図書館になったのだ。
俺と桜木が隣に座り、先生役の二階堂が正面に座っている。先生役だからだろうか、今日の二階堂は眼鏡をかけていた。
俺は眼鏡の彼女を見慣れておらず、思わずじっと見つめてしまえば、彼女は恥ずかしそうに眼鏡を触る。
「えっと、勉強する時とかは眼鏡なんだけど、変かな?」
不安そうに尋ねてくる二階堂に返す言葉は勿論決まっている。
「いや、めちゃくちゃ似合ってるよ」
当たり前だ。なんたってめちゃくちゃ似合っているのだから。眼鏡をかけた彼女は、正に才色兼備。容姿端麗、眉目秀麗が服を着て歩いているような彼女の眼鏡姿は、知の女神を彷彿とさせるのだ。おっと、ゴホンゴホン、少し盛り上がりすぎた。
「ほらほら、2人で盛り上がってないで、早く勉強するわよ」
「ちょっちょちょ、モモちゃん。何言ってるの!?」
「はいはい、図書館なんでお静かにー」
本当に桜木はからかうのが手慣れている。顔を赤くして焦る二階堂など目にもくれず、慣れた手つきで勉強の準備を進めているのだ。
まぁ、確かに図書館でうるさくするのは不味いし、今は勉強会に集中するべきだろう。俺も桜木に倣ってノートを開き、筆記用具を取り出す。
まずは数学だ。数学なら比較的得意。多少授業では理解しきれなかった部分もあったが、特につまずくこともなく時間が進む。
桜木に関しても数学には自信があったようで、特に二階堂の力を借りることもなかった。そんな二階堂は張り切っていたせいもあってか、少し不服そうだった。
『何か分からないことはない?』
『大丈夫、分かる?』
『ここ難しいけど、分かった?』
逆に二階堂の質問責めで集中が途切れてしまうことがあったくらいだ。だけれども、やはり目の前に二階堂がいるのは大きい。なんたって良いとこを見せたくて、アドレナリンが出ているせいか、いつもより頭が働いている気がするのだ。
しかし、次の世界史になって、俺達は二階堂の力を借りることになったのだ。
「あー、こんなの覚えられないわよ」
「だよな、俺も覚えるの苦手なんだよ」
俺も桜木も覚える系の科目が苦手のようだ。教科書を開き、年号を見て、顔をしかめながら口々に文句を漏らしていた。
「ふふん」
機嫌が良さそうに鼻を鳴らす音が聞こえた。
「ゴホンゴホン」
機嫌が良さそうに咳き込む音が聞こえた。
だが、俺と桜木は完全に無視。聞こえないフリをしながら、2人で世界史の恨み言を吐き捨てていた。
「まず覚える意味って分からないわよね。一問一答で年号なんて聞かれても、絶対に役に立つ訳ないのにね、本当に面倒くさい」
「何か覚えやすい方法とかないのか? 俺も世界史嫌いなんだよな。みんな同じ名前してるし」
「ゴッホン、ゴッホン」
俺と桜木の会話を遮るように、主張の激しい咳払いが聞こえてくる。
それでも俺らからは声をかけない。
「あー、語呂があると覚えやすいんだけどなー」
なんか具体的な解決方法まで聞こえてきた。俺は思わず笑ってしまいそうになる。数学の時に質問されなかったことを気にしているのか、強引にでも俺と桜木に質問させたいらしい。
まぁ、言わなくても分かるだろうが、先程から聞こえる咳払いや独り言の正体は二階堂だ。目の前にいる彼女は、チラチラと俺らの方を見てくるのだ。
なんか流石に哀れに見えてくる。てか、俺らが教えてもらう立場なのだから、二階堂をおちょくるのはお門違いだろう。それに、俺らは教えてもらわないと赤点すらあり得るのだ。流石に意地悪するのはこれくらいにした方が良いだろう。
「あのー、二階堂先生、何か良い方法はありませんか?」
俺が一声、声をかければ、二階堂の表情はパアァと明るくなる。まるで背景に花が咲き誇っているのではないかと思えるほどに、歓喜に満ちた表情だった。
そして桜木も俺に合わせるように、言葉を続ける。
「愛莉先生、何か良い案はありませんか?」
俺達の問いに満足したのか、人差し指と中指だけで眼鏡を上げた二階堂は、「ふふん」と鼻を鳴らした。
「2人ともよく聞いてくれました。良い覚え方を教えてあげましょう」
「おぉ、二階堂先生ありがとうございます」
「愛莉先生助かります」
二階堂はドヤ顔で嬉しそうにそう話した。それに対して俺も桜木も持ち上げるように感謝の言葉を述べる。
「村瀬君はどうやって年号を覚えているのかな?」
「えっと、何回も口に出したり、書いたりしてるかな」
「ふっふっふ、それじゃ大変だし効率が悪いよ」
二階堂から投げられた質問に答えてみれば、彼女は愉快そうに言葉を返した。俺は二階堂が狙っていた通りの返答をしたみたいで、彼女も嬉しそうだ。
「何か自分なりに面白い語呂を考えてみたりすると、記憶にも残りやすいし、思い出しやすいんだよ」
「なるほど、参考になります」
語呂合わせは確かに便利だ。思い出すための引き出しを増やしておけば、忘れてしまった時にも思い出しやすいだろう。それに個人的に面白いと思った奇抜な語呂を作ってしまえば、それこそ忘れることもないだろう。
「例えば、どんなものがありますか?」
「では、問題です村瀬君。ベルサイユ条約が締結された年は何年でしょう?」
ベルサイユ条約? 確かに授業で習った。第一次世界大戦のあれだ。何となくだが、1910年くらいだった気がする。
「えっと、1916年?」
「ふふん、残念」
間違ったことで、顔にはなるべく出さないようにしているようだが、かなり嬉しそうだ。てか、良かったよ。もし正解してたらヤバかった。
「では、良い語呂を教えてあげましょう」
「ありがとうございます。二階堂先生」
もはや俺と二階堂は台本に沿った劇を演じているようだ。そう思えるほどに2人で盛り上がっている。それに覚えやすい語呂を教えてくれるようだし、ちょっとワクワクする。
そうして彼女は自信満々に語呂を言い放ったのだ。
「イクイク、だよ」
「くっ」
俺は思わず吹き出しそうになった。だが、目の前に二階堂がいるのだ。既の所で口を強く塞ぎ耐え抜いた。
別に下ネタじゃない。語呂だ、語呂。別に俺は思春期の男子中学生じゃない。意表を突かれたせいで、びっくりしただけだ。
「1919だから、イクイクって訳ですか」
「そうイクイクね、イクイクベルサイユ条約」
「な、なるほど」
「村瀬君も繰り返して、イクイク、イクイク、イクイクベルサイユ条約、ね」
「い、イクイクベルサイユ条約」
教えられたことが嬉しいのか、彼女はウキウキと「イクイク」を繰り返している。これは語呂だ。何を勘違いしているのだ私は?
「ぐはっ」
俺は感慨深く「イクイク」繰り返す二階堂を見ていれば、俺のレバーに鋭い一撃が加わった。エルボーを放ったのは桜木。そんな彼女は苦笑いを浮かべながら、二階堂に声をかけた。
「愛莉? 教えてくれたのは嬉しいけど、図書館だからもう少し声を落とそうね」
そう言われた二階堂は、いつものように両手で口を塞ぎ、恥ずかしそうに俯いた。彼女自身も浮かれていたことに気付いたようだ。
俺も周りの目線に気づき、恥ずかしさで教科書を見るフリをしながら目線を下げる。
「ご、ごめんね、村瀬君、ちょっとうるさかったね」
二階堂はヒソヒソ声で俺にそう伝えてくる。だが勘違いしないでくれ。俺が恥ずかしい理由は声のボリュームじゃあないからな。
その後は世界史に対しての桜木の質問に答え、その後現代文の勉強をこなし、今日一日の試験勉強を終了したのだった。
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